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アマテラス(4)

巫女(みこ)殿、拙者は準備完了したでござる」


 俺達の頭の上から、勇ましい声が降ってきた。今、勇者ロボのサンダーは、さっき浄化に成功したばかりの遺跡──アマテラスの祭壇に、左腕から伸びたケーブルを接続していた。この祭壇には、アマテラス・ネットワークの基幹端末の機能が備わっていたのだ。

 サンダーは、遺跡と直接接続することでデータを取り込み、解析することを提案してくれた。サンダーの電子解析コンピュータなら、遺跡の端末を通じて、この元勇者だらけの異世界の情報を得られるに違いない。

「こちらも、よろしゅうございますよ。まずは、短いデータをテスト的に出力します。これを利用して、プロトコルの解析をしてみて下さいな」

「分かったでござる」

 二人の間でこんなことが話されると、巫女ちゃんが祭壇のコンソール(らしきもの)を操作し始めた。

 またしても、宙に浮かんだ情報パネルに、俺にはよく分からない様々な記号の列が洪水のように流れ始めた。


(このデータをサンダーが取り込んでいるのかぁ)


 データの中身なんて全く分からないけれど、サンダーがいれば、これをおバカな俺にも分かるようにしてくれるだろう。そうなれば、この妙ちきりんな異世界についても、何かしらの手がかりが得られる。後は、順番に残りの遺跡を攻略するだけである。


(思えば長かったような気もするな。でも、あっという間と言われれば、そうかも知れないけれど)


 俺が感慨にふけっていると、

「プロトコル、解析できたでござる。一部のデータに関しては、文字体系や文法らしきものも分かったでござるよ」

 と、サンダーの声が聞こえた。さすがだな。順調に進んでいるようだ。

「それは、よろしゅうございました。では、本格的にデータの出力をしますね」

 サンダーを見上げた巫女ちゃんは、そう言ってニッコリと微笑んだ。

「いつでも準備出来ているでござるよ。巫女殿、お願いするでござる」

 サンダーに言われて、巫女ちゃんは、再び操作を始めた。

 さっき以上にたくさんの記号が、明滅しながら、それぞれのディスプレイパネルを埋め尽くす。こんなにも大量のデータを取り込んで、サンダーは大丈夫なのかなぁ。一抹の不安を感じたが、今の俺達は、サンダーの能力にすがるしか無いのだ。


 そして、小一時間ほども経った頃合いだろうか、サンダーから再び声がかかった。

「巫女殿、一旦ここで区切ってもらってよろしいでござるか」

 それで、うつらうつらしていた俺も、我に返った。

「え? どうかしたのか、サンダー」

「いえ、勇者殿。この異世界を把握するのに足りるだけのデータ量を取り込み終わったのでござる」

 そう言われても、俺には理解が追いつかなかった。

「はい。では、一旦、出力を閉じますね」

 俺のことを他所に、巫女ちゃんは手早く操作を済ませた。遺跡の前に浮かんでいたデータ出力用の画面が、一斉に消えた。水底のこの空間が、一見暗くなったかのような錯覚に陥る。

「大丈夫そうだね、サンダー。闇雲にデータを取り込んでも、効率よく問題点を発見出来るかどうかとは別だからね」

 魔道士のミドリちゃんは、さも分かったようにサンダーを見上げていた。

「へ? どゆこと」

 俺が未だ飲み込めないでいると、ミドリちゃんは、汚いモノでも見るような目つきで、こちらを睨んでいた。

「そんな目で見ないでくれよ、ミドリちゃん。俺、こっち来る前は、ただの高校生だったんだ。難しいことは分かんないよ」

「大丈夫や、勇者さん。うちかて、全くってええ程、分からんさかい」

「右に同じですぜい、姐御」

「お、流星、オマエもか。さすがは、うちとコンビを組んでるだけはあるで。ぴったりシンクロしとるやないか」

「ですぜい、姐御。ゲッハハハハ」


(いやいやいや、脳ミソ筋肉のシノブちゃん達に言われても嬉しくないから。それに流星号(りゅうせいごう)、オマエって、ロボじゃ無かったのかよ)


 と、突っ込みたくなるのを必死で我慢していると、そこにミドリちゃんがフォローに入ってくれた……のかな。

「ふぅ。本当に仕方のない人達だなぁ。データだけ沢山あっても、解析に時間がかかるだけなんだ。本当に必要な部分を選り分けたり、何が大事かを見つけ出す方が重要なんだよ」

 それで納得したのだろうか、くノ一(・・・)のシノブちゃん達も、

「せやなー。それ、大事大事」

「ですぜい、勇者の旦那。大事大事」

 と、大きく頷く。アンタ達、本当に分かってるの?

 ミドリちゃんも同じように感じたのか、それとも呆れてしまったのか、半分口を開いてジト目をしている。

「まぁまぁ、魔道士殿。おおかたのマップデータと、何やらデータベースらしきもののインデックス(・・・・・・)が手に入ったのでござるよ。幸い、SQLに似た仕様のようなので、一呼吸おいて、解析をしてみようかと思っただけでござる。で、よろしいでござるか、勇者殿」

 この場の気分を読んでくれたのだろう。勇者ロボのサンダーは、そう言ってとりなしてくれた。それでも、何のことか、俺にはさっぱりだった。でも、ミドリちゃんの視線が怖かったので、取り敢えず同意する。

「分かった、サンダー。頼むよ。何か分かったら、また教えてくれ」

「心得たでござる」

 そう言うと、サンダーは接続コネクタを収納して、すぐに自動車に変形した。ロボよりもビークルモードの方が、燃費が良いらしい。

「さぁて、俺達はこれからどうすっかなぁ」

 などとボヤけた事を言っていると、巫女ちゃんから提案があった。

「それでは、お食事にでもしましょうか。皆さん、戦いの後で、お腹が空いているのではないでしょうか?」

 そう言われてみれば、何だか腹が減ったような気もする。

「それはいい考えだね。今のうちに、体力や魔力を回復しておくのも大事だからね。さすが、巫女くんだ」

「うちも賛成やで。もう、腹が減って腹が減って。巫女さん、何か美味いもん作ってくれんかな」

「それがしも、同意でござる」

 シノブちゃんの他にも、珍しく女剣士のサユリさんも同じ意見だった。なら、満場一致でご飯にしよう。

「じゃ、巫女ちゃん。何か作れる? 食材なんかあったっけ?」

 ブレイブ・ローダーを地上に置いてきてしまったため、予備の装備は、もう持ち合せがなかったのだ。

「大丈夫ですよ。こんな時のために、サンダーのトランクに非常食があった筈ですので。……では、サンダー、ちょっとだけ失礼しますよ」

 そう言うと、巫女ちゃんは自動車になったサンダーの後方部にまわった。サンダーの方は、計算で忙しいのか、声をかけたのに答えてくれない。それでも、勝手したるもので、彼女はトランクを開けると、ゴソゴソと中を物色していた。そのうちに、

「あった、これこれ。勇者様、何とかなりそうですわよ」

 と言って、巫女ちゃんは幾つかのレジ袋を両手に携えて戻ってきた。

「何か手伝おうか、巫女ちゃん」

 俺が、そう尋ねた。働かざる者食うべからず。

「では、これてお湯を沸かしてくださいな」

 彼女は、袋の中から非常用の湯沸かし器と小型コンロを取り出した。飲料水のボトルは無いものの、ここは地底湖の底の底。水なら、嫌というほどある。

「分かったよ。ミドリちゃん、魔法で、ここの結界にホンの少しだけ穴を空けてくれないかな」

「出来るよ。水を調達するんだね。手持ちの水は貴重だからな。勇者くんにしては、よく気が付いたね」

 ミドリちゃん、最後のは余計だよ。

 一瞬、ムッとしたものの、こんなところで無駄にエネルギーを消費してもしようがない。俺は、高圧的態度の魔法少女に着いて、聖地の端っこまで歩いた。



 水を手に入れて帰って来ると、何やらいい匂いがしていた。

 巫女ちゃんが、非常用の食材の封入されたパウチや缶詰を空けて、下ごしらえをしているらしい。それを横目で見ながら、俺はミドリちゃんとお湯を沸かすことにした。

「一気に行こうか。勇者くん、少し離れていてよ。魔法で温めるから」

 コンロを組み立て終わるか終わらないうちに、背中からそんな言葉が聞こえた。

「え? ミドリちゃん、なにお……」

 みなまで答える前に、魔法の効果が表れた。目を離したホンの少しの間で、水は、ブクブクと泡を立てる熱湯になっていた。

「うわぁ、っちっちっち」

 驚いて飛び退ったものの、本当の痛みは後から感じられた。チキショウ、火傷の痕が残ったら恨むぞ、ミドリちゃん。

「失敬失敬。大丈夫かい、勇者くん。手を貸してごらん。冷やすから」

 悪気は無かったのだろうが、相変わらず俺の扱いは雑なものだった。

「いいよ、ミドリちゃん。冷却魔法を使うんだろう。やりすぎで氷漬けになるのは、簡便だ」

「せやな。魔導師さんの魔力は、無駄に強力やからな。勇者さんは、飯の後で、巫女さんの治癒魔法で治してもらい」

「ですぜい、旦那。ドンマイですぜ」

 うぐぐ。ミドリちゃんがやり過ぎるのも確かだが、それをシノブちゃんと流星号に言われるのは、何だか気に障る。憮然とした態度で、俺が手に布切れを巻き付けている間に、ミドリちゃんは、既に組み上がっていたコンロに小さな火を点して湯沸かしを乗せていた。沸かしたお湯を冷やさないためだろう。

「巫女くん、お湯の用意が出来たよ」

 さも自分の手柄のように、声をかける。

「ありがとうございます、魔導師様。では、皆様方、しばらくお時間を下さいな」

 そう言うと、巫女ちゃんはお湯やコンロの火を使って、調理を始めていた。残りのメンバーはと言うと、辺りを警戒したり、あからさまに暇そうにアクビをする者もいた。下手に手を出すと台無しになることを、経験上知っていたので。巫女ちゃん、美味しいご飯、頼んだよ。


 そんな、間延びした時間でも、サンダーは入手したデータを一心不乱に解析し続けていた。

 実は、それは驚愕の事実をもたらす事になるのだが、今の俺達には、それを予想することは出来なかった。




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