遺跡侵入作戦(5)
シノブちゃんが、遺跡の入口で、アヌビスと死闘を繰り広げていた頃、サンダーと流星号は無数の魔獣に囲まれていた。
「ラプトル型に機械魔獣、ゴーレムまで繰り出して、凄い力の入れようでござるな」
「こんなの平気っすよ、サンダーの旦那。面倒臭いゾンビどもは、とうに燃やしちまったぜ。後の奴らは、致命傷を負わせて動けなくするだけっす。楽なもんすよ、ねぇ」
「ほう。それだけの元気があれば、大丈夫でござるな」
実は、流星号もサンダーも傷だらけであった。一部装甲の剥がれた部分もある。流星号に至っては、パーツの脱落や、回線が切れて火花が散っている部分もあった。ここまで戦って来た相手も、相当に手強かったのだ。
その上、この大量の魔獣達である。実際に生き残れるかどうかの分岐点にあった。
「サンダーの旦那、もうちょい派手にいきましょうぜ。魔獣がこっちに集まってくりゃあ、姐御も勇者の旦那達も、大手を振って遺跡に入れる。遺跡の森中の魔獣を集める気でやりましょうぜい」
「その通りでござるな、流星号。今までは、少し手加減をし過ぎていたでござる。そろそろ、拙者も本気になるでござるよ」
「ガッテンでさぁ。なら、もうちょい派手にやりますかい。でっかい花火を打ち上げましょうぜい」
「当然でござる。行くぞ、流星号!」
「そうこなくっちゃ。ガッテンでい」
そうして、サンダーと流星号は、魔獣の群れの中に突っ込んで行った。
サンダーは、主に機械魔獣を相手にしていた。機械にはロボ。実際にサンダーは、初戦で相手にしてから、機械魔獣の特性も弱点も知り尽くしていた。
一方の流星号は、小型で動きの早いラプトルタイプ担当だ。流星号の両腕から伸びた高周波サーベルが、次々にラプトルの首を落としていく。バイクロボの機動性を活かせば、ラプトルなど敵ではない。
だが、機械魔獣もラプトルも、倒される直ぐ側から蟻が湧いて来るように、後から後から出現しては彼等を襲ってくるのだ。勇気を原動力にして無限に駆動する勇者ロボだったが、メカの身体は損傷させられていく。その上、気力を奪われて勇気を失ってしまったら……。
だが、いつもなら不平を言うはずの流星号は、むしろ積極的に敵のド真ん中に飛び込むように戦いを挑んでいた。自分達の役割がどれだけ重要かを理解していたからだろう。
それはサンダーも同じであった。
「サンダー・マグナム!」
サンダーの手に握られた拳銃型の砲が、唸りをあげて機械魔獣の頭部を破壊した。首を項垂れて、その場に擱座する。しかし、息をつく暇はない。直ちに次の目標に照準する。だが、サンダーが引き金を引いても、銃弾は出なかった。
「くっ、弾切れか。マガジンもこれが最後でござった」
サンダーは一歩下がってマグナムを棄てると、腰から巨大なナイフを取り出して、機械魔獣に挑んだ。
「サンダー・ナイフ!」
狙い違わず、ナイフは機械魔獣の首筋に突き刺さった。サンダーはそれを両手で握って、強引に魔獣の首を引き切った。傷口から真っ黒いオイルを吹き出しながら、また一体の機械魔獣が地面に倒れ伏した。
だが、それもたった一体である。魔獣は後から後から出現する。
(くっ、切りがないでござる。このままでは、武器が尽きてしまうでござる。流星号も消耗している……。何とか打開策を考えねば)
サンダーはそう考えてはいたものの、口にはしなかった。
──今ここに魔獣を惹きつけておけば、それだけ勇者達が楽に侵入できる
その為に、自分達はここにいるのだから。
「流星号、足元がふらついておるではないか。ここは拙者に任せて、しばらく休むでござるか?」
すると、流星号からは、次のような答えが返ってきた。
「旦那、センサーが狂っちまったんじゃねぇですか。魔獣の返り血で、散々汚れてるっすね。ここはオイラに任せて、一旦、洗車にでも行ってきたらどうですかい。なぁに、これぐらいの魔獣だったら、オイラ一人で充分でさぁ」
と、大きな事を言い返した。本当は、流星号にも余裕がないのに……。
(いざという時には、流星号だけでも逃して、この自爆装置を使うでござる)
──サンダーは死を決意していた
そんな時、巨大な咆哮が辺りに鳴り響いた。
その途端、あれだけ襲いかかってきていた魔獣達がおとなしくなり、後ろへと下がったのである。しかも、怯えさえ見せながら。死をも恐れず押し寄せて来ていた魔獣達をすら、怯えさせるモノとは一体何であろう?
魔獣達がサンダーや流星号から離れると、直径50メートルほどの丸い空き地が出来た。サンダー達はその中央に取り残された形になっている。いったい、何が始まるというのであろう?
サンダーがこれまでの戦いを戦術コンピュータで解析した結果、勝算は0.1パーセントだった。だがここに来て、戦況を変えられそうなイベントが起ころうとしていた。
しばらくすると、再度、巨大な獣の咆哮が聞こえた。更に、その声を聞いた全ての魔獣が怯えているのが見て取れた。そのうちに、円陣の一角が開き、何モノかが入ってくるように見えた。
それは、何と、巨大な獅子の姿をした魔獣だった。そして、他の魔獣達は、新たに出現した魔獣に怯えていた。
──強い。圧倒的な強さだ!
サンダーの統合戦術コンピュータはそう判断した。
魔獣は四足で、一見、獅子のように見えた。しかし、大きさのスケールが違う。体長は10メートル近くはあるだろうか。少し開いた口から覗く牙は、鋼の如き鈍い光を反射していた。
(コイツが、ここのラスボスに違いない)
サンダーにそう判断させるだけの威厳と風格、そして凄まじい殺気を、そいつは持っていた。
と、その時、四足の獣が口を開いた。
「我が魔獣軍団をここまで追い詰めるとは、感服した。さぞかし、名のあるモノ達に違いない。わしは、魔獣軍団の長『レオラス』。改めて、お主らに戦いを挑みたい」
「だ、旦那。あいつ、喋ったぜ」
「あ、ああ。拙者も驚いておる。高い知能と強靭な肉体を兼ね備えているに違いないでござる。流星号、迂闊には手を出すなよ」
そう言うサンダーの声は、わずかに震えていた。
すると、黄金の獅子は、
「お主達の戦いを見ていた。歴戦の勇士とお見受けする。ラプトルや機械魔獣の数に任せるのは、実に惜しい。お主ら、わしと一騎打ちをしてみないか」
と、このような提案をしてきたのだ。
「もし一騎打ちで拙者達が勝利したら、その後はどうなる」
サンダーが獅子に言い返した。
「そうさな……。ならば、この森の魔獣を一匹残らず撤退させよう」
「約束は守られるのだな」
サンダーは重ねて訊いた。
「我が名は『百獣王レオラス』。語った言葉に二言はない」
レオラスと名乗った魔獣は、堂々とそう答えた。
しかし、流星号は、別の認識を持っていた。
「旦那、あんなおいしいことを言っておいて、危なくなったら魔獣共をけしかけるに決まってるさぁ。信用なんかしちゃ、いけねぇっすよ」
その推論には、サンダーも同意していた。しかし、レオラス級の魔獣がここに出てくるということは、その分、勇者達の方の強敵が減ったということだ。
(なるべく時間を稼がねば)
そう思ったサンダーは、申し出を受けることにした。
「その方の申し出、拙者が受けて立つでござる」
「っく、くくくくく。やはり、わしが思った通りのものよ。機械とはいえ、聡明な判断力を持っておる」
レオラスが不敵に笑って、返事をした。
「流星号、お主は下がっておれ。決して手を出すでないでござるよ」
サンダーはそう言うと、流星号を後ろへ下がらせた。
「なにしろ、一騎打ちでござるからな。流星号は、円陣の縁で見ていて欲しいでござる」
その言葉を聞いた流星号は、一旦何かを言いかけたが、それを我慢した。そして、サンダーに背を向けると、魔獣達の作っている円陣に加わった。幸い、魔獣達は、皆、異様に怯えており、流星号を襲ってくる気配は無かった。
サンダーはそれを見届けると、魔獣レオラスと向かい合った。
「それでは、お主と拙者とで、一騎打ちをしようでござる。拙者はサンダー。勇者ロボットでござる」
巨大な獅子は、一瞬、ニッと笑ったような表情を見せると、
「はっはっは、それで良い。魔獣だろうと機械だろうと、武人であることには代わりはない。いざ、尋常に勝負!」
「おう!」
両者は25メートルくらいの間を取って対峙していた。他の者が邪魔をする気配は無い。
サンダーの右手には愛用のナイフが、レオラスの口元には鋭い牙が。どちらも、陽光を鈍く反射していた。
一瞬、二体の間を風が吹き抜けていった。
それと同時に両者は動いた。円陣の中央で、二体の影が重なる。
力比べでは、レオラスが一枚上手のようだ。鋭い牙をサンダーの左腕に突き立てながら、ジリジリと推し進めていく。サンダーの腕からは、黒いオイルが滴っていた。
「機械の戦士よ、お主の血は不味いな」
レオラスがそう言って余裕を見せた。だが、それをサンダーは見逃さなかった。左腕をもがれようとしながらも、右手のナイフを大きく振りかぶって、四足魔獣の背中に突き立てたのだ。そのまま、強引にナイフを深く押し込んでいく。
ついに、魔獣が耐え切れなくなったのか、一旦両者は離れた。
魔獣の背中には巨大なナイフが突き刺さっており、傷口からは青黒い血潮が溢れていた。
一方のサンダーの左腕は、肘から先が砕かれ、脱落しかけていた。これまでの戦闘のダメージの蓄積もあった。独立連動システムが組み込まれているとはいえ、さすがに立っているのがやっとだった。
そして、しばらく両者は睨み合っていた。
「機械の戦士よ。お主は、やはりわしの見立て通りであったのぅ。恐るべき力を秘めておる。ここで倒すには惜しい。我らの仲間とならぬか。今なら、わしの右腕として迎え入れよう」
レオラスの申し出に、サンダーは即決で返答した。
「お断りするでござる。拙者はこの世に生まれ出てから、『邪の者』とは相反する存在。慣れ合いはできぬでござるよ」
それを聞いて、
「ふっ、ふふふ。想定通りの答えだな。やはり機械は頭が悪い……。ならば、ここで鉄クズになるがよかろう」
百獣王はそう答えると、巨大な雄叫びを上げながらサンダーに跳びかかった。獰猛な獅子は、自慢のその牙で、勇者ロボの頭部を噛み潰すつもりであった。だが、その時、思いもよらぬことが起きた。サンダーが変形したのである。
「チェーンジ。ビークルモード」
サンダーは四輪車に変形すると、レオラスの猛攻を難なくかわした。のみならず、素早く獅子の後方に回りこんだのだ。そのまま高速で突進すると、魔獣を弾き飛ばしていた。
「ぐ、ぐおおおおおお。何だこれは! このような隠し玉を持っていようとは。ぬかったわ」
猛スピードで疾走するサンダーは、土煙をあげてUターンをすると、再度猛獣を跳ね飛ばした。それと同時に再び人型に変形すると、右手の五指を伸ばした貫手を魔獣の腹に突き立てたのだ。
──勇者ロボの必殺技『サンダー・クラッシュ』!
巨大な獅子の口腔から、体液が泡となって迸った。
「どうでござる。このまま、お主の心臓を握りつぶせば、拙者の勝ちでござるな」
そう言うサンダーに対し、レオラスは、
「な、ならば……グフッ……、な、何故、殺さ……ん。勝敗は……決し、た。お主の、勝ちじゃ。さあ、早う……、わしに……、と、とどめ、を……。わし……は、百獣王。こ、このまま……、無様な、姿を……晒し……た、ままでいるのは、……我慢なら……ん」
と、息を切らせながら答えていた。
「その必要はなかろう。それに、約束を忘れたでござるか。お主には、負けを宣言してもらい、この魔獣達を鎮めてもらう役目があるでござるからな」
「ふっ……。そ、そんなこと……など、……必要……ない。い、今から……奴らの王は……お主……だ。こ、ここで……は、……『強さ』こそが『正義』……じゃ」
しかし、サンダーは、魔獣の腹に刺さった右手を、静かに引き抜いた。辺りが魔獣の血液で泥濘む。
「それだけではあるまい。この世に『恐怖』のみが支配すること能わず。真に大事なのは、『信頼』と『思いやり』でござる」
それを聞いたレオラスは、
「そ……そう吐かす……か。……ならば……、わし……には、……最初から……勝ち目……は……、無かった……のだ……な。……よ、よかろう。……こ、この場は、……わしが、ま、幕引きを……しよ……しようぞ……」
と言うと、最後の力を使って、その場に立ち上がった。そして、天を睨むと、巨大な咆哮が辺りに轟いた。
それを聞いた魔獣達は、一斉に首を項垂れると、それぞれに森に引き上げて行った。
「あ、ありゃぁ……。す、すげぇ。マジっすか。本当に帰ってくぜ」
その様子に、流星号は仰天していた。
「流星号、済まんが、レオラスに手当をしてやってくれ。拙者にはオイルを。それから、その物騒なのは、もう仕舞っていいでござるよ」
そう言われた流星号の手には、魔法力貯蔵球が握られていた。いざという時には、自分とともに炸裂させるつもりだったのだ。
「ふぅ……、分かったっすよ。でも、サンダーの旦那、何で敵なんかを助けるんすか? こいつは『邪の者』ですぜい」
球体を仕舞ったものの、流星号は、未だ『合点がいかない』という様子だった。
「まぁ、そう言うな、流星号。力を振り絞って戦ったら、もう拙者らは戦友でござる。細かいことは気にするな、でござるよ」
サンダーの言葉に、流星号は肩をすくめていた。
「そうっすねぇ。勇者の旦那なら、きっとそう言うでしょうね。分かったっすよ。手当をするから、二人共、さっさと横になって下せい」
バイクロボの顔を飾るメーターやランプは不規則に明滅していたものの、腕のアタッチメントを組み替えると、素直に魔獣の手当をし始めた。
こうして、遺跡攻略の地上戦は、勇者ロボコンビの勝利で決まった。




