再戦(3)
俺達は、再度、遺跡へ続く峡谷に来ていた。正しくは、その入口であるのだが。
今回は、街の保安官に許可を取って、正式に『邪の者』を討伐しに来たんだ。腕が鳴るぞ。
「で、このメンツでやって来たんだが、戦法とか、戦術とか、何か考えてあるかい、勇者クン」
ここで、魔導師のミドリちゃんが、鋭いツッコミを入れる。俺は頭を掻きながら、
「あはははは」
と、照れ笑いをした。
「そうだろうと思ったよ。また、なんにも考えていないんだね」
ミドリちゃんの指摘に、
「全然考えてないわけじゃないっすよ。今回は、全戦力を投入するし、サユリさんもいる」
と、俺は胸を張って答えた。
「それを『考えていない』って言うんだよ。毎回毎回これかよ。少しは学習したら」
うう、ミドリちゃんもキツイことを言う。だって、今回は物量戦だよ。作戦なんかどーしろと言うのだ。
そこに、サユリさんが助け舟を出してくれた。
「まぁまぁ、魔導師殿。今回は、それがしも一緒でござるから戦力も増強されているし、聞くところによると、前回は魔導師殿は出陣しなかったとの事。いみじくも、今回は魔導師殿が参戦するのでござるから、善戦する──いや、圧倒的な戦力になることは間違いないでござる」
「そ、そう! そうなんだよ。今回はね、ミドリちゃんがいるから、魔法攻撃でガンガンやっつけて前進できるんだよ。これは、すっごく大きいよ」
俺がここぞとばかりに畳み掛ける。すると、ミドリちゃんは、少し照れて、
「そうかい。まぁ、ボクが出るんだから、勝利は間違いないだろうね。なんせボクは魔導師なんだから」
「そうそう。期待しているよ、ミドリちゃん」
やはり、女の子は褒めて持ち上げてあげないといけない。案の定、ミドリちゃんの機嫌もなおってきたぞ。
「それじゃぁ、そろそろ敵陣に行こうか……な」
「せやせや、こんなところでウダウダしとらんと、さっさと行こか」
くの一のシノブちゃんは、そう言いながら片腕をブンブン回していた。
「くの一クン、君はいつも大雑把だな」
ミドリちゃんが、半眼になった横目で、既に流星号にまたがったシノブちゃんを見ていた。
「大雑把でええんやで、こんなの。気楽に行こや、気楽に。どうせ今回も、ちゃちゃっとぶん殴ってオシマイや。な、魔導師さん」
「あ~、分かった分かった。じゃぁ、ボク達も行こうか。巫女クン、おいで。ボク達はサンダーだ」
「分かりましたぁ」
ふう、やっとこさ出陣だ。何故、うちのチームは、たかがこんなことだけで時間を喰ってしまうのだろう。結局、今回もミドリちゃんが仕切ってるし。影が薄いな、俺。もしかして、このままフェードアウトするのかな?
いやいや、そんなことはない。俺は勇者だ。この世界の主人公だぞ。今回も張り切って、『邪の者』をやっつけるんだ。
と、空元気をかきたてて、俺はミドリちゃん達に続いてサンダーの運転席に向かった。
さて、ここは、前回、俺とシノブちゃんとで来た、ゾンビの巣窟だ。地面の下だけじゃなくって、崖の中にも埋もれているから、凄い人数だ。まずはここを攻略しないとならない。
俺はサンダーから降りて、勇者の木刀に右手をかけていた。
「ほな、リベンジやな。この、くの一のシノブさんが、新しい必殺技でボコボコにしてまうでぇ」
「ああーっと、くの一クン、ゾンビに力技は効かないから、今は後ろに下がってて。邪魔になるから」
やる気を出しているシノブちゃんに、ミドリちゃんが無下もない言葉を叩きつける。
「そか。なら、うちは高みの見物といこか。ガンバッテや魔導師さん」
あれ? 今回、シノブちゃんはあっさりと引き下がってくれた。
しかし、彼女の目が笑ってない。後ろから、じっとサユリさんの背中を睨んでいた。ここに、サユリさんの活躍する場面があるのだろうか? しかし、彼女は近づきがたい気迫を放っていた。そこだけに違う空間が出来たようだった。近くにいると、肌がピリピリする。
「出ます。魔導師様」
巫女ちゃんがミドリちゃんに叫んだ。
すると、程なく地面のそこかしこが盛り上がり、異形の手が生えてきた。続いて頭が、胸が、次々と這い出てくる。そして、腐った人型のモノは両腕で下半身を地面から抜き取ると、悍しいその姿を青空の下に晒した。ゾンビの大軍である。
見る間に、峡谷はゾンビの集団で埋まっていた。軽く千人はいるだろうか。これでは、ミドリちゃんの大量虐殺魔法に頼るしか無い。
「あー。こらこら、勇者クン。解説はありがたいんだけど、その殺人鬼みたいな形容詞はやめてくれ。人聞きが悪いよ」
「え? 聞こえてた。ごめんごめん。じゃ、改めて。ゴホッ。ここはミドリちゃんの圧倒的な攻撃魔法に頼るしか無い。……これでいいかな?」
「はいはい、オーケイ、オーケイ。じゃぁ、ちゃっちゃとやりますか。「フレアウォール」、ゾンビども燃えつきろ」
ミドリちゃんが呪文を唱えると、巨大な炎の壁が峡谷を遮った。そのまま、ゾンビの集団に迫っていく。
対して、ゾンビたちはフラフラと蛾が松明に引き寄せられるように、無策に炎の壁に突っ込んできた。こいつら、脳みそまで腐ってるんだな。
燃え盛る炎の壁で消し炭になるゾンビを見ながら、俺は「魔法」って便利だなぁ、と感慨にふけっていた。前に来た時は、ほうほうの体で逃げてきたのが嘘のようである。ここは、このままミドリちゃんに任そう。
そう思っていた時、炎の壁を突き破って、ひときわ大きなゾンビが数体飛び出してきた。
「勇者クン、ゾンビヘッドだ。防御魔法を使っている。気をつけて!」
ミドリちゃんの激が飛ぶ。
ゾンビヘッドってのは、高位の魔法使いがゾンビ化したもので、耐久力も高い上に魔法も使ってくる。その上、不死身なのだ。前に戦った時には、ミドリちゃんと俺の協力攻撃でやっとこさ倒したような強敵だ。どうする……。
よし、ここは俺が勇者らしいところを見せてやろうと思った時、
「ここは、それがしに任せてもらおう」
と、剣士サユリさんが一歩前に出たのである。
「邪法に取り込まれた者らよ。可哀そうに。今、開放してやるでござるからな」
彼女はそう呟きながら腰の大刀を抜くと、青眼に構えた。
その場に一迅の風がそよいだ気がした。ゾンビヘッドも、俺達も、微動だに出来なかった。サユリさんの構えの美しさに見惚れていたのかも知れない。
「鳳凰院流剣舞『破邪の舞』」
サユリさんが呟くように言うと、彼女はゾンビヘッド達の間を優雅に舞い踊るように駆け抜けた。それは長い時間のようにも、一瞬の間のようにも思えた。
彼女の舞が終わるまで、その場の者は一歩足りとも動いていなかった。それだけの一瞬の出来事だったのかも知れない。しかし、剣舞の優雅な舞は、俺の目にはっきりと焼き付いていた。
舞が終わって一瞬すると、ゾンビヘッド達の身体の各部分が、切断面を露わにしながら崩れ落ちていった。あの優雅な踊りの間に、サユリさんの剣戟が通り過ぎたのだ。
「そんなバカな。ゾンビヘッドが何も出来ないうちに切り刻まれるなんて」
ミドリちゃんは感嘆の声をあげた。しかし、驚愕の事態は、その後からやって来た。
切り刻まれたゾンビヘッドの身体が、切り口から腐って溶けていったのである。
「剣舞『破邪の舞』は、邪気の巣食うモノを打ち払う清めの舞。不浄のゾンビなど、敵ではないでござる」
サユリさんは静かにそう言うと、キンと音がして、刀身が鞘に納められた。
鳳凰院流恐るべし。俺とミドリちゃんがあれだけ苦戦したゾンビヘッドを数体まとめて、しかも息つく間もなく倒してしまうなんて……。
「下っ端の方は、終わったでござるか?」
静寂の中に、サユリさんの声が響いた。ミドリちゃんが、珍しくオドオドした調子で応える。
「あ、ああ。これで、終わりだよ……」
ひときわ大きな炎の柱が峡谷を包んだ後には、消し炭になったゾンビの成れの果てが転がっていただけだった。
よし、これで第一段階はクリアだ。この調子で、残りもクリアだ。




