遺跡侵入作戦(8)
剣士のサユリさんを残して、俺は、巫女ちゃんやミドリちゃんと三人で、遺跡の地下を急いでいた。
えっ、いつの間にか三人になっている……。この先、大丈夫かなぁ。まぁ、何とかなるだろう。
地下一階の暗い廊下は、魔導師のミドリちゃんの魔法がなければ、先へ進めない程だった。
もう、二十分以上進んでいるが、一向に地下二階への入口に着く気配がない。
「巫女ちゃん、この廊下は未だ続くようなのかな?」
一向に終わらない暗闇にも飽きてきた俺は、そう彼女に訊いた。
「わたくしにも分かりません。……ですが、そんなに遠くないところに、入口があるのではと思います」
う~ん、はっきりしないなぁ。
「ミドリちゃんはどう思う?」
俺は、今度は魔導師のミドリちゃんに意見を求めた。
「そうだね……。どうもこの廊下は、微妙に曲がっているような気がする。それから、僅かずつだけれど、地下へと降りているようなんだ。ボクにもはっきりとは分からないけれど、空間歪曲の魔法がかかっているようだね」
くうかんわいきょく? 何だそれわ。じゃぁ、俺達は魔法で惑わされているのか?
俺が、そう尋ねると、
「いや、惑わすための魔法じゃない……と思う。限られた地下空間に、無理やり部屋や廊下を詰め込むためのものだろう。そうだね、悪意は感じないかな」
「そうっすかぁ。それならいいんすが……」
「無理に魔法を破ろうとしたら、歪曲空間が崩壊して、爆縮を起こす恐れがあるよ。この場合、何も手出しをしないのが吉だね」
そうなんだ。触らぬ神に祟り無し。クワバラクワバラ。
そうして、また三十分ほど経ったころ、やっと廊下の終点らしきところにたどり着いた。けれどそこは……、
「まぁた、行き止まりっすかぁ」
そう、『終点らしき』であって、決して『終点』ではない。
地下一階に入った時も、行き止まりになってて、床が抜けたからな。
「もしかして、今度も、床が抜けるんすかね?」
俺は、恐る恐る、ミドリちゃんに訊いてみた。
「そうかもね。とにかく、この辺りを調べてみよう。何かしら、手がかりがあるに違いない」
彼女はそう言って、行き止まりの壁や床を調べ始めた。
俺は、それをポカーンと見ていた。はぁ、さてどうしたものか。
「勇者クンも何かしようよ。ただ突っ立ってるだけじゃ、何も進まないぞ」
ミドリちゃんが俺を見て、不機嫌になった。
「ボクらは、絶対に地下三階の祭壇に行かなきゃならないんだ。ボク達を先に行かすために、くの一クンやサユリさんは、残って戦ってるんだぞ。ちっとは気を引き締めろよ」
いや、あ、はい。その通りでございます。でも、俺が手を出すと、大概、何か変なことが起きるんだけどなぁ。まぁ、ミドリちゃんがそう言うなら、俺も何かしよう。何が起きても知らないぞ。
俺達は三人で、とにかく行き止まりの壁や床を調べていた。
その時、俺の首筋に、何か冷たいモノが触れた。
「うひゃ。わわわ、何だ何だ」
「うるっさいなぁ、勇者クンは。落ち着いて探索をすることも出来ないのかい」
ミドリちゃんが、さも哀れな者を見るような目で、俺を見つめた。
「そんなんじゃないよ。なんか、冷たいモノが首筋に……」
俺が懸命に言い訳を繰り返すと、巫女ちゃんが、
「あら、勇者様。首筋が濡れていますわ。どこからか、お水でも降ってきたんでしょうか?」
と、俺の背中を見て、そう言った。
「水? 上から? ……そうか、天井だ。地下へ行くから下ばかりを探していたけれど。もしかしたら、天井に出口があるかも」
ミドリちゃんはそう言うと、浮遊魔法で宙に浮かぶと、天井を探り始めた。
俺はその様子を、またしてもボーっと眺めていた。そんな俺に気が付いたのか、ミドリちゃんは急にスカートの裾を押さえると、俺に向かって罵声を放った。
「もうっ、勇者クン、そんなところから上を見ないでよ。失礼だぞ」
「こんなところに、ミニスカートで来るのが悪いんす。それに、暗がりでよく見えないっす。俺っち、怒られ損すよ」
「屁理屈を言わないで、君も手伝いなよ」
「だって、俺、浮遊魔法なんて使えないもーん」
「っ、もういいよ! 一人でやるから。君は、その辺で昼寝でもしていればいいんだ」
宙に浮いた魔道士は、そう言い放つと、天井の探索に戻った。
(でも、そんな事言われてもなぁ。どーしよーもないじゃん)
俺が不貞腐れてその辺にボーと立っていると、ミドリちゃんは天井で何か見つけたようだ。
「何かあったぞ。この出っ張りは何だろう。動くようだね。ここを押すのかな?」
ミドリちゃんが天井でゴソゴソしていると、急に<ガコン>と音がした。と、思う間もなく急に天井の一角が崩れ落ちてきた。
「うわー、何だこれは! ……って、痛て、てててて。何か降ってきたよ。痛いー」
俺は、天井から落ちてきた何かに頭を強打されて、その場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか、勇者様」
巫女ちゃんが、俺に近づこうとしたが、それをミドリちゃんが止めた。
「巫女クン、危ない。上から天井が崩れてきたんだ。その辺に近づかないようにして」
「はい、分かりましたぁ」
と言うことで、俺は落盤の中、取り残されることになった。
天井から落ちてきた欠片を押しのけながら、残骸の中から俺が懸命に這い出るのを、彼女達は黙って見ているだけだった。
酷いなぁ。少しは助けてくれよ。うー、痛たたたた。
「ひー、ヒドイ目にあった。まさか天井が落ちてくるとは、思いもしなかったよ」
「そうだね、巫女クンが無事で良かった」
ミドリちゃんがホッとしたように言った。
「俺はどうなってもいいのかよ!」
俺が、怒って反駁すると、
「いや、勇者クンは頑丈だし、勇者なんだし、きっと大丈夫だろうと思ってね」
と、ミドリちゃんは答えた。
「ヒドイよ。それを、傍観すると言うんだよ。ちっとは助けてくれてもいいだろう」
「いやいや、別に何ともないだろう。そーゆー設定だし」
「いつそんな設定が出来たんだよ」
「知らないよ。ここ、異世界だし。まぁ、と言うことで、勇者クンが頑丈で良かった」
「怪我が無くて何よりです。さすがは、勇者様ですわ」
「いや、怪我してるから。ここ、見てよここ。血が流れてるよ」
俺がそう訴えると、
「じゃぁ、巫女クン。勇者クンにヒーリングを。本当はこんなところで、巫女クンの魔法力を消耗したくないんだけどね。勇者クンは、祭壇の浄化に必要だからな。仕方なく、そう、し・か・た・な・く、「わざわざ」魔法治療をするんだ。その辺のことは、よーく覚えておくんだよ、勇者クン」
何かお仕着せがましいな。ホントは俺のこと嫌いなんじゃないのかな。なんて、思ってしまう。よく考えると、俺って不遇なのかも知れない。
そうやって、心の涙を流す俺を、巫女ちゃんは優しくヒーリングしてくれていた。ああ、優しいのは巫女ちゃんだけだよ。ううう。情けない。
「勇者クン、君、何か余計なこと考えてないよね。これから地下二階に突入するんだ。ここを出た瞬間から戦闘態勢だぞ。分かってんのかい」
ミドリちゃんが、またも厳しい事を言う。いいよ。俺だって戦えるんだから。
そう思って、俺は腰から『勇者の木刀』を抜くと、右手に持った。
「勇者クンも巫女クンも、ボクから離れないで。浮遊魔法で抜けるよ」
「オッケイっす」
「分かりました」
「それじゃぁ、行くよ。フロール」
ミドリちゃんの魔法で、天井に開いた穴から出ると、そこは思った以上に広い場所だった。何だか、広場のド真ん中に出たようである。それに……、
「ここは明るいな。ライト系の魔法か?」
ミドリちゃんが訝しんだ。
「蛍光灯か、発光ダイオードじゃないの」
俺が口を挟むと、
「そんな訳無いだろう。ここは遺跡で、他の町みたいに、召喚された『元勇者』が作ったんじゃないんだから」
「そっか。なら魔法じゃん」
「だから、そう言ってるじゃないか。もう、癇に障るな、君は」
そんなミドリちゃんを無視して、俺は辺りを見渡した。
「勇者様、あちらに出口が開いていますわ」
巫女ちゃんがそう言うので、俺は彼女の指差す方を見た。確かに出口が開いている。他に出口は……無いみたいだな。
「出口はあれだけみたいだよ。それとも、また隠し扉か何かがあるんすかね」
俺がそう言うと、ミドリちゃんは、
「幻惑系や隠蔽系の魔法の気配はないなぁ。巫女クン、ちょっとダウジングをしてくれないかい?」
と、探知魔法の使える巫女ちゃんに相談した。すると、彼女は例のペンダントの指す方向を見て、
「やはり、あの出口を指していますわ」
と、答えた。
と言うことで、俺たち三人は、唯一の出口に侵入すると、また長い廊下を歩むことになった。ちょっとだけ違うのは、この廊下が明るいことである。
「ここにもライト系の魔法が使われている。魔法力が伝達する龍脈のようなものを感じるな」
「じゃぁ、今度の敵は魔法使かも知れないっすね」
「かも知れないね。油断しないで、勇者クン」
と、ミドリちゃんは浮かない顔で俺にそう言った。
しばらく、明るい廊下を進んでいると、やっと出口らしきものが見えてきた。今度は行き止まりじゃない。ちゃんとした扉だ。
「ここがこの階の終点? デカイ扉っすね。早速開けてみようか」
「待ってよ、勇者クン。トラップだったらどうするんだ。よく調べてからだよ」
俺は、徹底的に信用されていないようだ。スネるぞ。
「特に問題は無いようだね。じゃぁ、開けてみようか」
ミドリちゃんにそう言われて、俺は不承不承、扉を開けるのを手伝った。
扉が軋む<ギギギ>という嫌な音がした。出口が開いてみると、そこはまたもや広場だった。
「また広場っすね」
「そうみたいだね。ここからルート分岐するのかな?」
すると、巫女ちゃんがこう言った。
「えーっと、どうやらここが終点のようですわ。下の階への入口は、多分あの石の柱です」
巫女ちゃんが指差す方を見やると、確かに地下室には不釣り合いなくらいの大きな石の柱のような、墓標のようなモノが突っ立っていた。
俺がそこに進もうとした時、その石柱の前に誰かが居るのに気が付いた。
「誰か居るよ」
「分かってる……」
そう応えるミドリちゃんの顔は、真っ蒼だった。
「こんなところで会えるなんてね。お久し振りね、ミドリ」
石柱の前の者が呼びかけてきた。女性である。遠目にも美人だと分かる。
「お前は、『黒魔術師』のキャシー」
そう言うミドリちゃんの声は震えていた。
「知り合いっすか?」
俺がそう訊くと、
「知り合いも何も、アタクシ達は同じ師匠に魔法を習った姉妹弟子よ。ホントにお久し振り。それはそうと、ミドリ、師匠は元気ですかぁ」
と、『黒魔術師』が訊いてきた。
ミドリちゃんは顔を俯けてこう言った。
「し、師匠は、……死んだよ」
すると、『黒魔術師』の女は、
「知ってるわよぉ。ケンタウロスに襲われた時でしょう。ミドリ、あなた、自分だけ逃げて師匠を見殺しにしたんだったわね。そればかりか、ソンビとして蘇った師匠を、今度は自分の手で滅ぼしたんだったわね。師匠の一番弟子で、一番目をかけられていたミドリが、二回も師匠を殺すなんて。弟子として素晴らしい経歴ねぇ」
と、ミドリちゃんの心を抉るような事を言ったのだ。
「黙れ! えーと、なんて言ったっけ……黒魔術師。何にも事情を知らないくせに」
俺は、彼女に怒鳴った。しかし、彼女は、
「知ってるわよぉ。何せアタクシは『黒魔術師』。死人を口寄せすることも、一時的に蘇らせる事も可能なの。あなた達が来ることも、死霊に聞いて知っていたわぁ」
と、悪びれもせずそう言ったのだ。
「くっそう。ミドリちゃん。こんな奴、俺がたたっ斬ってやる」
俺が勇者の木刀を構えて前に進もうとした時、それをミドリちゃんが制した。
「待って、勇者クン。ここはボクに任せて。彼女の相手はボクがする。君は巫女クンと地下の祭壇へ急ぐんだ」
「何でだよ。一緒に戦った方が、勝てる確率が高いじゃないか」
「そうじゃない。君達がいると、足手まといなんだ。彼女の魔法力は、黒魔術者の中では最高レベルだ。勇者クン達を庇いながらじゃ戦えないんだ」
「えー。またそれー。俺もそろそろ当てにされてもいいくらいには強くなってるはずだけど」
俺はそう言い返したが、俯いたミドリちゃんの横顔を見て、気が変わった。そこには強い決意が刻まれていたからだ。彼女も『足手まとい』という建前で、自分が盾になろうとしている。
「……ミドリちゃん、分かったよ。俺、巫女ちゃんと必ず祭壇を浄化するから。だから、こんなやつさっさと倒して、手伝いに来てくれなきゃ困るんだからね。分かってるっすか?」
ミドリちゃんは俺の方を見て、フッと微笑むと、
「もう、しようが無いなぁ、勇者クンは。大丈夫だよ。すぐに手伝いに駆けつけるから」
「きっとだよ。きっとだからね。約束だよ」
そう言って、俺は巫女ちゃんの手をにぎると、更に地下へ行く入口のある石柱を目指して走りだした。
ミドリちゃん、ありがとう。絶対に死んじゃいけないからね。
俺は、そう心の中で叫びながら、地下三階への入口を目指していた。




