アマテラス(2)
巫女ちゃんのお陰で、アマテラス・ネットワークの中枢にアクセスできる端末が手に入った。これで異世界の情報を、もっと詳しく手に入れることが出来るぞ。
(さて、最初は何からしようか……)
俺が巫女ちゃんの方を向いて、難しい顔をしていると、彼女の方から話しかけてきた。
「勇者様、まずは皆様の無事を確認しましょう」
おっと、そうだった。皆、俺達を先に行かせるために、身体を張ったんだ。まずは無事かどうかを確認しなきゃ。ま、あの人達のことだから、死んではいないだろうけど。逆に遺跡の施設を破壊していなければいいのだが……。
「巫女ちゃん、分かったよ。まずは、ミドリちゃん達の様子を見てくれないかな」
「分かりました」
彼女はそう応えると、祭壇の前のコンソールを操作し始めた。同時に、空中に光っている情報パネルのようなものが、文字らしきモノを大量に表示し始める。
果たして、こんなものでミドリちゃん達の様子を見ることが出来るのか怪しかったが、ここは異世界。何があるか分からない。というよりも、何でもありの世界である。
作者の気まぐれで、設定が変わることもあるくらいだ。
などと、くだらない事を考えていると、何かしらの結果が出たようである。
「勇者様。皆様ご健在のようです。しかし、どなたも大怪我をしています。早く手当をしなければなりません」
巫女ちゃんがそう言うと、四角い光の中に、傷ついた仲間たちが次々と映しだされた。
「皆! 酷く怪我してるじゃないか。早く手当しに行かなきゃ。巫女ちゃん、治療魔法使えたよね。早速で悪いけど、一緒に皆の所へ行こう」
俺が慌てていると、彼女はニッコリと笑ってこう言った。
「大丈夫ですよ。皆様をここへ呼べば良いのです」
「ここへ呼ぶ? って、そんな事、無理だよ。皆、動けないくらいの怪我をしてるんだろう。呼ぶなんて出来ないよ」
俺が狼狽していると、
「大丈夫です。ここは神域の中。アマテラス・ネットワークを使えば、皆様をすぐにここに転送することが出来ます」
と言ったのだ。
「そんな事が本当に出来るの?」
俺が、疑いの目で巫女ちゃんを見ると、彼女は、
「はい。出来ますよ。元々、この世界の全情報を取りまとめたものが、アマテラス・ネットワークなのですから。[エネルギー]と[質量]は等価。そして、[質量]とは、『そこに物が有る』という[情報]です。ですから、[情報]と[質量]も等価なのです。なので、[情報]と[エネルギー]も[質量]を介して等価となります。従って、世界の情報を書き換えれば、エネルギーを発生させたり、物体を移動させることが出来るんですよ。ただし、物体としての情報量がとても膨大です。その書き換えにも、気の遠くなるような演算が必要なのです。アマテラスとは、この異世界の無限とも言える膨大な情報を管理し、矛盾なく書き換えるための演算システムと、その管理AIの総称なのです」
(え? ちょっと難しくて分かんないんだけど……)
俺がぽか~んとしてると、巫女ちゃんは苦笑いをして、こう続けた。
「まぁ、一種の魔法のようなものだと思って下さい」
「ま、魔法かぁ。なら何となく分かるよ。アマテラスって、魔法の力の源みたいなもんなんだな」
俺がそう言うと、
「ま、まぁ、そんなもんです」
と、巫女ちゃんは、曖昧な表情で答えてくれた。
兎にも角にも、魔法で呼び寄せられるんだったら、さっさと連れて来て、怪我の手当だ。
「じゃあ頼むよ、巫女ちゃん。皆をここへ転送して欲しいっす」
「分かりました」
巫女ちゃんはそう言うと、再びコンソールを操作し始めた。またもや、何かの文字のようなものがパネルに表示される。
俺はそれを呆然と眺めていた。
しばらくすると、画面に映っている皆の姿が仄白く輝き始めた。そして、光の粒が拡散するように消えていった。
それと同時に、祭壇の前の広場に輝く光の塊が形成され始めた。
「な、何が起こっているんだ……」
俺が呆気に取られていると、
「大丈夫です。転送を行っているのです」
と、巫女ちゃんが言った。
なるほどな。と、俺が見ている間に、光の粒が寄り集まって、光の塊がその形を表し始めた。それは、それぞれ人型をとると、輝きが薄れてきた。
そこに表れたのは……、
「皆、無事かい。俺、随分心配したんだよ」
祭壇の前の広場に実体化したのは、シノブちゃん、サユリさん、ミドリちゃん。サンダーと流星号もいる。
「よう、勇者さん。祭壇の浄化には成功したようやな」
シノブちゃんが横になったままそう言った。何だか右肩がおかしな事になっている。
「あ、これかいな。ちょっと脱臼しただけや。こんなもんこうすれば……ほら治った」
<ゴキリ>という嫌な音がして、シノブちゃんは自分で脱臼した肩を強引にねじ込んでいた。
「けど、ちぃっと無理したかなぁ。痛うて気絶も出来へんわ」
シノブちゃんの相手は相当手強かったようだ。
「それがしは、それ程心配することは無いでござる。少しばかり内臓をやられたのと、古傷が開いただけでござる」
そう言うサユリさんは、口の端から血を滴らせていた。顔色も蒼い。
それにしても、サユリさんの剣舞をもってしても、これだけのダメージを負ったのだ。俺だったら瞬殺だったかも知れない。
「こんな格好で済まない。ボクは少し疲れただけなんだけど。ただ、魔法力もほとんど使い切っちゃってね」
ミドリちゃんも仰向けに横になったまま、そう言った。でも、服も焦げてるし、打撲や火傷らしい痕がある。彼女の相手も高位の魔法使いだった。きっと手強かったのだろう。
彼女達の側には、鋼鉄の巨人が蹲っていた。サンダーである。
左腕は完全に脱落しており、装甲のあちこちが剥がれている。それは、サンダーのすぐ横に立っている流星号も同じだった。身体のあちこちで、配線が千切れ、火花を散らしている。
「勇者殿、心配無用でござる。拙者達は機械故、修理すればどうという事は無いでござる」
サンダーはそう言ったが、とても大丈夫には見えない。
皆、俺達を送り出すために、必死で戦ったんだ。
「巫女ちゃん、アマテラスの力で、皆を治療できないかい。治療魔法も使えるんだったよね」
俺が巫女ちゃんを振り返って、そう訊いた。
彼女はコンソールの前でニッコリと微笑むと、
「大丈夫ですよ。存在の情報を初期化するだけですから。アマテラスの演算システムを使えば、元通りの健康な身体に戻りますよ」
と、応えた。
「そうなんだ。良かった。なら、すぐに始めて欲しいっす」
「分かりました。少々時間がかかりますが、大丈夫ですよ。まずは痛みを止めますね。それから、データの修復に取り掛かります」
巫女ちゃんはそう言って、石で出来たコンソールを操作し始めた。
祭壇の上に、人数分の光るパネルが浮かび上がると、意味不明の文字が、凄まじい勢いで流れ始めた。
それとともに、広場に倒れている皆の身体が、青白く光り始めた。
それは美しくもあり、神々しくも見えた。
「そのまま、しばらくじっとしていて下さいませ。治療は数刻ほどかかりますが、皆様の傷は完全に癒えるはずです」
その言葉を訊いて、俺はほっと胸を撫で下ろした。
これで、ミッション完了だ。俺達は、また一歩、異世界の正常化に近付いたのだ。




