再戦(4)
ゾンビの集団を倒した俺達──勇者チームは、焼けただれた峡谷を進んでいた。
「巫女クン、『邪の者』の気配は?」
魔導師のミドリちゃんは、巫女ちゃんに尋ねた。アマテラスの祭壇の巫女である彼女には、『邪の者』に対する探知能力が備わっていた。
「近くには感じられません。ですが、遠くに大きなモノが十個くらい感じられます」
「十個かぁ。今度はどんな奴らがやってくるんかいな。今から楽しみやなぁ」
と、くの一のシノブちゃんが脳天気な事を口にした。生きるか死ぬかの時に、それはないだろうと、俺も思った。
しばらく、ジリジリと注意深く峡谷を進んでいくと、少し幅が大きくなったような広場に出た。
「なんか、変なとこに来たっすね」
「それがし、妙な殺気を感じるでござる。おのおの方、油断なさらぬように」
剣士サユリさんが注意を促した。
「勇者様、前方から大きな気配が接近してきます。とても大きな……禍々しいものです」
巫女ちゃんが、そう教えてくれた。なんだ? 『邪の者』か? 俺は、腰から勇者の木刀を抜くと、左手に下げた。シノブちゃんやミドリちゃんも戦闘態勢にはいる。
しばらくすると、<ズシズシ>と云う振動が感じられるようになった。これは以前に覚えがある。まさか、あいつが出てくるのか?
時間が経つほどに、地鳴りのような振動は大きくなってきた。そして遂に、その震源が広場に姿を表した。
「石のゴーレム。しかも三体。どれもデカイ……」
「あ、あれが……ゴーレム。凄いな」
ミドリちゃんは、初めて見る巨人ゴーレムに戸惑っていた。
「デカイなぁ。卍固めなんか、どうやったらでけるかな。腕がとどかんわ」
(シノブちゃん、こんなデカブツに、肉体言語は通用しないよ)
とは、面と向かっては言えなかったが、それほどの巨体だった。
「でも、大丈夫ですわ。以前にわたくしが勇者様と戦った時に、ゴーレムの弱点は掴んでいます。あの額の魔導文字を壊せば、ゴーレムは動かなくなります」
「その通り。サンダー、変形だ。一体は任せる。俺とシノブちゃんで左のヤツをやる。ミドリちゃんは巫女ちゃんと後方でサポート。えーと、残りの一体は……」
俺が口籠った時、サユリさんが一歩前へ出た。
「残りの一体、それがしに任せてもらおう」
サユリさんの武器は一振りの太刀。頑丈な石のゴーレムを砕けるのか?
「サユリさん、未だ怪我が治っていないのに、大丈夫ですか」
俺が、気を使ってサユリさんに問いかけると、
「なんの、小手調べでござる。見たところ、相手は大きな分だけ動きが鈍い。弱点も分かっている。ならば、それがしにでもなんとか倒せよう。勇者殿、右のゴーレムは、それがしがいただくでござる」
「分かったっす。サンダー、お前は真ん中のゴーレムだ」
「心得たでござる。チェーンジ!」
「オイラもチェーンジ。姐御、お伴しますぜ」
「よっしゃぁ、行くで流星」
サンダーに続いて、流星号も人形に変形した。そして、俺を置いたまま、シノブちゃんと一緒に走り出してしまった。あとに残された俺も、高速のサンダルの力で何とか二人に並ぶと、向かって左側のゴーレムに照準を絞った。
「サンダー・ナイフ」
サンダーは、腰から巨大なナイフを取り出して、中央のゴーレムを目指していた。
俺は、シノブちゃん達とともにゴーレムの足元に近寄った。ゴーレムの大きさに、俺は、つい見上げてしまった。
(でかいなぁー)
正直な感想である。さて、どうやって額まで登ろうか。俺が作戦を練っていた時、シノブちゃんと流星号は、ゴーレムの片足をとらえていた。
「おーい、シノブちゃん。危ないっすよう」
「いやな、こいつを一回ぶっ倒したろかと思うてな。こら、流星、お前も手伝え」
彼女らはゴーレムの足にまとわり付くと、それを持ち上げようとしていたのだ。相変わらず、無謀で短絡的だ。
「ちょっと、危ない。それ危ないから。もう少し、作戦を考えようよ」
「なんの、為せば成る」
「うぉー、オイラも頑張るでやんす」
と、見る間に、ゴーレムの片足が、ぐらりと持ち上がったのである。そのままバランスを崩すと、石のゴーレムは、その場に地響きを立てて仰向けに転がった。
「う、嘘だろう……」
俺はあっけに取られて、その光景をバカのように突っ立って見ていることしか出来なかった。
「よっしゃー、ぶっ倒したで。勇者さん、これからどうすんやっけ?」
シノブちゃんの声に、俺は我に返った。
「額だよ。額の魔導文字を削るんだ。そうすればゴーレムは、動かなくなるんだ」
一番最初に言い渡した筈の事を、俺はもう一度彼女に伝えた。
「ホンマか。よっしゃー、行くで流星」
「がってんだ、姐御」
と、体育会系コンビは、峡谷の底に転がったゴーレムの頭の方へ走っていった。俺も気を持ち直すと、二人を追いかけて、ゴーレムの頭の方へ走った。
俺がゴーレムの頭まで近寄った時、シノブちゃん達は、仰向けになったゴーレムの額の上で飛び跳ねていた。ゴーレムはそれを腕で振り払おうとしていたが、シノブちゃん達の方が上手だった。ゴーレムの額の上で飛び跳ねながら、魔導文字を消そうと足で蹴り飛ばしていたのだ。
「なっかなか、消えへんなぁ。これでどうや。うりゃうりゃ」
「消えろ消えろ、ゲシゲシ」
「あー、ちょっとどいて。俺がやるから。必殺、一刀両断切り!」
俺は技名を叫んで、勇者の木刀を振り下ろした。木刀が額に触れると、<バキン>と豪快な音がして、ゴーレムの額にヒビが入って魔導文字が砕けた。それで、やっとこさゴーレムは動かなくなった。
「おー、やったでやったで。うちらの勝利や。あっはははははは」
もう、調子が良いんだから。さて、残りの二体はどうなったかな?
中央のゴーレムは、サンダーが相手をしていた。巨大なナイフを片手に、ゴーレムの攻撃を躱しながら、チャンスを狙っている。サンダーがゴーレムの足元に迫った時、ゴーレムはサンダーに向けて、右手の拳を振るった。しかしそれは、虚しく地面を叩いただけだった。サンダーの機動力の方が上なのだ。もう、以前のサンダーではない。
バランスを崩して前のめりになったゴーレムは、弱点である額を無造作に晒していた。
「今だ。とう」
サンダーは天高く飛び上がると、ゴーレムの額めがけてナイフを振り下ろした。これまた<ガキン>と大きな音がして、ゴーレムの額にヒビが入った。同時に魔導文字も砕ける。そして、中央に居たゴーレムも力なくその場に擱座したのだ。
よし、これで二体目も攻略だ。三体目は、サユリさんが相手をしていたはずだが……。
当のサユリさんはというと、ゴーレムを相手に太刀を青眼に構えていた。ゴーレムの方も何故か動きが止まっていた。いや、動けないのか?
俺達は、ゴーレムとサユリさんの、まるで時が止まったような様子に、息を飲まれていた。
と、突然、サユリさんから、強烈な闘気が放たれたように感じた。それは、物理的な風のように、俺達のところにまで吹き付けてきた。気を抜くと、吹き飛ばされそうになる。そんな強い闘気だった。
そして、次の瞬間、サユリさんは優雅な舞を踊り始めた。鳳凰院流の剣舞の一つに違いない。
ゴーレムですら、その舞の美しさに見とれていたのかも知れない。全く微動だにすることなく、サユリさんの剣舞に魅せられているようだった。サユリさんは、その身動きの出来ないゴーレムに近づくと、足元から膝、腰、胸、肩、と巨体の上を舞いながら駆け登っていった。その間、ゴーレムは何も出来ずに止まっている。
そして、彼女が頭頂に達した時、サユリさんは迸るような一閃を、ゴーレムの頭に放った。
彼女はそのままふわりと地上に降り立つと、ゴーレムを背に一刀を鞘に収めた。<キン>という美しい調べが辺りに響くと、次の瞬間、ミシミシとゴーレムの頭にひび割れが走った。それは徐々に大きくなり、遂にその巨大な石の頭は木っ端微塵に砕けたのだ。
魔導文字──いや、頭そのものを失ったゴーレムは、大きな地響きを立ててその場に突っ伏すように倒れて動かなくなった。
俺達はシノブさんの剣舞に見惚れていた所為なのか、未だ動けずにいた。
「それがしの取り分は、倒させてもらったでござるよ」
…………
女剣士がそう宣言しても、俺達は言葉さえ発する事が出来なかった。それほど見事な舞であり、美しい戦いだったのだ。
「おや? どうしたのでござるか?」
サユリさんが、不審がって俺達に声をかけた。
「い、いやぁ、あまりに美しい戦いだったんで、ボク、見惚れちゃって……」
まずは、ミドリちゃんが一声を発した。
「本当です。サユリ様の剣はとても美しくて、息を呑みましたわ」
続いて巫女ちゃんがそう言った。
「いやぁ、それほどでもないでござる」
照れるサユリさんに、皆から賞賛の言葉がとんだ。
俺も、あんな風に戦えたらいいのに。きっと、味方にもほとんど損害を与えず、敵にも過大な攻撃はしないんだろうな。
「サユリさん、今の技は、なんて言うんや。教えてんか?」
シノブちゃんが、サユリさんに擦り寄リながら訊いた。
「あれは、鳳凰院流剣舞『猿翁の舞』にてござる。猿の崖を登るさまを表したものでござる。今回は、ゴーレムを崖に見立てたのでござる」
「なるほど。しかし、凄い技やなぁ。ゴーレムが一ミリも動けないなんて」
「その通りだよ。戦うことしかインプットされていないはずのゴーレムが、一時的にでも感情のようなモノを持ったんだから。こんなの、ボクだって聞いたこと無いよ。やっぱり集中力が違うのかなぁ。サユリさん、今度、ボクにも修行をつけて下さい」
さすがのミドリちゃんも、サユリさんには感服したようである。
こうして、二戦目もなんとか勝利することが出来た。さぁ、遺跡へ向かって前進だ。




