④CF(後編)
「おい、平良和義」
物化が僕をフルネームで呼ぶ。
「そんなに言うなら、いいだろう、私がコイツの預言を外れさせてやる」
「え?」思わず聞き返した。
「コイツがイカサマ預言者でないか、私が判断してやると言っているんだ」
「えぇー! 私嘘なんて吐いてないよぉ~……」
御言が気圧されながらも不平を言うが、もちろん物化は聞きっこない。
「さあ、何か言ってみろ! まさか、他人から言われた時には預言ができない、なんてことは言わないだろうな」
その威圧的な態度に怯えながら、御言はお祈りのように指を組んで手を合わせる。
そして数十秒間唸っていたかと思うと、急に「あっ」と目を開く。
「今日、これから雨が降るよ」
「雨が!? 本当に?」
今日は一日晴れの予報だったはずだ。だから僕は傘を持ってきていない。
それを聞いて、物化は何も言わず部屋を出て、玄関の戸を開ける。僕も続いて玄関に向かった。部屋の中いたせいで気が付かなかったが、いつの間にか空は厚い雲で覆われており、今にも雨が降り出しそうだった。
「あ、」
というか、降り始めた。
雨はそれほど大降りではないが、かといって小雨や霧雨ではない。ここから駅まで歩いていけば間違いなく下着までびしょ濡れになるだろう。
「御言ー! ちょっと手伝ってー!」
店の表から御言母の声がした。
まだ和室にいた御言は「はーい」と返事をして奥の戸から店の方に向かっていった。恐らく、店の表に出してあった布団を片付けているのだろう。
なんとなく時計を確認すると、既に夕方の5時を回っていた。
「電話、かかってこなかったな」
「だから言ったろう。馬鹿で使えない奴だと」
でも頼んだのは自分だろう、と言おうとしたが、かなり苛立っているようなのでやめた。
何より、他に頼める人がいないのだから仕方がない。
それから何分も経たないうちに御言は戻ってきた……のだが――
「服、脱げかけているけど」
「ええぇ!?」
急いで動いたせいか体に巻いていた布の一部がほどけて、引きずりそうだった裾が完全に床に擦っていた。襟元も先ほどより少し大きく開いている。
そしてそのまま外に出たせいか、裾が若干水を吸っているようだった。
「うわぁ濡れてる! この服借り物なのにぃ~」
「借り物だったのか」
売れ残りのシーツを巻いていたわけではなかったようだ。
「うん、CFで貸してもらってるんだけど――って、それよりこれどうしよう!」
御言はその場でオロオロと1、2回転してから「乾かしてくる」と言い残して、裾を持ち上げ慌てて戸の向こうに走って行った。
御言と入れ替わりに、戸の奥から御言母が現れた。
御言母は手に傘を二本持って、玄関近くにいた僕と物化のところまで歩いてくる。
「どうぞ、これを使っていって」
そう言って、僕と物化に傘を差し出した。
「良いんですか?」
「ええ。だって濡れて帰るわけにもいかないでしょう?」
確かに、この雨はすぐに止みそうではない。僕と物化は傘を受け取った。
「ありがとうございます。明日以降、早いうちにお返しします」
「そんな気を遣わなくてもいいのよ」
御言母は手を横に振る。
「その傘ね、お客様に忘れられてもう1年以上も置いたままだったから。だからそのまま返してくれなくても全然構わないわ。ゴミになるようだったら気が向いた時にでも店に置いて行ってくれたらいいから」
傘は骨も折れておらず、使用感もあまりない。ゴミになるというわけではないが、やはり近いうちに返そうと思った。
「それはそうと――」
僕は気になっていたことを尋ねる。
「娘さん――御言さんが、宗教組織に参加していることはご存知ですか?」
雨が次第に本降りになったのか、持続的な雨音と、屋根から水たまりに落ちる水滴の不規則な水音が先ほどまでより大きく響く。
「宗教……というとCFのことかしら?」
一息の間をおいて、御言母がそう答えた。
「もちろん知ってるわ。宗教組織と言っても、あの子がやっているのは小さな子供の面倒を見たり、合唱やハンドベルの練習をしたり、あとはCF内で発行してる機関誌づくりの手伝いくらいなもので、何もやましいことはしていないわ。部活やボランティア活動みたいなものなのよ。それも年会費が三千円かかっているだけで――」
「いえいえ、別に怪しがっているわけではありません」
僕は大き目にリアクションをとって警戒を解こうとする。
「では一体、何をお聞きに――?」
「その――、御言さんが、CFで預言者と呼ばれていることについて、どうお考えになっているのかな――、と思いまして、」
聞くと、御言母は廊下の窓から外を見て、話し始めた。
「あの子は昔から妙に勘が鋭いというか、時々怖いくらいに先のことがよく分かるのよ」
その声色は昔を懐かしむようであるが、どこか寂しそうでもあった。
「もし自分にそんな預言みたいなことができたら、私だったら便利だって思うわ。けどあの子は、成長するにつれてそれを気味悪がっていて、中学の頃は時々不安定になって学校を休むこともあったわ。理由は――よく分からないんだけど、自分が家族や友達と違っていて、どういう存在なのか分からないのが嫌だったのかもしれないわね」
御言にそんな過去があったとは……。僕は驚きを顔に出さないようにして聞く。
「でも、中学2年の頃に家でCFに誘われて、自分を預言者だって言うようになってからは、すっかり元気になったのよ」
御言母は少し明るい声を出して、こちらを向きなおした。しかしまたすぐ斜め下を向く。
「本当は、私がもっと前に分かってあげられたら良かったんだけど……」
「そんなことが――」
「い……いきなり変な話してごめんなさいね」
僕と物化がコメントできずにいるのを察して御言母がそう笑った。そして言う。
「だから、私はあの子が元気でいてくれるなら、何も文句は無いわ。今のあの子の一番の味方は、私じゃなくてCFだもの」
御言母は明るく言うが、それが虚勢であることは誰でも犬でもわかる。しかしそれも仕方のないことかもしれない。御言も御言母も、僕達には分からない辛く苦しい過去があったのだ。それをよく知りもしない部外者が、勝手なことを言うべきではない。
「そんなことはありません!」
だが、思わず言ってしまった。
「一番の味方は家族です。傍で親身になってくれる人達です。子供が病気にかかって、それを親が対処できないからって、医者が誰よりもその子の味方になっているなんてことはないでしょう? きっと、御言さんも分かっているはずです!」
「――はあ……」
言ってから、僕は少し不安になって目をそらした。僕と目が合うと隣にいた物化が驚いていた。
それから一息おいて、恐る恐る御言母の顔を見る。
御言母は目を丸くして驚いていたが、すぐに安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。御言にあなたのような友達ができて良かったわ」
そう言ってほほ笑む。笑ったところも御言によく似ている。
「い…いえその、こちらこそ変なこと言ってすみませんでした……」
ただ僕はひとまず、気を悪くさせなかったことに安心していた。
分割した意味あまりなかったですね。