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遺跡侵入作戦(7)

 ここは、遺跡の中の地下一階。サユリさんは、正体不明の魔獣と遭遇していた。


「お主ら、そろそろ姿を見せたらどうでござるか。隠さないとならないほど、容姿に自信がない訳ではあるまい」

 サユリさんは、相手を挑発するように、そう言った。

「それはそうじゃのう、人間よ。だが見て驚く無かれ。大外の人間はのう、我らの姿を見ただけで、遁走するか、腰を抜かすか、どちらかだったからな」

「では、明かりを灯すぞ。良いかな、人間」

 魔獣達の念押しに、サユリさんは軽く頷いて応えた。だが、この暗闇の中、ソイツらは、サユリさんの合図を見て取ることが出来るのだろうか。


 果たして、次の瞬間、地下一階に明かりが灯った。

 オレンジ色にゆらゆらと揺らめくことから、光源はどうやら松明のようである。

 明るくなって分かったのだが、現在サユリさんの居るところは、大きな広場になっているようだった。彼方の壁には、四方向へ向かう通路の入口があるようだった。宙を臨めば、天井には俺達が落ちてきたと思しき穴が開いている。

 その通路の一つに、巨大な影が三つ。尋常ではない気配が、そこから漂ってきている。しかも、その奥には、影で隠れていて分からないが、更に巨大で邪悪なモノの気配が彼女には感じられた。


「ほう、わしらを見ても驚かぬのか。気丈な奴……いや、女子(おなご)よのう」

 魔獣の一体が、そう告げた。

 彼等は、かろうじて人の形をしていたが、頭は黒ヤギのようで、捻くれた角を二本生やしていた。身体も、茶褐色の剛毛で覆われ、地肌は露出していない。足は醜くねじ曲がり、足元は蹄が覆っていた。

 一見して、魔獣というよりは、魔族か何かに見えた。普通の人間なら、その姿を一瞥しただけで腰を抜かすだろう。

 しかし、サユリさんは、そんな醜いバケモノの姿を見て、ニヤリと笑ったのだ。

「なるほど、気配から察していたよりも、人間らしいでござるな。それに、毛皮の手入れも行き届いている。思ったよりも、おしゃれでござるな」

「ほうほうほう、わしらを見て驚かぬどころか、『おしゃれ』と評するとは。これまた剛毅なやつじゃのう。気に入った、相手をしてやろうじゃないか」

 魔物達のうち、一体がそう言った。

「まずは、わしが相手をしよう」

 三体並んでいる中で、真ん中の魔物が一歩前に出た。

「兄者、抜け駆けはずるいぞ。ここはわしが」

 左の魔物が、異を唱えた。

 それを見ていたサユリさんは、けだるい声で、こう言った。

「三体一緒で構わんぞ。どうせ、お主達は前座だ」

 その言葉に対して、圧倒的な殺気が、サユリさんを襲った。常人ならそれだけで、狂気に陥り憤死してしまうだろう。

 だが、彼女は、それを涼風をやり過ごすが如く、受け流したのである。

「ほほぉ、想像以上の豪傑のようじゃな」

 三体の後ろから、更なる強烈な殺気を伴った声が発せられた。それには、三体の魔物ですら怯えたようであった。

「おやじ。こんな奴一人に、おやじが出るまでもねぇ。ここは、わしに任せてくれ」

 魔物の中の一体が振り返って、そう言った。

「そうか? まぁ、適当にしておけ。ゴミを片付けるのも、結構面倒なものだからな。なるべく綺麗に始末しろよ」

「分かったぜ、おやじ」

 そう言うと、魔物が一体、前に進み出た。

「ま、そういう事で、わしがお主の相手をする。光栄に思え」

 そう言う魔物に対して、

「ほう、三体一緒ではないのか? 余程の自信家か、それともただのアホウなのか」

 と、彼女は、わざわざ挑発するような事を口走った。

「おのれ、わしらを愚弄するか!」

 残りの魔物が怒鳴ったが、それを背後の魔物が封じた。

「いい加減にせんか。気が短いと、寿命が縮むぞ」

「お、おやじ……。わ、分かったよ」

 二体の魔物は、入口のところで足止めされた。まずは、一体の魔物からだ。


 サユリさんの獲物は、愛用の太刀が一振り。それを鞘に入れたまま左手に持っていた。対する魔物は、素手ながら、その指には鈍く光を反射する鋭い爪が、長く伸びていた。

 しばらく両者は睨み合っていたが、魔物が一瞬揺らいだようになって消えた。超高速移動による残像である。

 そして、魔物がサユリさんの背後に表れた時、<チン>と涼しげな音が響いた。サユリさんが刃を鞘に納める時の音だった。

 地下空間に、しばらくの間余韻が響いていた。しかし、それも小さくなって聞こえなく鳴った頃、立ち竦んでいた魔物の首が<ズリ>っとずれて、そのまま床に転がった。残された胴体は、やっと頭部の失われた事に気が付いたのか、首の切断面から大量の血しぶきを拭き上げると、そのまま床に倒れこんだ。


 いつ剣を抜き、いつ切ったのであろうか。それすらも分からない、神速の斬撃であった。


「兄貴! くそう、よくも兄貴を」

 残された魔物が、悔し紛れの言葉を吐いた。

「ほう、居合か。なかなかの達人じゃのう」

 背後に控えている『おやじ』と呼ばれた魔物が評した。

「ふぅ、一体ずつでは面倒だ。全員でかかってまいられい」

 と、サユリさんは気だるそうに、残った魔物達に声をかけた。

「うぬは、未だわしらを愚弄するか!」

「兄貴を倒した奴。ただでは済まさんぞ」

 二体の魔物は、怨嗟の声をあげていた。

「お前達、二人一緒にかかれ。さっきのだけでは、実力がよう分からん。二人で攻撃すれば、太刀筋くらいは見えよう」

 背後の魔物はそう言った。

「仲間……いや息子か? 血を分けたモノすら捨て石にするとは……。非情じゃの」

 呟くようなサユリさんの言葉を聞き分けた所為か、魔物達は後ろを振り向いた。

「お、おやじ。ま、まさか、わしらを見捨てるのか?」

「そんな事は、しねぇよな。な、おやじ」

 魔物の兄弟は、背後の『おやじ』に問い正した。

「お前達の死は、あやつの死でもって弔ってやる。安心して先に行け」

 しかし、背後のモノの命は、非情だった。

「く、くそう。おやじまで、わしらをバカにするのか」

「こんな奴、わしらでぶっ殺してやる。見てろよ、おやじ」

 そう言うと、二体は共に前へ進み出たのである。


「はぁ、未だ分かっておらぬようでござるな。バカな息子を持つと、親御殿は大変じゃのう」

「うるさい! 黙れ、人間の女。今からわしらで、八つ裂きにしてくれるわ!」

 二体の魔物は、先ほどの魔物にも劣らぬ速さで、サユリさんに襲いかかって行った。

 しかし、どうだろう。どんなに早く移動して、いくら素早く攻撃をしても、魔物の攻撃は彼女をかすることすら出来ないのである。彼女は、ただゆっくりと、舞を踊るようにゆらゆらと動いていただけなのに。

「な、なんだ、コイツは」

「こんなに遅いのに、何で当たらねぇんだ」


 魔物達は焦っていた。どうして、たかが人間の女に、こうも翻弄させられなければならないのか……。


「ふむ。妙な動きをしよるな。クククッ、興味深い」

 通路の奥から姿を見せない『おやじ』と呼ばれた魔物が、感想めいたものを口にした。


(やべぇ。これ以上手間取っていると、わしらが『おやじ』に喰われる)


 そう思った魔物達は、サユリさんを倒すのに必死になっていた。

 しかし、強弱の差は歴然としていた。

「そろそろ、終わりにするでござるよ」

 そう言うと、彼女は、鞘から剣を抜き放った。

 そう。二体の魔物が襲ってきてからこっち、彼女はその一刀を抜くことすらなく、魔獣を相手にしていたのだ。

 地下を照らす松明の明かりを反射して、その刀身は美しい光を纏っているように見えた。そして、先程の居合と違って、刃の動く優雅な軌道は、余す所なく見て取ることが出来た。その斬撃は、ある種の美しさをも伴って、二体の魔物を数回程薙いだ……かのように見えた。

 そして、太刀を鞘に納める<キン>という美しい調べが再び鳴り響くと、二体の魔物は、鮮血にまみれてその場にばったりと倒れ伏したのだ。


「少し短かったが、前座は終わったぞ。お主も退屈であったろう。今度は、それがしが、お主に楽しませてもらうでござる」


 サユリさんは、最後に残った魔物を見やると、そう言った。

 すると、通路の向こうで<ユラリ>と気配が動いたように感じた。そして、入口の壁を崩しながら、その醜悪な姿が現れ出たのである。

「ここ数百年来現れなかった逸物。わしの『エサ』にこれ程ふさわしいモノは他にない。さぁ、人間の女よ。絶望と狂気の叫びを挙げながら、わしの糧になるがよかろう」

 最後の巨大な魔物は、哄笑とともにそう言い放った。

「悍ましき魔物よ。それがしが、返り討ちにするでござる」

 冷たい言葉を放ったサユリさんは、三度(みたび)愛刀を抜き放つと、左手に鞘を持ったまま、ある構えをとった。

 一方の魔物は、両手をダラリと足元に伸ばし、一見すると無防備に見える。しかし、その発する殺気は、相変わらず巨大なものであった。彼女でなければ、その場で倒れ伏していたであろう。


「さぁて、始めるかの」

 魔物が、さも退屈そうに、言った。

「もとより準備はできているでござる」

 サユリさんがそう応えた刹那、魔物は超スピードでサユリさんに襲いかかった。女剣士が、剣で迎撃する。

 そして二つの影が交差し、あっという間もなく離れた。

「う、これは……」

 サユリさんの左の肩口が、鮮血で濡れていた。他方、魔物の方は傷一つない。

「ぐぬぅ、確かに、お主の腹を薙いだはずでござるが……。魔法か何かを使うのでござるのか」

「教えてやろうか」

 剣士に傷を負わせて余裕ができたからだろうか? 魔獣が自信満々に告げた。

「わしの毛皮はのう、超高密度の強化繊維よりも硬い。しかも刃を滑らせて弾く特殊な油で覆われているのじゃ。わしには刃物は効かぬ。分かったかな、人間の女よ。降参するなら、今のうちだぞ」

 そう言われたサユリさんは、魔物へ振り返ると、再びその巨体に挑んでいった。

 しかし、その太刀は、剛毛に弾かれ、油で滑り、決定打にならなかった。逆にサユリさんは、魔獣の右拳を腹に喰らってしまった。その打撃力は凄まじく、彼女は広場を囲む壁へと吹き飛ばされてしまった。

「ぐっ、げほっ。……な、なかなかの怪力でござるな。……うぐ、むう」

 サユリさんの口の端から、赤い血が垂れ落ちていた。


──女剣士は、このまま魔物に殺られてしまうのか?


「お主、相当の実力者とお見受けする。わしの配下にならぬか。さすれば、お主には快適な暮らしを約束するぞ」

「笑止。それがしは『邪の者』と敵対するもの。馴れ合いをするつもりはない!」

「仕方のないヤツだのう。ならば、ここで死ね」

 怒号とともに、強烈なパンチがサユリさんを襲った。今のこの深手では、避けきることは出来ない。サユリさんは為すすべもなく、魔物の拳打を受け止め続けていた。


「ほうら、もう後がないぞ。ほうれほうれ。わしに、少しでも抵抗してみるが良い」


 魔物が嘲りと共に大きな哄笑をした。


「好機!」

 千載一遇のチャンスが訪れた。だがしかし、それは、このような高速移動の最中では、嵐の中で宙に浮かぶ針の穴に極細の糸を通すほどの困難だったに違いない。だが、サユリさんは、それをやってのけた。


 なんと、魔物の大きく開かれた口に、愛刀を突き立てたのだ。


「ごああああ。き、貴様ぁ」

 喉元を押さえて、魔獣は床を転げ回っていた。

「さすがに口の中は、防御が手薄だったようでござるな」

「くうううう、お主のような相手は初めてだ。さぞかし名のある剣豪に違いない。せめてお名前を……」

 しかし、サユリさんの返事は非情だった。

「お主のような、非情の化物に名乗る名は持っておらぬのでな。では、さらばでござる」

 サユリさんは長刀を逆手に持ち変えると、床に伏す魔獣の喉を一撃で貫き通した。その一太刀で、魔獣は悶絶し、息絶えた。


 しかし、勝ったとはいえ、サユリさんも大きなダメージを負っていた。彼女は剣を納めると、広場の壁に身体を預けた。そのままずりと滑り落ちて、その場に座り込んでしまった。


「済まぬな、勇者殿。すぐに追いつくと言ったのに、しばらくは動けなさそうでござる。皆で協力して、地下へ急ぐのだぞ。しばらくしたら、それがしも、すぐに追い着くでござるからな」


 サユリさんは、それだけを呟くと、目を閉じてしまった。


 先を急ぐ者は、三人になってしまった。それでも、祭壇を浄化するため、俺達は走り続けていた。




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