再戦(9)
俺は考えていた。いつになく頭を使っていた。
サユリさんから、瘴気を異空間に封じ込める事が出来るという事は、アドバイスとしてもらえた。しかし、その条件がキツイ。
一つは、封滅空間が出来るまで、あの瘴気をどこかに隔離しておくこと、
二つ目は、アマテラスに祈って、力を借りること、だそうだ。
二つ目はいいだろう。こっちには巫女ちゃんがいるんだから。
しかし、一つ目は一体どうしよう。ミドリちゃんの爆炎魔法でも、表面をわずかに焼くことしか出来なかったのだ|(だからこそ、『捨てる』という選択肢になったのだが)。隔離なんて、一体どうやったらいい? 分からん。
「勇者さん、どないしたんや?」
くの一のシノブちゃんだ。この人は、きっと脳みそまで筋肉なんだろうな。こういう知略が必要な時は、あまり頼りにならない。
「う~~~とね、サユリさんが封滅空間を作り上げるまで、どうやってあの瘴気を隔離しておくかを悩んでるんだよ。いい案はないかなぁ」
俺は、ダメ元で訊いてみた。
「そんなん、勇者さんの必殺技で吹き飛ばしたらええねん」
「吹き飛ばすって、そんな技あったっけ?」
「あれや、あれあれ。え~と、なんちゅうたかなぁ。渦巻きがぐるぐる出るやつ」
「破砕渦動流かい」
「せやせや、それ。あの渦巻きで竜巻でも作って、そん中に閉じ込めとくんや。勇者さんなら簡単にでけるやろ」
「そんな簡単そうに言わないでよ。俺には、まっすぐ前に飛ばすことしか出来ないんだから」
「そうかぁ。ええ考えやと、おもたんやけどなぁ」
「そうそう、無理無理」
はぁ、これでまた振り出しかぁ。どうしよう。
「勇者殿。さっきのくの一殿の提案。良い考えと思いますぞ。破砕渦動流とは、あの崖をえぐった技でござるな」
「えっ? ああ、うん、そうだけど。瘴気とかを渦で閉じ込めるなんて、やったこと無いし」
俺は、サユリさんに言われて、困ってしまった。
「勇者殿、戦場では柔軟な考えを持たねば。それと、「やったことがない」ではなく、「やってみよう」という意思が大事なのでござる。それがしが、舞を終えるまでの短時間で構いませぬ。やってみてはいかがでござろうか」
「そうだよ、勇者クン。今までだって、無茶な状況を工夫して戦ってたじゃないか。出来るよきっと」
「ミドリちゃんまでそんなぁ。俺って、偉そうにしてるけど、基本はヘタレだよ。そんなの無理だよ」
その時、巫女ちゃんが側に来て、その両腕で俺の頭を抱いた。
「大丈夫。出来ます。勇者様なら、きっと出来ます。……出来る、出来る、大丈夫」
巫女ちゃんにそう言われて、俺は段々落ち着いてきた。
そうだ、俺が逃げ腰だと、皆が頑張れない。こんな時のための勇者じゃないか。
「分かったっす。やってみるっす。サンダー、あの丘の上に降ろして欲しいっす」
「勇者殿、大丈夫でござるか?」
「平気だよ。ここ一番で、良いとこ見せるのが勇者じゃないか」
とは言ったものの、空元気である。本当は、足がガクガク振るえていた。
いや! 武者奮いだ。
俺は、遺跡の近くの、未だ瘴気が流れてきていないところで、ブレイブ・サンダーから降ろしてもらうと、勇者の木刀を大上段に振りかぶった。
「頼りにしてるぞ、勇者の木刀。いっけぇ、破砕渦動流!」
俺は上段の構えから、勇者の木刀を一気に振り下ろした。木刀の切っ先から、微細な亜空間の刃が渦を巻きながら迸る。瘴気はそれにどんどん巻き込まれて行った。だがそれだけじゃダメだ。このまま、渦に閉じ込めておかないとならない。
「うおおおぉぉぉぉぉ、ふんばれ、勇者の木刀」
俺は渾身の気力を振り絞った。破砕渦動流の渦の向きが、竜巻のように縦向きに回転するようイメージした。出来るのか? いや、絶対出来る。自分を信じて、勇者の木刀を信じて。
俺の願いが叶ったのか、破砕渦動流の渦は瘴気を巻き込んだまま竜巻のように縦向きに維持されていた。
「や、やった。サユリさん、頼んます」
「よくやったでござる、勇者殿。後は、それがしにお任せを」
サユリさんは、ブレイブ・サンダーの手から飛び降りると、抜刀して、舞を踊り始めた。巫女ちゃんも、サユリさんとは違っていたが、舞を踊っていた。多分、アマテラスに捧げる舞だろう。
ミドリちゃん達も、地上に降りて、両手を合わせて祈っていた。
(お、重い。こんなのどうやって捕まえとくんだよ。もう、ひっくり返りそうだ)
俺は、瘴気のあまりの重さに耐えかねていた。
「サユリさん、異空間は開きましたかぁ?」
「い、今しばらくお待ちを。あと少しでござる」
(向こうも頑張っているようだ。ならば、俺も……がん……ば……る)
「アマテラス様、どうかお力をお貸し下さい。『邪の者』の瘴気を清め給え。アマテラス様」
巫女ちゃんも懸命に祈っていた。ここで、俺が踏ん張らなきゃ、全てが台無しになる。
「勇者殿、あと少しでござる。鳳凰院流剣舞『虚空封滅の舞』。これで、最後でござる」
「分かった、頑張る!」
「頑張れ、勇者さん。後、もうちっとやで」
皆の声に支えられて、俺は何とか渦巻きを維持していた。
だが、それも長くは続かない。もう、意識が途切れそうという時、
「勇者殿、出来たでござる。この空間の穴に、瘴気を捨てるでござるよ」
と、サユリさんの言葉が届いた。
準備が出来たのか? なら、後は、俺がこの渦巻を空間に出来た穴に向けるだけ。向ける、……だ、だ、だ、だけなんだが。お、重い。重すぎて、上手く方向を変えられない。
「何してるんだよ、勇者クン。ゴミ箱は出来たんだ。後は、そのゴミを捨てるだけなんだよ」
ミドリちゃんの声が遠くに聞こえた。
「わ、分かってるっす。け、けど。す、すんごく重たくって、方向が定まらないんだ。う、うわっ。誰かなんとかして」
俺は、頑張って閉じ込めていた瘴気に翻弄されていた。量が多すぎるんだよ。くそったれぇ。
「勇者さん、うちが手伝うで。ほれ、こっちに向けんかい。……て、何やこの重さは。ゴーレムの方が、まだ軽かったで。流星、お前も来い。皆で、協力するんや」
「ガッテンだ、姐御。オイラに任せてくれ。……って、重。すげえ重さだ。腕が抜けそうだぜ」
「お前の腕なんか、いくらでも代わりを作ったる。踏ん張れ」
「踏ん張るぜ、姐御ぉ」
「せや、いくどぉ」
俺達は三人がかりで、ようよう竜巻の先を結界空間の穴に移動させていた。
「あと少しだ。シノブちゃん、流星号、踏ん張るぞ。せーのっ」
で、やっと竜巻の先が結界空間の入口に届いた。
すると、瘴気が、封じ込めていた竜巻ごと、ぐんぐん穴に呑み込まれていった。
そして、最後の一筋が穴に吸い込まれた後、サユリさんは太刀を振り払うと、鞘に収めた。<キン>という、涼し気な音が辺りに響く。
「やったぁぁぁぁぁぁ。異空間に封じ込めたぞ」
「やりましたな。勇者殿、見事でござる」
「いやぁ、それもこれも、サユリさんと皆のおかげだよ」
「せやな。最後は皆で頑張った」
「ふぅ、しかし、しんどかったなぁ」
と、俺はその場にしゃがみ込んだ。それほど今回の敵は手強かったのだ。
しかし、そこに俺の迂闊さがあった。
巫女ちゃんは、ゾンビをやっつけた後、『邪の者』の気配は『十個』と言っていたのだ。
これまで倒してきたのは、ゴーレムが三体、悪魔、破壊邪皇で、五体だ。つまり、本当は後五体残っているはずなのだ。
俺は、その残り五体のことを、すっかり忘れてしまっていた。




