放浪する遺跡(2)
俺とシノブちゃんは、釣り上げた大ウナギモドキを眺めて溜息をついていた。
「勇者さん、こないなモン、どうやって食うんやろか」
いや、俺に訊かれても、さっぱり分からんのだがな。
「やっぱり、巫女ちゃんに訊いた方がいいっすね。まぁ、このままボヤッと待ってても仕方がないから、俺は火を起こしてお湯でも沸かしてるっす」
そう言うと、俺は湖岸の石を集めてきて積み重ね、かまどを作った。そして、そこいらから木切れを拾ってくると、火を点けて種火にする。その上に、ミドリちゃんが集めてくれた薪を重ねる。どうかな? 上手く燃えてくれるかな?
しばらくすると、炎が上がってきた。俺は、ヤカンにペットボトルから水を注ぐと、火にかけた。さすがに濁っている湖の水は、煮沸しても飲む気になれなかったからだ。
そろそろ、ヤカンも蒸気をあげ始めた頃、巫女ちゃん達が帰ってきたようだ。
「ただいま戻りました、勇者様」
声の調子から考えて、何かしらの食料が採れたのかも知れない。
「巫女ちゃん達は、何か食べられそうな物は手に入ったっすか?」
俺は、巫女ちゃんに散策の成果を訊いてみた。
「ハーブの良い物が採れました。それから魔導師様が、ミドリドリを捕まえてくれました」
「どうだぁ、勇者クン。二羽も捕れたぞ」
あ、随分前に喰ったことがあるやつだな。それも、二羽か。
「それは大漁っすね。こっちは、何だかよく分からないでっかいウナギみたいな物が釣れたっす。でも、何か不気味で、食べられるのかどうかも、よく分からないんすよ」
俺はそう言って、例のウナギモドキを指差した。
「ああ。あれは『ウナウナギ』ですね。少し独特の臭いがしますが、タレやハーブをつけて焼き上げると、食べられますよ。でも、この大きさでは、捌くのが大変そうですね」
「そおっすねぇ。サンダー、変形して巫女ちゃんを手伝って貰えないっすか?」
俺はサンダーに助力を求めた。するとサンダーは、
「お安い御用でござる」
と言って、ロボに変形した。そうして、腰から戦闘用のナイフを取り出すと、巫女ちゃんの指導で、ウナウナギを捌き始めた。しかし、異世界では、こんな変な魚まで食うのか。
一方、ミドリちゃんは、捕まえたミドリドリの羽をむしっているところだ。ミドリドリは、羽が緑色をしている以外は、鳩によく似ている鳥だ。以前、巫女ちゃんが調理した時は肉団子汁だったが、今度は何を作るんだろう。
俺がそんな事を考えながら、ミドリちゃんを見ていると、
「フレア」
と、彼女は、いきなり呪文を唱えた。すると、ミドリドリは、あっという間に炎に包まれて、丸焼きになった。
「あはは、一丁あがり。どうだ勇者クン、ボクにだって、焼き鳥くらい作れるんだぞ」
「ミドリちゃん、強火で外から焼くと、中は生のままっすよ。ちゃんと中まで火が通ってるんすか」
俺は、ちょっと怪訝そうに訊いた。
「さて、それはどうかな。ちょっとむしってみようか」
ミドリちゃんはそう言うと、丸焼けになった鳥の足を握って、力任せに引き裂いた。
「あれ? 未だ赤いところが残ってるな。どうしてかな?」
さしもの魔導師も、料理のレベルはイマイチらしい。
「だからさぁ、ミドリちゃん。捌いてから焼くか、弱火でじっくり焼くかしないと、中まで火が通らないんすよ」
と俺は再度説明した。
「そうか。なら「スライサー」」
今度は別の魔法を使って、彼女は、焼け焦げた鳥を細切れにした。
「どうだい、切断の魔法だよ。後はこれを焼けばいいんだろう」
得意満面の魔女さんだったが、思った通り、本格料理は無理そうだな、こりゃ。
「ミドリちゃん、それ、ちゃんと血抜きしたっすか? それに、内臓のところとかを除けとかないと、生臭くなるっすよ。部位によって調理の方法もちがうし。あと、下味とかもしなけりゃ」
「そんなの面倒臭いじゃないか。あとで塩でもふっとけば、食べられるよ」
俺の苦言に対して、魔法少女は全く気にしようとしてくれなかった。
(う〜ん、そうなのか? そんなんで大丈夫なのか? いくら異世界でトイレに行かなくてもいいからって、悪い物を食べたら、お腹をこわすんじゃないのか?)
「ミドリちゃん、一人で旅をしていた時は、どうやって食いつないできたんすか?」
俺は、ふと思いついた疑問を、彼女に投げかけた。
「う〜ん、そうだなぁ。旅行用の保存食とか、缶詰が多かったなぁ。本格的な料理は……、そうだね、あんまりしたことが無いかな」
「そう……なんだ」
俺は、彼女の調理の様子を見て、そうだろうなとは思っていた。
「勇者様、魔導師様、どうなされました?」
その時、巫女ちゃんが返ってきて、声を掛けてくれた。
「ああ、巫女クンか。獲ってきた鳥を調理しているところだよ」
巫女ちゃんは、細切れの鶏肉を見ると、
「あらあら、これでは骨や内臓と混ざってしまいますわね。後は、わたくしが何とかしますね」
巫女ちゃんは、ミドリドリの成れの果てを眼にして、苦笑いをしていた。
「巫女ちゃん。ウナギの方は、大丈夫っすか?」
俺は、釣り上げたウナウナギがどうなったかを尋ねた。
「ウナウナギは捌いて、下茹でをして臭みを取っているところです。この鶏肉も、内臓を取りのけて、ハーブと炒めなおせは、美味しく食べられますよ」
「そうかぁ、悪いね巫女クン」
ミドリちゃんは、頭を掻きながら、後始末を巫女ちゃんに任せた。
ふと湖の方を見ると、サンダーが愛用のナイフを、湖の水で洗っているところだった。
「拙者のナイフが……。拙者のナイフが……、魚臭くなってしまったでござる」
そう言いながら、サンダーはいつまでもナイフを洗い続けていた。ちょっと悪いことをしたかな?
そうするうちに、昼食の支度が出来たようだ。巫女ちゃんが、
「皆さん、お食事が出来ましたわよぉ」
と、号令をかけた。
俺達は適当に腰を降ろすと、昼食を食い始めた。今日のご飯は、ミドリドリのハーブ炒めと、ウナウナギの照り焼き、即席スープだった。
「このウナギ、見かけはえろう悪かったが、こうして食ってみると、結構美味いなぁ」
「ウナギって言うよりも、穴子に近い味っすね」
「あまり脂っこく無いからじゃないかな」
などと他愛のないことを言いながら、俺達は昼食を続けていた。すると、
「それはそうと勇者殿、この湖の地形が、拙者のカーナビのデータと違うのでござる」
と、サンダーが俺に言った。
「天候のせいで、変わったんじゃないのか?」
「いや。ここ数ヶ月の天気は穏やかでござった。なのに、湖の一部が、何かに削られたように変形しているのでござる」
「そうなんすか。ミドリちゃん達は、散策の時に何か気が付かなかったっすか?」
俺は、ミドリちゃんに訊いた。
「そうだなぁ、そう言えば、湖の反対側が何かが通ったようにえぐれていたかなぁ。灌木とかも薙ぎ倒されていたし」
「ちょっと気になるっすね。食事が終わったら、一度皆で見てみるっすか」
「せやな。もしかして、デッカイ魔獣なんかが通ったんやろか。だったら、見つけてボコったろうやないか」
シノブちゃんである。ああ、どうしてこの人は、物事を乱暴な方へ考えるんだろう……。
しかし、何かが通ったような跡か。もしかして、移動する森と関係あるのかな? 俺は、期待を感じながらも、同時に嫌な予感も抱いていた。