遺跡侵入作戦(9)
魔導師のミドリちゃんは、俺と巫女ちゃんを先に行かせるため、敢えて自分一人で地下二階に残った。
「あらあら、殊勝な心がけねぇ。仲間を先に行かせるなんて。昔のあなたなら考えられないわぁ。いえいえ、もしかしたら、昔からそうだったのかしら。何れにしても、格好良い事をするようになったものねぇ」
黒魔術師のキャシーは声も高らかに、ミドリちゃんを挑発した。
「何とでも言うがいいさ。ボクは勇者クンに出逢って変わったんだ。『仲間と一緒にこの世界を救う』、それが元勇者のボクの使命だ」
負けずにミドリちゃんも言い返した。
「元勇者ぁ。それなら、アタクシも元勇者よぉ。元勇者同士で殺し合い? それもいいわねぇ。好きよ、あなたのそんなところ」
「キャシー。君はそのままだね。その、何でも知ってるって言い方、昔から嫌いだったよ」
ミドリちゃんは、黒魔術師から少し顔をそむけると、そう言い捨てた。
「あらあら。アタクシの片思いだったなんてぇ。ま、知ってましたけどねぇ」
相変わらず、キャシーの口は減らなかった。
「でわ、そろそろ殺し合いをしましょうかぁ。ねぇ、ミ・ド・リ」
キャシーはそう言うと、右手を振った。すると、石の床からゆらゆらと人間のような形をした何かが浮かび上がってきた。
「む、死霊か。しかし、この魔法は詠唱なしにすぐには使えないはず。いつの間に」
ミドリちゃんは、素早く防御の態勢に入りながら呟いた。
「うふふ、あなた方が来ることは、知ってましたのよぉ。さっきも言った通り、この部屋には、あちこちに魔法トラップや、召喚用の魔法陣を用意してありますの。下手に動くと、危険ですわよぉ」
キャシーが笑いながら、そう言った。
(く、ぬかった。この女は昔からこうだった。どうする……)
ミドリちゃんは黒魔術師への対応策を思案していた。
その間にも、死霊はゆらゆらと近寄って来た。物理攻撃はしてこないが、触れるとHPを吸い取られるやっかいなやつだ。しかも、こちらの物理攻撃も効かない。
「くそっ。フロール」
ミドリちゃんは、浮遊魔法で床から浮かび上がった。床から離れれば、トラップや魔法陣に出会うこと無くキャシーに近づけるはずだ。
「あらあら、思考が短絡的ねぇ。魔法陣は、こぉんな風にも使えますのよぉ。教えて差し上げますわぁ」
キャシーがそう言うと、天井のあちこちに煌めく魔法陣が浮かび上がり、その中心から衝撃波をミドリちゃんに向かって打ち出し始めた。
「魔法陣爆撃か。ここが地下だということを忘れるところだった。シルド」
ミドリちゃんは防御魔法で結界を張ると、衝撃波の雨を防ごうとした。しかし、攻撃は止めどもなく降り注いだ。その度に、ミドリちゃんの魔法力が削られていく。
「ほほほ、如何にあなたの魔法力が大きくとも、こうやって削っていけば、いつかは無くなるはず。一方、アタクシは、それを黙って見ているだけ。ここの魔法陣は龍脈と繋がってますのよ。だから、ほぼ無限に衝撃波を出し続けますわぁ。さぁて、これをあなたはどう防ぐのでしょうかぁ。たぁのしみですわねぇ」
キャシーが勝ち誇ったように笑った。
「くそっ。シルドミラー」
ミドリちゃんは防御魔法を、反射式に切り替えた。魔法陣から降り注ぐ衝撃波が、魔法障壁で反射され、逆に天井に展開された魔法陣を破壊していく。
「これならどうだ。ボクの攻撃魔法を使わずに、効率的に魔法陣を破壊できる」
これに対して、キャシーは、
「あらあら、たぁいへん。アタクシの魔法陣がぁ。……なんてね。分かっていたわよぉ、あなたの反撃手段は。軽はずみにそんな事をしていたら、しっぺ返しを喰らいますのよぉ」
キャシーがこう告げると、天井が崩れ、崩落し、ほうぼうにその欠片が降り注ぎ始めた。ミドリちゃんの頭上からも巨大な岩塊が降ってくる。
「何ぃ。天井が、こうも脆弱とは。モルブレン。チリに還れ」
ミドリちゃんは分子分解の魔法で岩石の落下に対抗した。しかし、天井がこうも崩れやすいのでは、迂闊な攻撃は出来ない。これで、彼女の戦術のいくつかが消えた。
「だが、キャシー。これで、床のトラップは崩れた天井の欠片で機能しなくなったな。今度はこちらから攻撃するぞ!」
ミドリちゃんは、そう宣言したが、キャシーは態度を変えなかった。
「あらあら、困ったこと。意外と乱暴者ですわねぇ、ミドリ。でも、こうなる事も、知ってましたのよぉ」
キャシーがそう言うと、突然、床のあちこちから、炎や光の槍が飛び出して、浮遊しているミドリちゃんを襲った。
「あらあら、困ったことになりましたわねぇ。トラップが、一度に、たぁくさん稼働してしまいましたわぁ。色んな種類の魔法トラップを、あなたはどう防ぐのかしら?」
確かに、彼女の言う通り、炎の他、冷却系や分子分解系などの様々なタイプの魔法が空中の魔導師を襲った。如何にミドリちゃんでも、一時に全てを防ぎきることは難しいだろう。
「どこまでもトラップ頼みか。ならこれでどうだ。ジムドシルドウォール」
ミドリちゃんは一番強力な防御魔法を展開した。空間の位相をずらして次元断層を作る魔法だ。あらゆる物質やエネルギーを遮断する最強の魔法の壁である。しかし、防御が強固な分、魔法力を使ってしまう。また、全ての物質やエネルギー、電磁波さえも遮断するために、展開している間は目の前の様子が見えない。その上展開範囲が狭く、背後はがら空きになるという脆弱性も存在する。
ミドリちゃんの頬を汗が伝い、あごから滴り落ちてきていた。このままでは、同時に発動している浮遊魔法も解除しなくてはならなくなる。
もう攻撃は終わったのか? いや、未だ続いている。だが、魔法力がどこまで保つか……。
その時、背後から、炎が彼女を襲った。
「ぐあっ」
一時的に浮遊魔法が解け、ミドリちゃんは空中から床に落下してしまった。同時に防御壁も消滅する。彼女は、火傷と落下の衝撃で傷を負ってしまった。
「おやおや、お可哀想に。痛い? 痛いの、ミドリ。言っていいのよ、『痛い』って。さぁ、おっしゃいなさい、『助けて下さい』と」
ミドリちゃんはヨロヨロと立ち上がると、キャシーを睨んだ。
「大概にしろ、キャシー」
そう叫ぶミドリちゃんを、キャシーはバカにするように声をかけた。
「あらあら。もぉ~っとお仕置きをしてもらわないと、分からないのかしらぁ。イケナイ娘ね、ミドリ」
「いつまでも口の減らないやつ。これでも喰らえ。パクトガン」
ミドリちゃんは右手をキャシーの方に向けると、圧縮空気の弾丸を放った。
しかし、彼女の攻撃は、キャシーの前に表れた黒い魔法陣の中に吸い込まれてしまった。
「何ぃ、まだ魔法陣を仕掛けてあったのか」
驚愕するミドリちゃんの背後から、魔法攻撃が襲った。
「うわっ」
ミドリちゃんが、苦鳴をあげてもんどり打つ。霞みかけている目を背後に向けると、黒い魔法陣が浮かんでいた。
「どうかしら、ミドリ。自分の魔法を受けた気持ちは。痛い? 痛かった? ……信じられないって顔をしてるわよ、ミドリ。ご存知? これはワープトンネルなの。魔法陣と魔法陣を、魔空間を通じて繋いでいるのよ。黒魔術師であるアタクシのオリジナル魔法なのよぉ。あなたがどんな攻撃をしても、それはそのままあなたに返ってくるの。もうそろそろ、『ごめんなさい』って、言ってみるぅ」
キャシーが勝ち誇ったように言うと、ミドリちゃんの周りに、たくさんの黒い魔法陣が浮かび上がった。
「ほら、これがワープトンネルの出入り口よぉ。どの方向に撃っても無駄。重力偏向でどれかの入口に吸い込まれて、またどこかからか飛び出すのよ。勿論、行き先はあなた。もう、魔法力も残り少ないでしょうに。そろそろ降参しましたらぁ」
キャシーはそう言って、高らかに笑った。ミドリちゃんにもう策はないのか……。
そんな時、ミドリちゃんは瓦礫の一つに傷ついた身体を預けながら、フッと笑ったのだ。
「君も変わってないね。昔からそうだったよ。必ず最後の一手に失敗する」
これを聞いて、キャシーは少し気分を害したようだ。
「アタクシのどこに、間違いがあるのかしら? あなたには、もう反撃の手段もないのよ」
「そうさ。だが、これはボクの攻撃を封じただけ。ボクへの攻撃ではない。ボクが攻撃をやめて、魔法力の回復に専念することを防ぐことも出来ない。違うかな?」
ミドリちゃんはそう言って、目を瞑った。
「なんですってぇ。そんなボロボロの状態で、よくもまぁ減らず口を叩けるものね。それでは、アタクシの最大最強の魔法で、冥府の魔界に送って差し上げましょう。後悔しても、もう遅いんだからぁ」
激昂した黒魔術師はそう言うと、ブツブツと呪文を詠唱し始めた。そして、魔法力を練りあげると、それは醜悪な龍の姿を取って実体化した。
「ほぅら、これが地獄の魔竜──エルドラゴンよ。その発する瘴気は、どんな魔法使いも、どんな強力な呪紋処理をされた鎧や盾も、一瞬で腐らせてしまうの。あなたに、これを防ぐことが出来て? 無理よね。もうそんな魔法力は残ってないものね。では、終わりにしましょう。エルドラゴン、『地獄の腐臭』」
キャシーがそう唱えると、魔竜は口からガスのような瘴気の塊を放った。それは、彼女の目前に浮かぶ黒い魔法陣に吸い込まれていった。
「そうすると思ったよ。ワープトンネルを使えば、君の魔法は、この沢山の出口からボクに放たれ、どこへも逃げられない」
「その通りよミドリ。腐れ果ててしまいなさい!」
「甘いな、キャシー。今さっき、空中の魔法陣には一つを除いて全反射の魔法をかけた。これが、どういう意味か分かるかい……」
ミドリちゃんが溜め息をつくように、そう言った。
「ま、まさか……、戻って、くると……」
キャシーの顔が急に蒼ざめた。
「正解。尤も、君の魔法が完璧ならば、の話だけれどね」
「そう、その通りよ。アタクシの魔法は完璧。完璧だから……」
「そう、全ての瘴気は反射され、ただ一つの出口──すなわち君の目の前の魔法陣から出てくる」
ミドリちゃんがそう言った直後に、キャシーの目の前の魔法陣から悍ましい瘴気が溢れ出て、彼女を包み込み始めた。
「わ、わわ! そ、そんなぁ……」
黒魔術師──キャシーの身体は、自らの放った瘴気に包まれて、絶叫と共にボロボロと腐って崩れていった。
「だから言ったろう、キャシー。君は昔から最後の一手に失敗するって。……いててて。さすがのボクもここが打ち止めのようだな。悪いがちょっとだけ休ませて貰うよ。そうしたら、すぐに応援に行くからね。勇者クン、すぐに駆けつけるから……」
ミドリちゃんはそう言うと、そのまま、再び目蓋を閉じた……。




