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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第2章 運命の確率
7/32

②偶然

 その後も僕は御言の説明を聞いたが、さっぱり要領を得なかった。というのも多分本人がよく理解していない。そんなことが下校時刻まで続いた。

 しかし一つ気になったのは僕が呼び出された理由だ。

 初めは宗教勧誘だと思っていたが、御言はただ「私を信じて」とか「私と一緒にいれば良いことがある」という内容の言葉を繰り返していただけだ。

 宗教勧誘の手口である可能性はあるが、これと似たようなことはつい最近にもあった。

「またか、」

 靴箱の中には昨日と同じ様に手紙が入っていた。今度は落とさず回収する。


『放課後、南門に来てください』


 同じ紙に同じ字。間違いなく同一人物だろう。

 しかし今度は南門か。一体何をしようというのだろうか。

「邪魔だ」

「ああ、おはよう」

 入り口側に、物化が下足を持って立っていた。物化のクラスの靴箱は僕のクラスの奥にある。しかし別に僕が退かなくても、普通に下足のまま自分の靴箱の手前まで行けばいいんじゃないかと思うんだけど、

「いいから退け」

「はいはい」僕は上靴を履いて、手紙を持って簀子すのこから降りた。



 物化が履き替えてくるのを待って、一緒に教室まで向かう。

「物化さんは、運命って信じる?」

 僕は昨日の話が気になって、なんとなくそう尋ねてみた。

「何だそれは?」物化は既に呆れた口調だ。

「またナンパか?」

「違うって」またそれか。


「ふん。なら聞くだけ聞いてやる。『運命』とは何だ?」

「そりゃもちろん、ベートーベンの交響曲五番――……と言うのは冗談で――」

 本気で鬱陶うっとうしそうな顔をされたので下らない冗談を言うのはやめた。

「語源を考えれば――、『運』というのは『星のはこび』、惑星や他の星々の位置のことで、『運が良い』『運が悪い』っていうのは占星術せんせいじゅつ的な評価の良し悪しのことだ。『命』は命令、言いつけのことだ。つまり『運命』ってのは『星々の命令』、言うなれば『星の導き』といったところなのかな」

「いつにも増して胡散臭い話だな。もっと臭くない言葉で話せ」

 物化は鼻をつまむ仕草をする。

「うーん。一般的に言うなら、神や仏や宇宙の意思みたいな、人知を超えた存在によって決められたかのように思える選択とか、物事の流れのようなものじゃないかな」

「そうか」物化は短く答える。

「信じない」

「だと思ったよ」

 これは訊いた僕が悪かったな。


「でも、実際はそう簡単に否定することもできないんじゃないか?」

 言うと、物化は少し関心を示した。僕は続ける。

「たとえば既に起こってしまったことについて『これは運命です、必然です』なんて言われたら、それが本当に偶然だったとはどうやっても証明することができないだろう。時間を巻き戻すことはできないんだから」

「何が運命だ。可能性が100%でないものは偶然、だとすれば、全ての物事は偶然だ」

 物化は腕を組んでそう言う。

「じゃあ以前に『何事にも規則性がある』と言っていたのは?」

「私が以前言ったのは『何事においても偶然そうなったのではなく、規則性があると仮定することで説得力のある推論が立てられる』ということであって、その仮定がいかなる場合にも成立するかどうかとは別の話だ」

 言われてみれば、確かにそんなふうに言っていたような気もする。

「お前の言うとおり、確かに時間を巻き戻すことはできない。よって既に起こってしまった物事について、それが偶然か、必然かと判断するのは、結局は考え方の違いでしかない」

「へえ。考え方の違いか」

 全て偶然だ、なんて言っていた割には寛容そうな意見だ。

「だがこれが大きな違いだ」

「そうなのか?」

「そうだ。私が『全ては偶然だ』と言うのは、ある当たり前の考え方のルールにのっとっているからだ」

 少し考えて、僕は「というと?」と物化を促す。

「そのルールとは『十分な根拠が無ければ断定することはできない』だ」

 なるほど。確かに当たり前だ。

「そこで、だ。不確定性ふかくていせいというものを知っているだろう」

「聞いたことくらいは、」

「例えば、何もかも全く同じ条件のもとで実験しているにもかかわらず、結果にはどうしてもバラつきが生まれてしまうことがある。その結果がどうなるのかは確率的にしか示すことができない。というものだ」

「実験の結果に誤差が出るのは、見落としている雑音とか、まだ解明できない力が加わっているからじゃないのか?」

「違う。不確定性は確かにある。それは物理学の様々な実験でとっくに証明されている」

 なにやら「不確定性が確かに」というのは不思議な響きだ。

「この不確定性がある限り、現時刻における物体の位置と運動状態は完全に把握することができないし、そうなれば当然その一瞬先の未来を完全に予測することもできない。つまり未来を断定するための『十分な根拠』というものは、物理学的に決して得ることができないということだ」

「今から未来が断定できないなら、過去から今が断定できるはずがない、ということか」

「その通りだ。よって『運命が決まっている』とか、『今起きたことが必然である』などと言うのは、逆に『十分な根拠が無くても断定することができる』と言っているようなものだ。考え方として、馬鹿げているとしか言いようがない」


「ありがとう、よく分かったよ」

「ふふん。そうだろう」

 物化は得意げにする。

「それはそうと、なぜこんな質問をしてきた?」

「ああ、それなんだけど、実は昨日―――」

 教室の前に着いて、僕はようやく昨日のことを話した。

 話を聞くうちに物化は、はじめは上機嫌だったのだが、徐々に眉間にしわを寄せ、


「そんなわけがあるかぁぁ!!」


 あっという間にキレた。

「お……落ち着いてって」

「これが落ち着いていられるか!」

「そこをなんとか」――って、普通に落ち着けよ!

 周りの生徒がこちらを注目している。目を合わせると背けられるけど。

「私は宗教というのが大嫌いなんだ!!」

 いいから、分かったからちょっと大人しくしろ!



 放課後になり、僕は待ち合わせ場所の南門に来ている。

 僕や物化や才氣が普段通るのは西門で、駅や市街地方面から来る場合にはその西門を使う。主に教員が使う東門は車通りの少ない山道に面していて、この南門は古くからの住宅街や商店街からの生徒が主に使っている。また今日のように天気が晴れていれば、自転車で通学している多くの生徒もこの南門を使う。


「おーい和義くーん!」

 少し待っていると御言が姿を現した。鞄を脇に抱えて、転びそうになりながらこちらに駆けてくる。

「ごめんね。球技大会の種目決めで迷っちゃって、」

「いや、僕も今さっき来たところだよ」

 今週末には春季球技大会がある。

 競技種目は生徒会および学校側によって決められ、クラス内では各種目の参加者を決め、成績に応じてクラスごとに得点が与えられる。ただのお祭りではなく、一応は体育の授業として全員の参加が義務付けられている学院の公式行事だ。

 放課後に行われた種目決めでは、僕は枠が埋まらないうちにソフトボールに参加を決めた。理由は大会種目の中で最も、一チームの参加人数が多いからだ。これで普段は避けられている僕でも、より多くのクラスメイトと関わることができる……はずだったのだが……

 残念ながら僕が名前を書いた後、残りのソフトボール枠には誰も名前を入れなかった。

 みんな、今頃はソフトボールの残りの枠を誰かに押し付けるためにジャンケン大会かあみだくじ大会を楽しんでいる頃なのだろう。はあ……。


「ああ、それより今日実は――」

「あ。もう一人いるんだよね」

「え? うん、まあ……」

 また先読みされた。

 一体どうなっているんだ? いや、それは後で考えよう。

「そのもう一人なんだけど、少々気難しい奴でね。キツいことを言うかもしれないが、あまり気にしないでやってほしい」

「も…もしかして怖い人?」

「そうでもないと思う」怯える御言にそう言った。

 比べるとすれば、神のお告げを聞く人間の方がずっと怖いと僕は思う。



 それからすぐに物化は現れた。

 物化の鞄はリュックサックだ。この学校では一応、学校側の推奨するカバンが設定されているが、変更は自由が認められている。制服さえ着ていればあとは基本的に自由な校風である。行き過ぎた生徒には生徒指導から注意が入るが、髪を染めたり、よほど素行が目立たない限りはそこまで気にすることは無い。

「しかし改めて見ると大きい鞄だな。いや、鞄は普通の大きさなのか」

「ケンカを売っているのか? お前が女性に手をあげない紳士だというのなら買ってやってもいいぞ」

 要するに一方的に殴らせろ、と?

「あれ? 生地いくちさん?」

 御言が驚いた声を上げた。なんだ、二人は面識があるのか。

「誰だ貴様は」

「がぁーん!」

 オノマトペを口にする御言。がーんて。

「誰って……私と同じ4組でしょ?」

「知らん。同じクラスだから何だ、話したことがないなら初対面も同然だ」

「えぇ~、入学してから何度か話したことあるよぅ」

 物化は「知らんものは知らん」と言い、本当に覚えていなさそうだ。が、覚えていないにしても態度というものがあるだろうに。


「それで、今日はこれからどうするんだ?」

 尋ねると、御言はくるりとこちらを向いて言う。

「そうそう。昨日はちゃんと説明ができなかったから、今日はね、和義くんにはうちに来てもらおうと思って」

うちって……――」

 恐らく僕の家でも伯父さんの家でも、物化の家でもないだろう。

「大丈夫だよ。歩きでもそんなに遠くないから」

 いや、そんなことは気にしていないんだけど……。

「よーしそれじゃあ行きましょー」

 意気揚々と出発する御言。その後ろに、物化がついていく。

 僕は不審に思いながらも、物化の後に着いた。



 御言は南にまっすぐ、商店街の方面に向かっている。

「やっぱり、これはちょっと怪しいかもしれないな」

 僕は御言に聞こえないよう、小声で隣の物化に言った。

「ちょっと怪しいどころの話か。ふつう女子高生が昨日出会ったような男を、何の理由もなく自分の家に招待するはずがない」

「物化さんが女子高生を代表するなんて痛ッ!」

 無言の物化の肘が脇腹に入った。微妙に低くて痛い位置を突いてくるな。

「女子高生じゃなくたって異常だ。こんなもの、何か裏があるに決まっている」

「狭い個室で、断りづらい状況で勧誘とかされるかもね」

「勧誘だけならまだしも、お前が金持ち息子だということを見越して、高額なイカサマ商品を買わされる可能性だってある」

 僕もそこまで良いカモになる気は無いけど。


「でも意外だな。物化さんが僕にそんな心配りをしてくれるなんて」

「私はお前の心配なんて一切していない。ただあの女がどんな手口で詐欺を働くのか暴いてやりたいだけだ。勘違いでお花畑なお坊ちゃん思考でものを言うな」

 ちょっと言ってみただけなのに散々の言われようだ……。

「そんなことを言って、本当に悪徳商法だったらどうするつもりだったんだ?」

「ふん。対策は立ててある」

 物化は腰に手を当てて胸を張る。胸は無いが。

「私の家に待機している妹に、5時になったらこちらに電話を掛けるよう言ってある。これで状況が悪ければ『急用ができた』と逃げる口実が作れる」

「へえ。妹がいたのか」

 てっきり一人っ子だと思っていた、とは言うまい。

「それから、6時半を過ぎて帰らなかった場合に警察に通報するようにも指示している。どうしようもなく馬鹿な中学生だが、電話くらいはできるだろう」

「姉の為に家で待機してくれるなんて、良い妹さんじゃないか」

「良いとか悪いとかでなく、アイツは馬鹿だ」

「…そうなのか」僕は否定も肯定もしなかった。

 ケンカするほど仲が良い、とは言うが、本当に仲が悪いだけかもしれないのでそれ以上は何も言わなかった。


 それにしても、どこかで対悪徳商法マニュアルでも読んできたような周到さだ。

 物化はあくまで敵対するつもりのようだ。

 相変わらず、何が物化をそこまで本気にさせるのだろうか。

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