再戦(7)
峡谷に挟まれた広場の中央で、巨大な黒鬼と鋼鉄の巨神が対峙していた。
「ううううぅぅぅ。怖いですぅ」
巫女ちゃんが、破壊邪皇の強力な魔力に恐怖を抱いていた。
「大丈夫だよ、巫女クン。ボクがついているから」
ミドリちゃんが、巫女ちゃんに寄り添ってくれていた。
「ほんま、デカイなぁ。あんなんと戦ってて、大丈夫なんかいな」
シノブちゃんも、戦いの行く末を危惧しているようだった。
「大丈夫だよ、シノブちゃん。ブレイブ・サンダーは無敵なんだから」
俺が励ますように言うと、
「いや、勝ち負けじゃのうて、ここ、大丈夫なんかなぁ。あたり一面吹き飛ばしてもうたら、うちらがタダじゃ済まんからなぁ」
あぅ、そうか。広場とは言っても、巨大な彼らにとってはプロレスのリング並みに狭いのかもしれない。ここで、戦いの余波をモロに受けたら、確かにタダじゃ済まないな。あれ、そういやサユリさんがまだ戻っていないぞ。無事だといいんだが。
その時、広場の中央で、二つの巨体がぶつかりあった。両手を握り合い、力比べをしている。足元の大地が凹み、亀裂が四方八方へ走った。
聖と邪のエネルギーの猛烈なぶつかり合いで、広場のみならず、峡谷の崖もひび割れ、崩れつつあった。
「皆、一旦退避だ。こっちが潰される」
俺が、そう叫んだ時、崖の上から巨大な岩塊が崩れ落ちてきた。まずい、避けられない。
「皆、避けるんだ!」
と言ったものの、実質上間に合わない。万事休すか。
そう思った時、巨大な岩石が砕け、崩れて粉塵と化した。
「大丈夫でござるか?」
その声は、サユリさんだ。
「危機一髪でありもうしたのう。お怪我は無いでござるか?」
悪魔を剣舞で退けた彼女は、いつもの通り、穏やかで落ち着いていた。
「ああ、お陰で助かったっす。今のも鳳凰院流の技っすか?」
「そうでござる。鳳凰院流居合『木っ端微塵剣』にてござる」
と、サユリさんは何でも無いように答えた。
「サユリさんは、どこも怪我してないですか?」
魔導師のミドリちゃんが尋ねた。
「魔導師殿の防御魔法のお陰で、無傷でござる。しかし、敵もさることながら、あの巨大ロボットには、それがしも驚愕いたしました。まさか、あのようなものまで持っておるとは……。さすがは現在の勇者殿でござる」
「いやぁ、それほどでも。あれは、俺が凄いんじゃなくて、サンダーの切り札なんすよ。俺達も、何度も助けられたっす」
俺は、峡谷から広場の戦いを眺めながらそう応えた。
広場では、相変わらずの力比べが続いていた。どうも、あの化け物はブレイ・ブサンダーと互角の腕力を持っているようだ。強敵である。ギシギシという音が、ここまで聞こえてきそうな感じだ。
だが、ずっと続くように思えた均衡は、一気に破れた。
「むぅ、うおぉ、おおおおおおおおおおお」
ブレイブ・サンダーが吠えた。渾身の力でもって、破壊邪皇を崖に投げつけたのだ。
しかし、相手もただ力だけの魔物では無いようだ。巨大な体躯を空中で回転させ、切り立った崖に軟着陸すると、今度はその勢いで飛びついてきたのだ。
体ごとの体当たりで、ブレイブ・サンダーが反対側の崖に吹き飛ぶ。崖は巨神の身体を支えきれずに、大きな土砂崩れが起きた。
「ブレイブ・サンダー、大丈夫っすか!」
思わず俺は声をかけた。
「何のこれしき。お返しでござる」
ブレイブ・サンダーは、崩れた崖から飛び起きると、破壊邪皇に渾身のパンチを放った。
鋼鉄の拳を腹に受け、巨大な黒鬼は口から血反吐を吐いた。いけるぞ!
しかし、敵もさるもの。ブレイブ・サンダーの右腕を絡めとると、そのまま投げ飛ばしたのである。もんどり打って大地に叩きつけられるブレイブ・サンダー。
彼らの戦いは、辺りに小地震を起こしていた。大地は割れ、崖は崩れ、大きな振動が何度も俺たちを翻弄した。
「もっと離れんと、こりゃマジで巻き添えになるで。勇者さん、どないする?」
シノブちゃんが、危険を感じて俺に訊いてきた。退避も大事だが、いざという時にサンダーの援護が出来なくなる。う~ん、どうする……。
「ボクが防御魔法でシールドを作る。皆、ボクの周りに集まって」
ミドリちゃんがそう言ってくれたので、俺達は魔法シールドの中から二体の戦いを見守ることが出来た。しかし、それでも頭上からぱらぱらと崩れた石や土塊が降ってくるのには肝を冷やした。
頑張れ、ブレイブ・サンダー。
広場の中央では、巨大な黒鬼は、その場に片膝をついていた。勝負あったか。
「もう、お終いにするでござる。『邪の者』は地獄に退散するでござる。ブレイブソード」
ブレイブ・サンダーが叫ぶと、右足から巨大な剣が飛び出した。サンダーはそれを大上段に振りかぶると、破壊邪皇に一気に振り下ろしたのである。
さすがの鬼獣も、もんどり打って大地に仰向けに倒れた。傷口から、黒い霧のようなものが激しく漏れ出ていた。
「やった、ブレイブ・サンダーの勝利だ」
俺達は、隠れていた峡谷から広場に走り出ると、勝利の勇者巨神の下へ走って行った。
「さすが、ブレイブ・サンダーだよ。本当に無敵なんだな」
俺は、賞賛の声をあげた。
「なんのこれしき。拙者にかかれば、『邪の者』など返り討ちでござる」
手強い敵を倒して、俺達はホッとしていた。だから見逃したのかも知れない。破壊邪皇は、その傷口から、黒い霧を辺りに漂わせていたことに。
最初に気がついたのは、巫女ちゃんであった。
「勇者様、霧が……」
「えっ。巫女ちゃん、霧が何だって?」
俺が巫女ちゃんの方を見ると、黒い霧がうねるように押し寄せて来るところだった。
「勇者様、この霧は……、瘴気です。『邪の者』の瘴気は、触れたものを蝕み腐らせます。お早く避難を」
巫女ちゃんの言葉を聞いて、俺は驚いた。
「退避だ、退避。この霧に触れると危ない。ブレイブ・サンダー、頼む」
「心得た、でござる」
俺達はブレイブ・サンダーの足元に駆け寄ると、その巨大な手の上に這い上がった。
「しっかり捕まっているでござるよ」
ブレイブ・サンダーはそう言うと、背中のブースターに点火し、大空に飛び立った。
黒い霧はますます濃くなり、広場を覆い尽くすとともに、峡谷へと流れて行った。
「いけない。このままだと、瘴気が街の方まで漏れ出てしまうっす」
俺がそう言うと、
「任せとき。流星、ミサイル全弾発射や。崖を崩して堰き止めたらんかい」
「よっしゃ、任せときな、姐御」
流星号はそう応えると、身体の各部に装備されていた小型ミサイルを、俺達の通ってきた峡谷へと向け、発射した。峡谷の崖があちこちで爆発し、土砂崩れを起こして崩落していった。見る間に谷が土砂で埋まっていく。
「いいぞ、流星号。これで街への被害は食い止められたな」
「でも、勇者クン。霧は逆方向──遺跡の方へも流れていくよ。そっちも何とかしないと、遺跡が瘴気に漬かってしまう」
ミドリちゃんの指摘した通りだ。確かにこれでは、遺跡が瘴気に蝕まれてしまう。
空から見てみると、遺跡への道はもう既に瘴気で満ちていた。岩陰に生えていた草や灌木が、瘴気に触れると、見る間に腐り、溶けていった。地面も崖も岩さえも、黒ずんで爛れたように変色している。
遺跡ごと瘴気で包み込んでしまうつもりなのか。そんな事をされたら、遺跡に近づけなくなる。どうする……。
俺は、最後の難関をどう突破したらよいかを、懸命に考えていた。




