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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第1章 神秘の定理
3/32

②超能力者

 その後の5時限目は自習となった。クラスメイトの話では、他のクラスも自習になっているそうで、どうやら教師陣の緊急きんきゅう会議が開かれていたらしい。

 自習時間の間には、昼休みに多数の生徒が注意されたことと、三年の不良生徒が怪我けがをしたことが生徒達に広まっていた。情報化社会は恐ろしい。

 6時限目は通常の授業となったが、先生は授業を始める前に「今年度は編入生が多いせいか、皆の気持ちがうわついていて良くない」のような旨の話をしていた。

 この学校には4月から編入してきた2年生以上の生徒が数名いるらしい。1年生には学区外からの受験をした生徒も多い。原因は新しくったマンションである。

 緊急会議で何が決められたのかは不明だが、事態が少々深刻さを帯びたことで生徒達も自重じちょうするようになったのか、その日の帰りは思いのほか穏やかに迎えられた。

 というか、あからさまに避けられているような気がする……。


「要は念動力ねんどうりょくってやつだな。テレキネシスとか、サイコキネシスとか、」

 靴を履きかえ、昇降口から出たところで、才氣は指先数センチの空中で消しゴムを浮かせて見せる。

「ポルターガイストとか?」

「それは心霊現象だろ」

 似たようなものじゃないのか。どっちにしたって超常怪奇ちょうじょうかいきだ。

「何だよ、まだ疑ってるのか?」

「いや、別に……」

 ふつう、簡単に信じろと言う方がどうかしているだろう。

 しかし消しゴムは屋根から吊るしているようには見えないし、指先と消しゴムの間に何かがあるようにも見えない。

 僕は目にしたものは信じる性質たちだ。確かに、男たちが飛ばされたのも消しゴムを浮かせるのも、超能力以外の説明は思いつかない。

 となれば、才氣は本物の超能力者なのだろうか。

「一週間前に、一体何があったんだ? 交通事故にって死にかけたりしたのか?」

「えーっと……なんだったかな――――そう、うるさいラジカセがあったんだよ。それをなんとか落として壊そうとして、本気で動くように念じてみたら――」

「本当に動いた、と。しかし一週間前にしては自信が無さそうだな」

「いやー……、あの時はビックリしたし、その後は意識が朦朧もうろうとしてたからさあ」

 それにしても才氣の態度は非常に胡散臭うさんくさい。

「才氣が超能力者だということを、他に知っている人はいるのか」

「知ってる人間はほとんどいないな。中学は県外けんがいだし、」

「うん? 超能力に目覚めたのは最近なんだろう?」

「だからその……、仲の良い友達が少ないって意味でさ、」

 あまり進んで広めてはいないのか。まあ、それだったら今頃もっと有名になっているか。テレビや雑誌に引っ張りだこになっているかも知れない。よく見るとテレビ受けのよさそうな顔つきだし。ジャニーだのジョニーだのそんな感じの。

「なら、僕に知られたのは事故みたいなものか」

「それはそうなんだけど、でも俺は、お前とはいい友達になれると思ってるぜ」

 そうだろうか。今まで僕は彼のようなタイプの人間からは、あまり好意的に見られたことが無い気がする。だいたい一歩引いてしまう僕が悪いんだろうけど。

 


「和義くーん!」

 声がしたので振り向くと、澄奈央さんがこちらに小走りで近づいてきていた。

「はい、これ、」

 澄奈央さんが手渡すものを受け取る。かぎだ。

「家の鍵ね。普段は私とお父さんだけだから、この時間はお母さんが買い物に出ているかもしれないわ」

「ありがとうございます」

 僕は礼をして、鍵を鞄にしまう。

「真白先生と同棲どうせいしてるのか」

「ちゃんと話を聞いていたか? 真白先生のご両親と一緒だよ」

 誤解を招く言い方をするんじゃない。どうしてそういう発想になるんだ。

「あと風呂は覗かない」

「おお! お前はエスパーか?」

 自称超能力者が何を言うか。


「ええっと、それからね、」

 澄奈央さんが少し申し訳なさそうにして続けた。

「昼間の事――物化ちゃんのことだけど、悪気はないのよ。少し気難しい性格だけど、物化ちゃんは物化ちゃんなりに気を遣っているみたいだから」

「そう……なんですか……?」

 それは、澄奈央さんが彼女に特別好かれているからではないだろうか。それとも、厳しく接することが相手にとっての優しさだ、とか言うようなタイプなのか。

「だからね。二人もぜひ物化ちゃんとは仲良くしてほしいなー、なんて、」

 だが何であろうと澄奈央さんの頼みはないがしろにはできない。

「任せてください、とまでは言えませんが頑張ります」

「あれ? 俺も?」

 才氣が巻き添えをくらったようだが特に同情はしない。

「じゃあ私はもう戻るから、」

 澄奈央さんはそう言って職員室の方に帰っていった。



「『物化ものかちゃん』って、四組の生地物化いくち ものかか?」

「知っているのか?」

「少しだけなら。隣のクラスでは有名みたいだからな。友達がいなくて、休み時間によく職員室の方に行ってるって話だぜ」

 まあ、もし全員にあんな態度を取っていたら有名になるのも仕方がないだろう。それで澄奈央さんが手を焼いているのか。

「けど、まだ五月だ。友達作りが苦手な人だっているさ」

 僕は一応フォローを入れた。なんとなく他人事ではない気がしていたからだ。

 さておき、「頑張ります」と言ってしまったわけだが、これからどうするべきか。

 一年生の昇降口にいれば出会うのはそう難しくない話かもしれない、が、

 仲良くしようとするなら、とりあえず一緒に帰ったりするものだろうか。

 考えていたところで、物化はあっさり現れた。

 

 物化が靴をきかえ、歩き出したところで僕は朗らかに話しかける。

「やあ、これから部活かい? それとも帰宅? 帰宅なら途中まで一緒しないかい?」

 ああ……自分でやっていながら、これはなんだか違う気がする。

 これじゃあまるでアレだ、

「ナンパは他を当たれと言ったろう」

 正解。その通り。それにしても相変わらず無愛想だ。せめてもう少し興味を示してくれてもいいんじゃないのか。

「なあ、ホントにアイツと仲良くするのか?」

 尋ねる才氣に僕は無言で頷いた。しかし、こんなことまで一々付き合ってくれるとは、彼は案外情に厚い人間なのだろうか。

 そうだ。興味を引くと言えば、ここにはもってこいの人材がいるじゃないか。

「用が無いのなら話しかけるな」

「ま……待ってくれ、話はある」

「待たない」

 僕は才氣の肩を持った。

「こいつ、超能力者なんだってさ」

「――なに?」

 お。食い付いたか。

「才氣、さっきの奴をもう一回やってくれないか?」

「え? ああ、構わないけど」

 よし。何とか会話のきっかけを得られた。それは間違いないのだが、

「何が超能力だ。馬鹿馬鹿しい」

 語気が強くなり雰囲気が変わった。

 気を引くところが、何か別のものを引いてしまったような気がする。



「人間にそんな能力は無い。分かり切ったことだろう。そんなものは、食器を曲げて喜んでいるマナーの悪い連中が詐欺を働いているだけのことだ」

 物化は厳しい口調で言う。

「実際にできる事なんだから仕方ないだろ」

 僕の手を下ろし、才氣が反論した。

「そこまで言うなら、どうすればスプーン曲げができるのか説明してくれよ」

 詐欺と言われるのは心外なのだろうか。少々感情的になっている。

「手段はいくらでもある」

 しかし、生地物化は曲げない。

「曲げやすいスプーンを使っていたのだろう。例えば、スズやなまりなどの軟らかい金属ならば、少し手を添えただけでも簡単に変形できる」

「多くの超能力者は、スプーン曲げなら手も触れないはずだぜ」

「だったら、曲げた状態で形状記憶けいじょうきおくさせた形状記憶合金製のスプーンを使えばいい。あらかじめ力を加えて普通のスプーンのように変形させ、手の熱で元の曲がった状態に戻せば、手も触れずスプーンが曲がったように見える」

「手の熱がそんなに熱いのかよ」

「形状記憶合金には人肌ひとはだ程度の温度でも元の形状に回復するものがある。手が冷たいのなら直前までカイロを握っていればいいだろう」

 その言う様は攻撃的だが信念のようなものを感じる。

「それじゃ……ただの手品じゃないか」

「だからそう言っているんだ。手品は手品と言わなければ詐欺さぎだ」

「詐欺じゃない!」

 才氣はいきどおっている様子だった。物化の態度も依然いぜん厳しいままだ。

「二人とも、すこし場所を変えないか?」

 僕は二人に提案した。昇降口の前で言い合いをするのは注目を集めすぎる。ここでケンカを起こされては、僕の評判が更に悪くなる気がする。



 場所は、昇降口からそう遠くない中庭を選んだ。

 グラウンドやその周りは部活の生徒が大勢いるし、教室にもまだ生徒が残っている。

 中庭は南北、東校舎の間に位置し、すぐ横に三階建ての渡り廊下が通っている。

 見たところ、放課後は人通りが少ないようだ。

「貴様は、あの男を信じているのか?」

 隣にいた物化が僕に尋ねた。

「『貴様』じゃなくて和義」

「そんなことはどうでもいい。答えろ」

 どうでもよかないわ!

「確かに胡散臭いとは思っているけど、実際見たら信じざるを得ないっていうか……」

「ふん。貴様のような、感覚で物を言う人間がだまされるんだ」

「なんだよ。目で見たものを信じるのは、そんなに悪いことか?」

「悪くない」

 物化はそう言って、才氣のいる方に一歩寄った。

 僕と物化に対面して才氣は腕を組んでいる。詐欺師扱いがそれほど心外であったのか、あるいは図星であったのか、その表情はやや敵対てきたい的だ。

「おい、自称超能力者。貴様のその能力は手品ではないと言ったな」

「そうだけど?」

「つまり種を知られても問題は無い訳だ」

「残念ながら種も仕掛けも無いぜ。手品じゃないって言っただろ」

 才氣は手をひらひらさせる。

「何だったら、今から披露してやろうか?」

「ふん。その手には乗らん。種が無いなら、原理を言ってみろ」

「なんで俺がそんなこと――」

「黙れ! 説明できないのなら今後コイツには近づくな!」

 どういうことなのかよく分からないが、僕は少し経過を見守ることにした。


「……分かった。どういう仕組みなのか説明してやる」

 才氣は少し考えるような仕草をしてから、話し始めた。

「全ての存在は物理的な要素だけでは完結しない。生物も、そうでないものも。超能力ってのは、その非物理的な要素に関係するものなんだ」

 が、少々ばかり電波であった。

「存在の持つ非物理的要素、仮に『たましい』と呼んだら分かりやすいだろうな。超能力は自分の魂を制御し、対象となる存在の魂を押し避けたり、引き寄せたりすることで、対象の存在に間接的な影響を与えることができる。その物体と魂は繋がってるからな」

「……ええと――…………」

 そうか。物体と魂が繋がっているのか。

 …………。

 いやいや、駄目だ、全く頭に入ってこない。つまり、何だ?

「物体と魂が繋がっているってことはつまり、例えば消しゴムの魂を才氣の魂で持ち上げると、それに釣られて消しゴムの実体まで持ち上がるってことなのか?」

 僕は開いたままの口を戻して、才氣に尋ねる。

「まあそうだな。魂ってのは比喩ひゆだけどな。非物理的要素、精神的要素、あるいは霊的要素、どれでも好きに呼べばいいさ」

 なるほど確かに超越している。少なくとも、僕の理解には及んでいない。

「それなら――魂と実体が連動しているなら、人間も魂を動かしたら体が一緒に動くってことだろう? だったら、魂を触れさせるには実体でも触れなければいけないんだから、念動力のように遠くのものを動かすような離れわざは出来ないんじゃないか?」

「そう、普通は出来ない。で、それが出来るのが俺みたいな超能力者ってわけだ」

「説明になっていないぞ」

「魂は物体ほど境界が確かじゃないんだ。物体と繋がっていると言ったって、膨張したり変形したり他の魂と重なることもできる。超能力者はその性質を利用しているんだ」

「ううん……そうなのか……」

 僕はそうとしか言えなかった。

 物化はどう言うだろう。

 そう思って見てみると、すぐに物化が口を開いた。

「霊だの魂だの、そんな電子顕微鏡でんしけんびきょうにも映らないものについて、よく説明できるものだな」

「そりゃ、魂だからな。物理的な観測方法では無理だ。だから、魂が物質で言うと何なのかという質問には答えられないな」

「つまり貴様の言う魂も目には映らないということだな。人間の網膜もうまく可視光かしこうを発するものと反射するものしか感知しない。耳や鼻や舌でも同じことが言える。ならば、一体どの感覚器官が貴様に魂の場所や状態を知らせ、どの神経を使って魂を制御しているんだ?」

「筋肉に重さを計る能力は無いだろ? それと同じだ。超能力を使うと体がダルさを覚える。重くて遠くにあるものほどダルさは強くなるな」

「そうか。ではどうやって魂を目標の位置まで動かす?」

「簡単だよ。自分の身体をどう動かしたいかイメージするんだよ。あっちに行きたいとか、あれを掴みたいとか。そうすれば勝手に魂が動く」


「才氣、それは都合が良すぎないか?」

 僕は思わず口を挿んだ。

「どうかな? でも人間の普段の動作だって、歩いたり、物を掴んだりするときに、わざわざ足の動きや指の動きを細かく考えないだろ?」

「それはそうかもしれないが……」

 元から都合の良いようにできている、ということなのか。

「詭弁だ!」物化が声を荒げた。

「考えていようがいまいが、反射以外の動作は全て脳が決まった命令を電気信号として筋肉に発しているんだ! 脳がどこに命令したら魂が動くというんだ!」

「魂は物質じゃないから電気信号は受け取れない。でも身体と違って命令無しでも動くことができるんだ」

 先程とは逆に、才氣の方は淡々(たんたん)としている。

「で、自分の魂が何か別の魂に当たれば負荷を感じるから、その感触を頼りに物を動かすことができる。それが念動力の基本原理と操作方法だ」



 理屈はなんとなく分かる――気がする。


 魂があらゆる物体にある。

 魂は魂を使って動かすことができる。

 超能力者は自分の魂を意のままに操れる。

 物体と魂は繋がっている。

 よって、超能力者は物体を意のままに操ることができる。


 簡単にまとめるとこういうことだろうか。腑に落ちない部分はあるが。


「生地さんも納得したかい?」

 才氣が尋ねた。物化は、俯いたまま数秒間沈黙し、


「納得……できるかぁ!!!」


 キレた。

 この小さい体のどこから出るのかと思うほど、その声は中庭中に響いた。

「物理で説明できないのに物理的に動かすなんて矛盾も良いところだ! エネルギー保存の法則はどうなっている! そんな気軽に宇宙の原則を無視して良い訳あるか!」

「それは俺に言われても……。こっちは経験的な話をしてるんだからさ」

 物化は近くの柱を叩き、足を踏み鳴らして騒いでいる。

 近くに寄ったら噛みつかれそうな勢いだ。

「えっと、エネルギーに関しては、才氣が感じるダルさに関係しているんじゃないか? つまり、才氣の身体のエネルギーが、魂を通して対象の物に伝わっているとすれば、」

 僕はそう自分なりの考察を述べた。しかし物化には効きそうもない。

「電気も光も使わず触れもしない物に力が伝わるものか!」

「ば……万有引力ばんゆういんりょくとか?」

「握力でブラックホールでも作るのか! 潮汐力ちょうせきりょくに引き裂かれて死ね!」

 どんな死に方だよ!

「だいたいそんなものがあったら今頃世間では大騒ぎになるはずだろう! みんなもっと解明に躍起になるはずだ! そんな気軽に怪奇現象があったら、怪しい古代超大陸こだいちょうたいりく雑誌に苦し紛れのピンボケ写真が載ることなんて無い!」

 なだめようとしたが見事に噛みつかれたようだ。才氣も帰りたそうな顔をしている。

 事態を収めるには、澄奈央さんがいると手っ取り早いように思うが、

「あれ? あそこにいるの真白先生じゃないか?」

 丁度そんな時に才氣が声を上げた。

 才氣が指をさす方、東校舎の横の教員用駐車場を見ると、澄奈央さんが車の前でうずくまっているのが見えた。

「何してるんだろ?」

「さあ? 落とし物でもしたんじゃないのか」

 物化は――、あれ?

 静かになったと思えば、物化は既に澄奈央さんの方へ走っていた。

「帰るか?」

「いいや、まだ話は付いてないだろ。それに先生が心配だ」

 僕は才氣を連れてその後を追った。



 澄奈央さんは自分の白いコンパクトカーの車体の下を覗きこんでいた。その横で物化も同じようにしている。

「どうかしましたか?」

 僕は近くにかがんで尋ねた。

「うーん。車に置いたままにしていた教材を取りに来たんだけど、ちょっと困ったことがあって……」

 そう言って澄奈央さんは再び視線を落とした。

 自分で見た方が早いだろうと、僕も物化と同じように顔を地面に近づける。

 車の下には小さな猫が見えた。

「どうしたんですか? あの猫、」

「分からないけど、動けないみたいなのよ。怪我をしているかも知れないし、このままだと車も出せないから困っちゃって」

 物化が手を伸ばしているようだが、かなり狭いところにいるらしく救出はやや困難そうだ。怪我をしているなら引きずり出すわけにもいかないだろうし。

 一番体の小さい物化が出来ないのだから、僕や澄奈央さんでは無理だろう。

「どうやら俺の出番のようだな」

 才氣が車の前に立った。

「どうする気だ? 念動力で引っ張り出すのか?」

「いや、残念ながら俺はあまり器用なことができない。これだけ狭いと、どうやっても地面か車の底に猫をぶつけちまいそうだ」

 才氣は車の下や周りを見渡し、そして言った。

「けど俺の超能力は、頑張ればかなり重たいものでも持ち上げる事が出来る」

「まさか…車を持ち上げるって言うんじゃないだろうな」

「そのまさかだ。そういうわけで、みんな車から少し離れてくれ」

 最後まで粘っていた物化は、無言で立ち上がって車から離れた。


 

 才氣は歩いて車の後方に回り込む。

「そうだ、タイヤってちゃんと固定されてるよな」

「ああ、ちょっと待って。……うん、大丈夫」

 僕は車内を覗いて、ギアがパーキングに入っていることとハンドブレーキが引かれていることを確認した。

「じゃあ始めるぞ」

 肩を回して深呼吸をし、才氣は両手を前に突き出す。


「ふん!」


 車体が揺れ、大きく前に傾いた。

「えぇー!?」澄奈央さんがひっくり返りそうになって驚く。

「ほ……本当に持ち上がった……」僕も驚く。

 車は後輪を浮かせ、前バンパーが地面に着く直前で静止している。

 そして小柄な男子生徒が一人で、手も触れずに支えている。


 澄奈央さんが僕と同じように、口を開いて唖然としている。

 物化は口を閉じたまま、しかし目を大きく見開いている。

 確信できる。これは間違いなく超常現象だと。


「早く……猫を……」

 才氣が少し苦しそうにして言った。

「ああ……分かった」

 僕は我に返って車の下にいる猫を抱えた。怪我をしているようで、毛が血で汚れている。まだ小さな子猫なので、カラスにでも苛められたのだろう。

「よーし。降ろすぞ」

 僕が離れると車はゆっくりと地面に降ろされた。

「ふー、疲れた疲れた。後ろからなら何とかなると思ったけど案外重かったな」

 車なんて持ち上げたら生身ならば筋肉痛では済まないだろう。

「疲れたくらいで済むことなのか?」

「超能力には筋肉の強さとか骨の固さとか、そういう物理的制約が無いんだ。あまり重いものを持つと眩暈めまいがして気が遠くなるけど、まあ今回くらいならまだ大丈夫だ」

「車より重いもの――…電車でも持ち上げたのか?」

「うーん、今まで無理だったのは、あのでっかいピアノだな。ああ、電車はもちろん無理だと思うぜ。車でこれだけ疲れるんだからな」

「大きなピアノ――グランドピアノのことか?」

「多分そうだ。あれって馬鹿みたいに重いんだぜ。音出すためだけならスピーカーでも使えばいいのに、なんであんなドデカいもんが必要になるんだって、まったく」

 グランドピアノってそんなに重かっただろうか? 置き場によっては部屋の床が傾くという話は聞いたことがあるが。

「す……すごーい! 今のどうやったの?」

 澄奈央さんは僕と才氣に歩み寄って言った。

「超能力ですよ」才氣が胸を張って言う。

「へぇ~。才氣君は超能力者だったのね」

「イカサマだ!」

 物化は澄奈央さんのもとに駆けつける。

「物化ちゃん……?」

「澄奈央、騙されるな。こんな訳の分からない話を信じて良いことなんて無い!」

「訳の分からないって、さっき俺が説明したじゃないか」

「それが貴様の創作でない証拠がどこにある?」

 僕は感心した。この期に及んでまだそんなことを言えるのか。

「でも、確かに最近になって能力に目覚めたという割には原理について詳しいな」

「それは……えーっとその……、そう! 知り合いがいるんだよ。超能力に詳しい人がさ」

 才氣の挙動が不審になった。

「そいつはこの学校の生徒か? 近くに住んでいるんだったら私が直々に問い詰めてやる」

「い……いいや、インターネットで知り合ったんだ。住んでるのは…ネバダだったかな?」

「アメリカに知り合いがいるの? 才氣君はグローバルなのね」

 澄奈央さんが惚けたことを言う。

「ふん。やはり貴様は信用ならん」

 物化はまた才氣を睨む。僕だって完全には信用できないが。

「でも……今のを見ただろう? 車だぞ? 超能力でも使わないと人間一人では持ち上げられるわけがない」

「貴様までそんなことを言うか。だったら、貴様はさっきの話を信じるのか? 非物理的要素だの魂を操るだの、そんな電波話が事実だと思うのか?」

「だけど本当に起こったことなんだから仕方ないだろう」

「そんなことはどうでもいい!」

「いい訳が無いだろ! 決定的じゃないか!」

 超能力は本物だ。説明の不条理さなどは問題にならない。僕はそうとしか思えなかった。

 しかし物化は違った。


「何が決定的だ! 貴様はそれで奴の話を信じるのか? よく考えろ。

貴様は、種の分からない手品が(・・・・・・・・・・)本当に(・・・)魔法を使っている(・・・・・・・・)と思うのか?」


「それは――……」

 確かに手品ならそうは思わないだろう……けど――

 猫が車の下にいたことも澄奈央さんがそれに気が付いたのも偶然だ。駐車場が見える中庭を選んだのは僕だし、手品とするには無理があり過ぎる。

 仮に手品だとしたらどうなんだ? 場所については僕が言わなければ才氣が同じ場所を提案したかもしれない。しかし少なくとも澄奈央さんはグルでなければ手品の用意はできない。そんな筈はない。

 なんだか混乱してきた。物化は一体何が言いたいんだ? それから僕は……僕は一体どうしたいんだ……?


「平良和義!」


 僕の名前を呼んだのは、物化だ。

 物化がまっすぐこちらを覗き込むように見ている。

「私を信用しろとは言わない。だが信用できない奴の言われるままになるな」

「そんなつもりは……無いけど……」

「――自分で判断ができないなら、私が判断する」

 その口調が、先程までと違って穏やかなことに僕は驚いていた。

 そもそもなぜ、物化はここまで真剣なのだろう。


「よく聞け、自称超能力者!」

 物化は再び才氣の方を見る。

「明後日の放課後まで待ってやる。それまでに平良和義に正体を明かす気が無いなら、私が貴様の嘘を暴いてやる!」

「はぁ? なんでお前にそんなことを」

「貴様が何かの目的があってコイツに近づいたのは分かっている! 異論は聞かん!」

 才氣が何かまだ訴えているようだったが、物化は一切聞く耳を持たなかった。

 物化は僕を気遣ってくれているのだろうか? だとしたら何のために?

 やはり僕の家族の――

「あれ? でも、どうして明後日?」

「明日の放課後は音楽鑑賞会よ」

 口を突いて出た問いに澄奈央さんが答えた。それを聞いて才氣が「あーそんなんあるのかー」と、いかにも嫌そうに言う。

「何ですかそれは?」

「和義君のクラスでは言われなかったの? 明日は午後の時間を使って音楽団のコンサートを聴きに行くのよ。近くの会場まで歩いていってね。終わったら現地解散だから、他のお客さんのご迷惑にならないようにみんな帰るか部活に行くよう指導が入ると思うわ」

 そういえば担任の先生が言っていたような……。その後の編入生についての話が印象強いせいで、随分と頭の片隅に追いやられてしまっていた。

「なら明後日でなくても、鑑賞会が終わった後でもいいんじゃないか?」

「断る」

「ああ、そう」

 考えるような間もなく僕の提案は却下された。


 その後、怪我をした猫は職員が夕方まで預かることにしたそうだが、最後の職員が帰る前に飼い主が現れ、猫は無事引き取られたそうだ。

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