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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第5章 知覚の怪異
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④鬼ごっこ

 こんなことは五月の末の、球技大会の週以来だ。

 差出人は不明。ただなんとなく、根拠は無いが、見当がついた。

 午前の授業を終えて昼休みになると僕は歩いて体育館へと向かった。体育館は四時限目にはどのクラスも使っていなかったようで、通路では誰とも会わずに到着した。

「あれ?」

 階段でホールのある二階に上がると、体育館の扉は既に開いていて、その前に物化が立っていた。

「物化さんも、呼び出されたのか?」

 そう声をかけると、物化はびくりと肩をすくませて少しだけこちらを振り返るが、すぐ何も言わずに館内に入って行った。

 額他入り口には鍵が挿さったままになっている。僕が呼び出された日にたまたま前のクラスが忘れて行った、とは考えにくいだろう。

「早かったな、平良の」

 声のした先、ホールの真ん中で少女が手を腰に仁王立ちしていた。背は低く、小学生くらいに見える。

 雨妙千森だ。

 制服はこの学校のものだ。リボンは外しているようだが、左胸に校章のついた半袖のワイシャツと、白いラインが入った紺のスカートを身に着けている。

「本当に高校生だったのか……。忍び込んだ訳じゃないよね」

「なんだ、疑っていたのか?」

 疑っていたというか、まだ疑わしいくらいだ。

 身長は物化より更に十センチ以上低い。制服のサイズはあれで最小なのだろうか。それでも襟元は明らかに広いし、袖は五分袖のように見えるし、シャツを出しているせいでスカートは半分以上隠れている。

「呼び出したのは貴様か。そこの小学生女」

 対する物化は口は悪いものの、制服はほとんど着くずしせずにきちんと着ている。

「おいおい私は高校生だぞ。しかも先輩だぞ?」

「知ったことか。あんなヘンテコな手紙を送って来て、何のつもりだと聞いている」

「ふむむ……。何のことだ? 彼氏が心配なら見に来いと書いただけだが」

「誰が彼氏だ! 誰が!」

 千森には他意も悪気も無さそうだが、そりゃキレるだろう。

「何かある時にはいつも一緒にいたもんだから、てっきりそういう仲なのかと思ったが」

「ふざけるな。どうして私がそんな――」

「違ったか。となると、ひょっとして私が知らない間にCF(シーエフ)にでも取り込まれていたか」

「そ……そんなわけがあるか!」

 物化が千森に掴みかかろうとするが、千森はそれをひらりとかわす。

「おっと、なんだなんだ、そんなにカリカリして」

 よろけた物化は再び腕を伸ばすが、手は届かずに空振りする。

「このっ――」

 再度体勢を整えて迫るが、千森は跳躍し、物化の頭上を飛び越えた。

「よっと」

 そして、何事も無かったように着地する。

「はぁー、さてはそんな、人には言えないような関係なのか?」

「さあ、どうでしょうか」

「うん?」

 入り口から現れたのは希未だった。

「どうしてお前がここに?」物化が尋ねた。

「私も手紙をもらいましたから。イタズラなら無視しようと思ったのですが、どうやら来てみて正解だったようですね」

 希未は右手に紙切れを持ってみせる。そして千森にその手を向けて言う。

「さて、私たちをここに呼んだ理由を教えてもらえますか。私と和義さんを呼び出したということは、あなたも参加者なのでしょう?」

「まあ、一応そういうことになるが、うーん……」

 千森は歯切れ悪く答え、その場でウロウロと歩き回る。

「何のつもりですか? まさか、物化さんの鬼ごっこを見せるためにここまで来させたわけではないでしょう」

「そうか」千森は立ち止まって、ぽんと手をつく。

「鬼ごっこか。じゃあそうしよう」

「はぁ?」物化がキレ気味で聞き返す。

「今からお前たちと私で鬼ごっこをするんだよ。範囲はそうだな、そこの黄色い枠の中で良いだろう」

 そう言ってバレーコートを指さした。鬼ごっこって……。

「乗りましょう」

「えっ?」

 希未がそう言うと、千森は顔を明るくしてバレーコートへ向かって行った。

「えっと、希未さん?」

「どうやら今のところ、会話の通じる相手では無さそうです。目的は分かりませんが、相手がこちらに接触を図っているのなら、まずは勝って、少しでも立場を明らかにしましょう。対等な交渉を申し込むのは、常に敗者のすることです」

「……分かった」

 既に千森の態度を見限ったのは流石の洞察力と言うべきか。確かに話は聞いてもらえそうにないが。

「大丈夫ですよ。相手はかなり素早いようですが、たったの幅18メートル、奥行き9メートルの範囲です。その上こちらは三人。一瞬でケリはつきますよ」

 再度「分かった」と答えると、希未は物化の方にも説明をする。物化は腕を組んでそれを聞くが、反対はしていないようだ。

 やはり避けられているのは僕だけなのか。ああして二人が普通に話しているのを見るのは少し、複雑だった。



「いつでもいいぞー!」

 千森が反対側のコートで手を振っている。希未はそれに背を向けるように立って言う。

「まずは、とにかく三人でライン際に追い詰めます。可能ならば角に。そうしたら次に和義さんと物化さんで同時に彼女に接近してください。逃走経路が絞れれば、あとは私が仕留めます。ああ、物化さんは頭上を抜けられないように」

「頭を触るな」

 物化が希未の手を跳ね除けた。

「まだなのかー?」

「では、お願いしますよ」

 希未がそう言って駆け出した。遅れて物化も走る。

「行きます」

 真っ先に千森に迫るのは希未だ。弾丸のような勢いで接近し腕を伸ばすが、千森は後ろに跳びすさってそれを回避。着地と同時に急転回し右へ跳ぶ。

「逃がすか!」

 逃れた方へ物化が突進するが、間に合わずに目の前を通過されてその場でたたらを踏む。

「失礼しますよ」

「なにっ?」

 声に振り返る物化を、希未はハードル走のように跳び越す。見事なまでの美しいフォームで白く長い脚がいっそう輝かしい。

「このっ」微妙に希未にも敵意を向けながら、物化も再び千森を追いかけた。

 僕もこのまま突っ立ているわけにはいかない――と思ってはいるのだが、希未と千森の動きはあまりに常識外れだ。

「和義さん!」

「え? ああ、」

 千森が走って向かう先に角がある。あそこに追い詰めようということか。

 運良く角のすぐ傍に立っていた物化もすぐに気が付いた。いや狙って追い込んだのか。

 迫る僕の姿を見て千森の足が止まる。追い詰めた!

「これで――!」

 そして右手を突き出し肩口に――

 ――触れたはずだった。

 見えたのは頭頂部と、口元の僅かな笑み――だったような気がする。

 次の瞬間に右手は空を切り、勢い余った僕は床に転がった。

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