キャラバンと共に(4)
俺達は、魔獣達に襲われていたキャラバンを助けた。
魔獣達を撃退はしたものの、キャラバンは未だパニックに陥っていた。
「皆落ち着いてください。魔獣達は撃退しました。男の人達は、女性やお年寄りを落ち着かせて下さい。怪我をした人は、こっちに来て下さい。ヒーリング能力者がいます。重症者優先でお願いします」
キャラバンが怪我人でごった返している時、シノブちゃんは、剣士のサユリさんを見つけてこう言った。
「お、剣士さん、もう治してもろたんか。仕事がら、怪我とは縁があるからなぁ。気ぃつけなあかんで。昔の傷とか疼いて、後手に回ることもあるさかい」
その言葉を聞いたサユリさんは、一歩後退ると、
「いや、それがしは、未だ手当をしておらぬのだ」
と言って、何処かに行こうとした。それで、シノブちゃんは、
「何言うてんねん。うちが着いて行くけん、早う傷治しに行こ」
と、なおも誘った。しかし、女剣士は、
「それがしのは、かすり傷。もっと重症の者が、たくさんいる。それがしは、キャラバンの護衛を承った身であるのに、魔獣からキャラバンを護りきれなかった。それ故、キャラバンの方々の傷の手当が終わらぬ以上、それがしが手当を受けるわけにはいかぬのだ」
と、言って、全然受け付けようとしなかった。
「しゃぁないなぁ。頭が堅いっちゅうか、融通がきかんちゅうか。まぁ、それも大事やけどな。自分の身も守れんかったら、あんたの後ろに居る人、助けられへんで。あんじょう傷治しといて、今度頑張ったらええんや。ええか、剣士さん。死ぬまでが戦いやで。生きとるうちは、負けに入らへん。うちが、最上級の魔法治療師のとこ、連れてったる」
そう言うと、シノブちゃんは、レシーバーで巫女ちゃんに連絡をとった。
「巫女さんか。すまん、今、ええか?」
<少しなら、大丈夫ですよ>
「あんなぁ、ここに大怪我しとるんがおるんやけど、なんか意地張って治療に行ってくれんのや。そっちの込具合、どないなってん?」
<くの一様、キャラバンの方々の治療は、ほぼ終わりましたわ。後は軽傷の護衛の方が数人くらいでしょうか。大丈夫ですから、こちらに連れて来てください>
「すまんな、巫女さん。恩にきるで。じゃぁ、連れて行くさかい、治療の方、頼むな」
<分かりましたわ、くの一様>
どうやら、キャラバンのメンバーの手当は、もう終わったらしい。
「剣士さん、うちの馴染みの治療魔法使いに聞たら、キャラバンの人の手当は、もう終わっとるようやで。これで、あんたの大義名分も立つさかい、はよ治しに行こう。あ、あれ? もしかして立てへんのか? しゃあないな。意地っ張りも、ええかげんにせなあかんで。おい流星、頼むで」
「ガッテンでさぁ、姐御」
細身の勇者ロボは、そう言うが早いか、女剣士を軽々と抱きかかえた。
「な、何をする。妖刀の使い手、女剣士のサユリを、姫抱っこで連れて行くだと」
「しゃぁないやん、あんたも怪我しとんやから。うちの相棒の流星は、こう見えてもジェントルマンやさかいな。剣士さんを優雅に運んでくれるで」
「い、いや。だが、刀も脇差しも付けたままでは、重かろうに」
「ハハハッ、オイラ、ロボットなんすよ。剣士の姐御があんまり軽いんで、飛ばされないように気をつけてるっす」
「な、全然大丈夫やろ。うちのゆうた通りやん」
カッカッカと、高笑いするシノブちゃんに対して、女剣士は、少し居心地が悪いようである。その中性的で美しい顔に、ポッと紅が刺していた。
そうやってしばらく進むと、キャラバン隊の概ね中央で、巫女ちゃんが中心になって怪我人の治療を行っていた。
「おったおった。巫女さん、治療のはかどり具合はどうや?」
「もう、ほとんど終わりましたよ。わたくしの他にも、治療魔法の使える方が何名かいましたので、思いの外はかどりました」
巫女ちゃんの言う通りに、やっつけで設えた救護テントの下は、閑散としていた。
「そりゃ、ええこっちゃ。その人が終わったらでええから、この剣士さんを頼むで。一応、血止はしといたんやけど。結構深手のようなんや。あんじょうたのんます」
「承りました、くの一様。……はい、これで、傷もふさがりましたよ。後は、栄養を補給して、ゆっくりと休んで下さいね」
巫女ちゃんは、治療をしていた男に向き直ると、そう言った。
「済まねぇ、助かったよ。血がいっぱい出た時は、どうなるかと思った」
「頭の傷は、皮膚が薄いのです。それで、たくさん出血したように見えるんですよ。でも、もう大丈夫ですよ。……では、そちらの剣士様、こちらにいらして下さい」
「かたじけない」
巫女ちゃんに促されて、サユリさんは簡易ベッドの上に横になった。衣服を開いて、血止めの包帯を取ると、巫女ちゃんもシノブちゃんも、もの凄く驚いた。
「どうして、こんなになるまで放おって置いたのですか! ひどい傷口です。重症ですよ」
「すまん! ほんま、すまん。うちの止血が、下手くそだったんやな。すまん事してもうた」
彼女の傷口は、大きく開いていて、一部分は膿かけていたのだ。
「そこもとも、気にするでない。戦場では、この程度の傷はかすり傷。もっとひどい状態でも、戦いを続けないといけない時もある。今回は、それがしが不覚をとっただけのこと」
それを聞いた巫女ちゃんは、いつに無いくらい怒った。
「何を言ってるのですか! 世の中、命あってのモノでしょう。あなた様が死ぬことで、苦しみを背負う方もいるのですよ。格好良い事を言う前に、命の安売りをやめてください」
こんな巫女ちゃんは、今まで見たことがない。それだけ、生命をないがしろにする行為が許せなかったんだろう。
「こんなうら若き乙女にまで、怒られてしまうとはな。それがしも、落ちぶれたものだ」
サユリさんはそう言うと、深い溜息を吐いた。
「ん〜もうっ! よろしいですか! 左手首が複雑骨折。背中に打撲傷多数。両肩には、いくつもの裂傷。おまけに、出血多量で血圧降下。こんな状態で、よく意識を保っていましたね」
巫女ちゃんは、プンスカ怒りながらも、治療を行い始めた。
「修羅場は、何度もかいくぐっているゆえ」
「ええカッコするのんは、後で構えへん。早う、巫女さんに、治療してもらい。そんで、元気になるんやで」
サユリさんの態度には、シノブちゃんも頭にきたようだった。
「すいません、くの一様。申し訳ありませんが、輸血のセットと、A型の血液をもらってきてくれませんか」
治療を行いながら、巫女ちゃんは輸血セットを欲しがった。
「よっしゃ、任せとき。ほれ、行くで、流星」
「ガッテンだ、姐御」
そうして、シノブちゃんと流星号は、血液を探してキャラバンの中を右往左往することになった。
「え〜い、いったい医療器具は、何処へ行ったら置いてあるんや。ごっちゃごちゃやで」
「しっかし、姐御がここまで肩入れするなんて、珍しいっすねぇ」
「ん? ああ、あのネーチャン、相当の使い手やで。うちでも、素手で五分五分──いや四ー六で負けとる。剣なんてのを抜かれたら、到底敵わんわ。それが、あの重症やで。魔獣に待ち伏せされたとか、キャラバンで異変が起こったとか……。何か特別な事が無い限り、あそこまでの傷を負うはずなんてあらへん」
「じゃぁ、……もしかして、ハメられた、ってことっすか!」
「可能性が無い訳やない。街まではもうすぐやさかい、後一回くらいは、何か起こっても不思議やあらへん。うちはな、その辺を勇者さんや魔導師さんに訊いてみとうなったんや」
シノブちゃんは、そんな事を考えながら、キャラバンを巡っていた。
がしかし、一向に肝心の輸血キットに辿りつけないでいた。そして、気が付いたら、元の簡易救護場に帰ってきてしまっていた。
「ありゃ、変やな。一周回ってもうたがな。すんまへん、巫女さん。輸血キット、中々見つけられへんでなぁ」
シノブちゃんは、巫女ちゃんに向かって頭を何回も下げていた。
「ああ、くの一様。大丈夫ですのよ。隣の方が終わったので、洗浄・消毒して、使わせてもらいました」
「ありゃ、うちら、全然役に立てへんかったんかい。すんまへん、巫女さん。で、剣士さんの容態は、どないや?」
シノブちゃんに訊かれた巫女ちゃんは、
「取り敢えずは、わたくしの治療魔法で峠は越えました。今は、輸血と栄養剤で小康状態を保っています。でも、楽観視は出来ません。古傷が開いたのもあるんです。この方、かなり身体を酷使していますね。本当だったら、今すぐにでも、大病院で集中治療をすべきなのですが……」
「せやないかって思っとったわ。他の護衛や戦闘士とは、明らかに違ごとったもんな」
シノブちゃんは、少し上を見上げると、何かを思い出したようにそう言った。
「くの一様、分かっていたのなら、早く連れてきて下さい」
巫女ちゃんは、未だご立腹のようだった。
「ああ、すんまへん。ほんま、すんまへんな、巫女さん。結構抵抗されて、やっとこさ、ここまで抱えてきたんや。堪忍して」
「そうっす。姐御、頑張ったんすよ」
そんなやり取りがあるとは知らず、偶然通りかかった俺は、彼女達に声をかけた。
「巫女ちゃん達、治療の方はどうなってるっすか?」
「あ、勇者様。はい、もうほとんど終わりましたよ。でも、この方がかなりの重症なのです。歩けるようにするには、未だまだ時間がかかりそうです」
「この方って、女剣士さんじゃないか! そんなに深手だったんすか」
「うちらが来るまで、最前線で機械魔獣の数体を、単独で喰い止めとったようやで。ここだけの話やが、他の雇われ戦闘士は、ビビって使いモンにならんかったようや」
「それで、あの傷か。俺達が来るのが、ほんの少し遅かったら、全滅だったっすね」
シノブちゃんの情報に、俺は、さもありなんと思った。
「それとなぁ、勇者さん。もしこの剣士さんに次の仕事が無いようなら、うちらのチームに入れたらどうかと思うとるんやけど……。何よりも、この人、めっぽう腕が立つんや」
「そうっすね。俺も、サユリさんは戦力になると思ってるっす。それに、俺も、自己流じゃなくって、ちゃんとした剣術を習ってみたいって思ってたし……。まぁ、どっちにしても、街までは、護衛がてら一緒の旅になるっすね」
「せやな。行き先、おんなじやもんな」
サユリさんが治療を受けてくれたのに安心したのか、シノブちゃんの表情は、さっきよりも明るくなっていた。
「ま、お昼も過ぎたことだし。もうちょっとしたら、巫女ちゃんにラプトルのステーキでも作ってもらうっすかね」
「せやな。うちも腹減ったわ。楽しみやなぁ」
こうして俺達──勇者一行は、旅のキャラバンと、行く道を同じくすることになったのだ。




