再戦(6)
俺達は、絶体絶命のピンチにあった。
『邪の者』の三番目の刺客は『悪魔』だった。
本当に、悪魔のような攻撃力を持っていて、岩塊をも溶かし蒸発させる攻撃魔法を放ってきた。魔導師のミドリちゃんでも防ぎきれない、超強力な魔法だそうだ。
このピンチに、俺はどうすればいいかを、頭をフル回転させて考えていた。
「それがしに任せてもらえぬか?」
三度、剣士サユリさんが、太刀を片手に立ち上がった。
「サユリさん、無茶っす。相手は遠距離の超強力な攻撃魔法を使ってくるんすよ。刀じゃ到底勝てっこ無いっす」
俺は止めようとしたが、サユリさんは「フッ」と柔らかい笑みを浮かべると、
「それは、やってみないと分からないでござるよ」
と、応えた。何か勝算があるのだろうか?
「勇者クン、ここはサユリさんに任せてみよう。彼女の実力は、複数体のゾンビヘッドを一瞬で破ったことでも実証済みだ」
と、ミドリちゃんが言った。
でも、サユリさんを一人で悪魔の前に出すのは心配だ。かと言って、俺達が着いて行っても足手まといになるだけだろうし。……どうしたものか。
「サユリさん。これを持って行って下さい。魔法力貯蔵球だよ。ボクの防御魔法を目一杯に充填してある。悪魔へ近づくくらいの時間は稼げると思うよ。発動時の呪文は「シルディア」だよ」
ミドリちゃんは、ポケットから魔法力貯蔵球を取り出すと、サユリさんに手渡した。
「これはかたじけないでござる。大事に使わせていただくでござる」
サユリさんは、ミドリちゃんから貯蔵球を受け取ると、懐にしまった。
彼女は、俺達の隠れている岩陰から出ると、悪魔と対峙した。
「ほう、一人か。全員でかかって来なければ、瞬殺だぞ。構わないのか」
悪魔は不敵な笑みを浮かべると、そう言い放った。
「なんの。お主如きを倒すのに、わざわざ勇者殿が出てくる必要もない。それがし一人で充分でござる」
サユリさんは、悪魔に対してそう言った。
(売り言葉に買い言葉だろうけど、これ以上怒らせたら本当に瞬殺になっちゃうよ。サユリさん、大丈夫なのかなぁ)
サユリさんをナメてるのだろう、悪魔の方は棒立ちである。対するサユリさんは、左腰に太刀を差し、居合の構えをとった。
「どうした、かかって来ぬのか? ならば、こちらから行かせてもらうぞ」
悪魔は、さっきのように右手を胸前に伸ばすと、そこに輝く魔法陣が現れた。さっきの熱線攻撃だ。
「サユリさん、逃げるんだ!」
俺は、我知らずそう叫んでいた。しかし、サユリさんは逃げも隠れもせず、構えを崩さなかった。
魔法陣から熱線が放たれたその時、一迅の光が走ったように思えた。それは、サユリさんの放った居合の一撃だったと思う。その斬撃は悪魔の放った熱線を空間ごと真っ二つに切り裂いたのだ。
「鳳凰院流居合『虚空斬』」
サユリさんがそういった時、もう彼女は悪魔のすぐ目の前にいた。
「ぬううう、小癪な」
悪魔は、次の一手を放とうとした。その時、サユリさんの太刀は天を指していた。その完璧な立ち姿に、俺達は──いや、悪魔でさえ見惚れてしまったのかも知れない。
その場が、ピーンと張り詰めたような気配で覆われた。誰も動けなかったのは、その所為だったのかも知れない。
それは長い時間を経てのことなのか、一瞬後の事だったのか、今となっては分からない。サユリさんは、一刀を片手に優雅な踊りを舞うように悪魔の周囲を巡り始めた。その舞を、俺達は黙って見ていることしか出来なかった。悪魔でさえ、微動だにしなかった──いや、出来なかった。
やがて、渦を巻くような剣舞が終わろうとした時、一閃の刃の煌めきが悪魔を襲った。それは、ヤツの着ていた黒い鎧を貫通し、悪魔の胸に十文字の亀裂を刻んだのだ。
「鳳凰院流剣舞『降魔の舞』」
サユリさんが静かに告げると、悪魔の胸に刻まれた傷から、どす黒い煙が霧となって溢れ出てきた。
「くぉぉぉぉぉ、これわぁぁぁぁ」
悪魔が苦悶の声をあげた。
「『降魔の舞』は、邪悪な妖物を調伏する舞にてござる。邪悪そのものであるお主の身体には、最も耐え難い苦痛であろう。これが勇者殿にも匹敵する、我ら元勇者の力だ」
悪魔は、黒い霧を吹き出しながら、風船が萎むように潰れ、形を失いつつあった。
「くそう、勇者どもめぇ。『破壊邪皇』、来いぃぃぃぃい。我が元へ来るのだァァァァ。『破壊邪皇』!」
悪魔が怨嗟のような叫び声を上げると、晴れていた空はにわかに曇りだし、雲は渦を巻いた。そして、悪魔よりも更に凶悪な邪気を孕んだモノが、渦巻く雲の中心に顕れたことが感じられた。
それは、みるみるうちに強さを増し、悍しい鬼の手のようなものが渦から這い出てきた。巨大な手は、広場の真ん中にいる悪魔を鷲掴みにすると、続いて現れた醜怪な口に運ばれ、巨大な牙で引き裂かれ、噛み砕かれ、飲み込まれた。
悪魔を食い尽くした邪悪の塊は、空に出来た黒い渦の中心から身を乗り出すと、黒い稲光のように、地面に墜落してきた。
一瞬、<ドンッ>と地面が揺らいだような気がした。その衝撃に耐えかねたのか、広場の地面に幾つもの亀裂が走った。
『破壊邪皇』と、悪魔は呼んでいた。その凶悪な化け物は、腰の曲がった巨大な黒鬼の姿をしていた。頭には黒光りする二本の角を備え、その豪腕には太い剛毛が刺のように生えていた。破壊と殺戮をのみ実行するように見えるその巨大な姿のなかで、二つの目だけが明確な知性と意思を持っている事を示していた。俺にはそれが恐ろしかった。ただ、力のままに破壊を繰り返す巨獣ではない。俺達、元勇者を根こそぎにするという、『邪の者』の意思が具現化したようだった。
「勇者殿!」
目の前の巨獣に見とれていた俺に、サンダーが声をかけた。ハッとして正気に戻る。
「サンダー、頼めるっすか」
「拙者に任せるでござる」
心強い返事が返ってきた。よし、今がその時だ。
「カムヒヤー、ブレイブ・ローダー!」
俺のコールで、次元の裂け目から眼を見張るような巨大なトレーラーが走り出てきた。
「サンダー、合体だ!」
「オウッ」
サンダーが力強く応えると、ブレイブ・ローダーは空中に舞い上がり、見る間に巨大ロボットの姿に変形していった。
そして、最後に胸のハッチが開いて頭部がせり上がると、胸の空間に飛び込むようにサンダーが飲み込まれた。
「勇者合体、ブレイブ・サンダー」
巨大な勇者となった、ブレイブ・サンダーが雄叫びを上げる。
無敵の鉄巨神は、凶悪な鬼獣と相まみえるべく降臨した。
果たして、勝つのはどちらか? 今、異世界最大の戦いの一つが始まろうとしていた。




