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砂漠の果て(2)

 俺達は砂漠の中をあてどもなく彷徨っていた。


「はっはっは、拙者に任せれば、こんな道程、三日もあれば着いてしまうでござるよ」

 今から半日ほど前の、サンダーの言葉だ。

「GPSも、地図データも揃っているし、何より、拙者のナビシステムは最新でござるからな」

 この時のサンダーは、砂漠など何のその。大いに自信満々であった。

「頼んだよ、サンダー。長距離の移動には、お前が頼りだからな」

 俺も、この時は安易に考えていた。


──それがだ……


 辺りは物凄い砂嵐で、一メートル先も見えない状態だった。バイクのシノブちゃん達は、もう諦めて、牽引してあるブレイブローダーに避難している。

「凄い砂嵐っすねぇ。サンダー、現在位置は分かるかい」

 俺は、外の状況が気になって、サンダーに訪ねた。

「そ、それがでござるが、……どうも砂嵐に砂鉄が大量に含まれているらしくて。で、電波状態が、あまり良好とは言えないでござる」

 サンダーの応えに、俺は、

「と言うことは、GPSも、測距計も使えないの? ナビは?」

 と、問い返した。

「ナビゲーションシステムも、砂の移動で地形が刻々と変わっていて、当てにならないでござる」

 とのサンダーの応えに、

「と、いうことは……」

「と言うことでござるが……」

「要するに迷子になった、ってことだろう」

 助手席のミドリちゃんが、話をまとめてくれた。


「ここに来て迷子っすかぁ」

「そうなるでござる」


 俺達は、思いもよらなかった事態に、それ以上の声もなかった。

「あーあ、だからボクは、事前準備は良いかいって訊いただろう。大丈夫って答えたのは、君達だよ」

 いつもながら、ミドリちゃんの攻撃には隙がない。

 まぁ、結果的とはいえ、砂嵐の中で迷子、って事になったのだ。情けない。

「ミドリちゃん、魔法で砂嵐を消せないかなぁ」

 俺は、情けない声でミドリちゃんに頼んでみた。

「ちょっ、それマジ無理。一体どの程度の規模かも分からないんだぞ。いくら魔法でも、出来ないことはあるよ」

「ですよねぇ~」

 ま、俺も無理だろうとは思っていたけどねぇ。現実が目の前に突きつけられると、傷ついてしまう。

「勇者様、わたくしなら、探知魔法で方向を測ることも出来ますが」

 巫女(みこ)ちゃんが後部座席から声をかけてくれた。

「そうだ、巫女ちゃんのダウジングがあったんだ。取り敢えず、この砂嵐をやり過ごせる場所は分かるかい?」

 天の助けと、俺は巫女ちゃんにすがった。

「巫女殿、方角と距離を教えて欲しいでござる。こんな砂漠など、拙者のスピードならすぐにでも突っ切ってしまうでござるよ」

 サンダーが力強く答えた。だが、

「サンダー、出発前には自信満々だったのが、この有り様なのはどうしてくれるんだい」

 と、魔導師のミドリちゃんは容赦がなかった。

「それを言われると、辛いでござる。巫女殿、後生だからお願いでござる」

 サンダーは自分の失敗故に、やけに低姿勢になっていた。

「では、ちょっと待って下さい。サユリ様のお着物を治しますので」

 そうだった。サユリさんは、昔の傷がなかなか癒えず、後ろの席で巫女ちゃんに魔法治療をしてもらっていた最中だったんだっけ。

「かたじけない、巫女殿。巫女殿の魔法治療のお陰で、それがしも、だいぶ楽になったでござる」

「これからは、わたくしが定期的に治療を行いますので、くれぐれも無茶はしないで下さいね」

「あい、分かったでござる」

「では、これからダウジングを行います。少し静かにしていて下さいね」

 そう言って、巫女ちゃんは懐から尖った形の水晶のペンダントを取り出すと、精神を集中しているようだった。

 五分ほどそうやってダウジングを続けていると、

「この先に岩山と洞窟のイメージが湧いてきました。そこなら、この砂嵐をやり過ごせると思いますわ」

 この応えに、俺は大喜びしてしまった。

「すごいや巫女ちゃん。どっちの方角だい。早く教えてくれよ」

「勇者クン、少し黙って。ダウジングには集中力が必要なんだから」

 たちどころに、俺はミドリちゃんに叱られてしまった。俺ってリーダーなのに、誰も尊重してくれないんだよな。シクシク……。

 そうするうちに、巫女ちゃんのペンダントが浮き上がり、ある一定の方向を指し始めた。

「二時の方向、距離は五キロくらいでしょうか……」

 と言う巫女ちゃんの応えに、サンダーは、

「データを設定し直したでござる。洞窟に向けて急行するでござる」

 と言って、車を急発進させた。



 たった五キロの距離など、すぐに着くと思っていたが、激しい砂嵐の所為で、辿り着くまでに半日を要してしまった。

 俺達は、サンダーとブレイブ・ローダーを洞窟に避難させると、一時休憩ということにした。

「ふぅ、すごかったねぇ。良く無事にこの洞窟まで着いたものだよ」

 サンダーを降りると、ミドリちゃんはそう言った。

「そう言えば、くの一殿はどうしたでござるか。姿が見えませぬが」

「ああ、シノブちゃん達はブレイブ・ローダーの中だよ」

「そうでござるか。では、それがしが呼んでまいろう」

 サユリさんはそう言って、ブレイブ・ローダーに向かった。

「俺達は食事の準備にすっかぁ。巫女ちゃん、何か食べるものある?」

 俺がそう訊くと、

「はい、街を出る時に、お弁当屋さんで『おにぎり』と言うものを買っておきました。何でも、古くからの歴史のある伝統食品だそうです」

 ああ、いや、まぁ、間違ってはいないと思うけど。でも、おにぎりか。美味しいよね、おにぎり。

 巫女ちゃんはサンダーのトランクからレシ袋を二つ取り出すと、俺達のところに戻ってきた。

「はいどうぞ、勇者様に魔導師様。お好きなものを選んで下さい。それから、こっちはお茶の入ったボトルです。一本づつお渡ししますね」

 ああ、巫女ちゃんがいて良かった。こんな食事一つにでも真心がこもっている。


 俺達は、巫女ちゃんの買っておいてくれたおにぎりを、めいめいで食べ始めた。


(あれ? そう言えば、サユリさんはどうしたんたっけ? 確かシノブちゃんを呼びに行ったはずなんだけど……)


 俺は不審に思って、ブレイブ・ローダーのところまで走っていった。

 すると、ローダーの入口で四苦八苦しているサユリさんに出くわした。

「サユリさん、どうしたんすか?」

 俺が事情を聞こうとすると、彼女は、

「勇者殿、この扉が言うことをきいてくれぬのだ。押しても引いても、ウンともスンとも言わなくて。それがし、途方に暮れてしまっているのでござる」

 え? ここの扉って全自動で開くんじゃなかったっけ。試しに俺が、扉に近づいて、左の手の平を押し付けると、低い音がなって、扉が開いた。

「おおっ! なんと、扉が開いたでござる。素晴らしいメカズニムでござるな」

 い、いや、それを言うならメカニズムなんだろうけど。しかし、サユリさんがメカ音痴だとは知らなかった。これから気をつけるようにしよう。

 さて、シノブちゃんは、どうしたのかな? 俺がブレイブ・ローダーの中を覗き込むと、彼女は床に大の字になって寝ていた。近くには、空になった酒瓶が転がっている。


(シノブちゃん、俺達が立ち往生して苦労している時に、酒かっくらって寝てたわけ。トホホ、そりゃ無いよ)


 折角、皆でおにぎりを食べようと思ってたけれど、放っておこうかな。そんな俺の考えを無視するように、サユリさんはシノブちゃんを抱きかかえると、介抱を始めた。ああ、そんな事しなくてもいいのに。


「どうした、くの一殿。どこかお加減が悪いのでござるか? 目を開けてくれ、くノ一殿」

 そうするうちに、シノブちゃんは薄っすらと目を開けると、サユリさんの顔を見た。

「あれえ、うち、どないしたんやろ」

 ホニャホニャした声でくノ一は答えた。

「くの一殿は、ここで倒れていたのでござる。気を確かに」

 シノブちゃんは上半身を起こすと、両腕を上にあげて、大きく伸びをした。

「あー、よく寝た。あ、勇者さんや。今どの辺かいな? もう遺跡に着いたんか?」

 俺は頭を抱えながら、二人に近付くと、

「まだ、道程の一割にも満たないよ。シノブちゃんは砂嵐が激しくなったんで、ブレイブ・ローダーの中に避難してたんだよ」

 それを聞いて納得したのか、シノブちゃんは腕を組んで、「うんうん」と首を縦に振った。

「ああ、せやったせやった。どーりで腹が減ってるはずや。長い間寝てたんやからな」

 俺は、シノブちゃんの言ったことを、頭の中で繰り返したが、全く納得がいかなかった。

「お昼ごはん、巫女ちゃんが用意してくれたよ。食べたけりゃ外に出ておいでよ」

 おれは、少しムスッとして、シノブちゃんに言い放った。

「スマンでござる。それがしが、扉の開け方を知らなかった所為で、くの一殿に迷惑をかけてしもうた。その足では、歩くのも難儀だろう。それがしが、おぶって行ってやろう」

 と、サユリさんは背中を差し出した。

「サユリさん、そこまで親切にする必要なんて無いっすよ。酔っ払っているだけだから」

「いや、だからこそ、それがしがおぶって行くのだ。二日酔いも病気の内、でござる」


(ああ、サユリさんは優しいなぁ。こんな、筋肉は放っておけばいいのに)


「わぁ、嬉しいわぁ。うち、おんぶされるんは何年ぶりやろか。じゃぁ、サユリさん、よろしくお願いします」

 と言って、図々しく、サユリさんの背中におぶられて皆のところまで行ったのだ。


「お、何喰うとるんや。おにぎりか? 美味そうやなぁ。うちもいただくで」

 と、シノブちゃんは何の気後れもなく、皆にナチュラルに混じっておにぎりを頬張っていた。



(俺が、このチームを纏められる日は、もしかしたら永遠に来ないのではないのか)


 ……さすがにこの時は思ってしまった。




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