放浪する遺跡(1)
俺達は、異世界辺境のデコボコ道を、サンダーに乗車して走っていた。隣には、バイクモードの流星号に乗ったシノブちゃんが疾走している。ブレイブ・ローダーは、前回の水棲魔獣との戦いでかなり傷ついていたので、異空間で復元中だ。
「ねぇ、勇者クン。次の攻略ポイントは、何処だい?」
サンダーの後部座席に座っているミドリちゃんが、尋ねてきた。
「特に当ては無いんすが……。まぁ取り敢えずは、一番近い遺跡に行ってみようと思ってるっす」
俺は、以前、街の本屋で買った『異世界謎マップ』を眺めながらそう返事をした。
「とは言うものの、次の遺跡って、謎マップでも、どういう訳か場所が曖昧なんすよねぇ。噂では、「遺跡が森ごと移動しているんではないか」って言われてるっすよぉ。普通は遺跡の近くで電力が入手できるんで、街とかがあるんすが、この遺跡に限っては、街が隣接していないようだし……。分かったのは、一番近いってことだけ。正直、お手上げっすよぉ」
俺は、謎マップの注釈を読みながら、そう答えた。
「う~ん。移動する遺跡かぁ。そう言えば、随分昔に聞いたことがあるなぁ。その時は、ただの都市伝説と思ってたんだけど。巫女クンは、移動する遺跡について、何か覚えている事はあるかい」
ミドリちゃんが、生粋の異世界人でアマテラスの祭壇の巫女でもある、巫女ちゃんに尋ねた。
「わたくしも、移動する遺跡に関してはよく分かりません。もしかしたら、遺跡ではなく、森の方が動いているのかも知れませんわね」
「巫女クンにも分からないのか。まぁ、たまたま見つかったら攻略する事にして、今回は場所がはっきりしている遺跡を目指したらどうだい?」
ミドリちゃんは、そう提案した。
「そうっすねぇ。やっぱり、街が近くにある方が、補給や食事に関して苦労しないから、ベターっすよね」
「せやせや。『移動する森』なんてモン、見つけた時に乗り込んでぶっ潰したらええねん」
これはシノブちゃんである。相変わらず、この人は暴力的である。
「サンダー、一番近い街まで、どのくらいっすか?」
俺は移動する遺跡は諦めて、確実な方を選ぼうと考え直した。
「勇者殿、次の街は、少しばかり離れているでござる。拙者の足でも、3日はかかると思われるでござる」
サンダーは、内蔵されているカーナビのデーターと照らし合わせて返答してくれた。
「そうかぁ。仕方がないっすね。しばらくは、野宿するしか無いっすね」
「ブレイブ・ローダーがあれば、快適に過ごせるのですけれど。申し訳ありません。わたくしが至らない所為で、ブレイブ・ローダーが破損してしまいました」
巫女ちゃんが、済まなさそうに、そんな事を口にした。
前回の戦いは、それ程激しかったんだ。アマテラスの力で装甲は復元したものの、細かい精密機械類は調整やオーバーホールが必要だった。巫女ちゃんは、治癒魔法や探知魔法が使えなくて、足手まといになってしまったのではないかと心配しているのだろう。
「まっ、たまには野宿とかしないと、身体が鈍るっす。快適な生活も、良い事ばかりじゃないっすよねぇ」
と、俺は適当な理屈を並べて、巫女ちゃんの気をそらせようとしていた。
しばらく道を走っていたところ、サンダーが俺達に話しかけてきた。
「勇者殿、もうしばらく行くと、小さな湖に到着するでござる。時間的にも昼時でござる。一旦休憩しては、いかかでござるか」
「そうだな。湖なら、魚か何かが釣れるかも知れないっす。よし、サンダー、湖に行って欲しいっす。シノブちゃんも、それでいいっすか?」
「ええんやないか。うちも賛成や。そろそろケツが痛うなってきたわ」
「姐御、それは一大事ですぜ。異世界一の姐御のケツがピンチだ。サンダーの旦那、急いで湖にゴーですぜい」
「流星、このアホんだら。お前はケツの事しか言えんのか」
ああ、また始まった。何でこの人達は、いつもこうなんだ。俺は、何だか胃の辺りが<キリキリ>するような気がした。
デコボコ道をしばらく進むと、サンダーの言う通り、陽の光を反射する水面が見えてきた。目的地に着いたようだ。
俺達は湖の岸辺に停車すると、サンダーの貨物室から野外用の調理セットや食材を運び出した。
湖の水は、何だか少し濁っているように見えた。周囲は所々に灌木の茂みがあって、「木の実や小動物が住んでるかも知れない」という期待をそそった。
「わたくしは、何か食べられる野草などが無いか、見てこようと思います」
巫女ちゃんがそう言った。すると、近くで薪を拾っていたミドリちゃんが帰って来た。
「じゃぁ、ボクも一緒に行こう。サンダー、周囲に魔獣なんかの反応は?」
「今のところ、無いでござる、魔導師殿」
サンダーは、スキャン結果を報告した。
「何か反応が有れば、レシーバーに連絡するでござるよ」
「分かった。じゃぁ、ボク達はちょっと散策してくるよ。巫女クン、行こうか」
「はい、魔導師様」
そうして、二人は灌木の向こうに消えた。
「さて、うちらは稽古でもするか、流星」
「ガッテンだ、姐御」
流星号は、シノブちゃんにそう応えると、バイクからロボモードに変形した。ロボモードの流星号は、一見細くて貧弱に見えるが、強化軽合金で各ブロックが構成されていて、強度と機動力の両方を兼ね備えている。しかも、そのメモリには、シノブちゃんの必殺技の数々が記憶されていた。白兵戦では、シノブちゃんと共に強力な戦力となる。
(さて、俺は、湖で釣りでもするか。何か、食える魚でも釣れりゃぁいいんだがな)
俺は、荷物から釣竿を取り出すと、岸辺で釣り糸を垂れた。餌はその辺で捕まえた虫である。そういやぁ、ミドリちゃんと初めて会った時も、川で釣りをしてたっけ。あの時は、大きいのが三匹も釣れたんだが。今日はどうかな?
しばらく釣り糸を垂れてはいたものの、一向に魚の釣れる気配がない。水も濁ってるし、釣れても泥臭くって食えないかも知れんな。「フゥー」と気が抜けたところで、急に釣り糸が引っ張られた。
(おっ、何かかかったぞ)
俺は糸を切られないように、慎重に獲物を岸に誘導しようとしていた。しかし、相手は思ったよりも大物だったようだ。こっちが水に引き込まれそうだ。
「シノブちゃん、悪いけど手伝ってくれないっすか。どうも、大物がかかったようっす」
「よっしゃ。うちに任せとき」
俺はシノブちゃんと二人掛かりで、湖の獲物を引き上げようとしていた。
しばらくねばっていると、根負けしたのか、糸を引く力が弱ってきた。
「おっし、一気に引き上げるっす」
「よっしゃ」
俺達は、渾身の力で糸を引っ張った。水飛沫を上げて現れたのは、大きなうなぎのような魚だった。2メートルくらいはあるかな。うなぎと違うのは、大きな脚のようなヒレが、体側に2対生えていることだった。地上に引き上げても、『うなぎモドキ』は、身体をうねらせて暴れていた。
「うぉおぉ、何やねんこれは。うなぎか? うなぎなんか?」
「俺にもそう見えるんすが。ちょっと気持ち悪いっすね」
俺達は、苦労して引き揚げた獲物を見て、感想を述べた。
「おい、流星。こいつをおとなしぃさせや」
「オーケイ、姐御」
流星号はそう言って、暴れている『うなぎモドキ』に近づくと、その頭を金属の拳で殴った。<グシャ>という気持ちの悪い音がして、やっとこさ、『うなぎモドキ』が動かなくなった。口と思しきところから、青黒い血だか体液だかが、地面に垂れている。
「勇者さん、これ……食えるんかいな?」
シノブちゃんに訊かれたが、俺に分かるはずもない。
「巫女ちゃんが帰ってきたら、訊いてみるっす」
「せやけど……。何か、えろう生臭そうないか。こいつ。食えるんなら、早いとこ調理せんと、腐ってしまうがな」
「そうっすねぇ……」
俺は、こんな変なモノが釣れてしまったので、釣りはもう止めることにした。
元勇者達が築き上げた現在の異世界とは言え、同じなのは技術文明であって、生態系は元のまま──いや、『邪の者』が入り込んで、魔獣や妖物なんかが闊歩するようになっている。もしかしたら、こいつも真っ当な生物ではないのかも知れない。だって、見るからに、気色の悪い見てくれをしているし。
俺とシノブちゃんは、釣り上げた怪魚から少し離れて様子を伺っていた。巫女ちゃん達、早く帰って来ないかなぁ。