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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第4章 論理の魔法
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④魔術師

「全く下らないな」

 後ろから声がして、振り返ると物化が木の陰から現れた。

「魔法だの魔術だの、そんなものは科学知識の蓄積が無かった時代に、階級上位の人間が金と暇を持て余した挙句に始めただけの創作だ。当時の技術と、金と手間がかかっただけのオママゴトだ」

 物化は僕には目もくれず、間島さんに近づき睨みあげる。

「そして、そうでなければ宗教か詐欺だ」

 それに対し、間島さんは物化をじっと見据える。

「……誰かは知らないが、お前がそう言うのであれば、俺は特に否定をしない」

「――なんだと?」

「人間が関わる世界というものは皆同じではない。自分と関わりの無い世界というものは必ず存在する。それを否定することは無意味だ」

「貴様と私は別世界に住んでいるということか。なるほど。近頃は異世界間コミュニケーションなんてものが随分とお手軽にできるようになったのだな」

「一人の人間が関わることができる世界が一つとは限らない。俺はこの国に戸籍を持つ一人の人間でありながら魔術師でもある。ただそれだけのことだ」

「だったらそれを説明しろ。貴様が詐欺師でも異世界人でもないと言うのなら、その魔術とやらはこの世界で確かに起こっている現象だということだ。だとすれば、その現象がどのようにして起こるのか、この世界に住んでいる私にも説明ができるはずだろう」

 物化の様子はこれまでと何も変わらないように見える。まあ、元々僕のためにやっていたわけではないと言っていたのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。

「ええっと、間島さん――?」

 僕は一旦注意を引いて間島さんに言う。

「実は昨日、彼女――生地物化いくち ものかさんが、襲撃事件についてどうしても知りたいと言っていたので、今日は僕がこの場所を教えたんです」

「そういうことか。……だが、残念ながら組織が公開していない情報については、俺の一任では話すことができない」

「そんなものは後だ」物化は構わず問う。「貴様が信用のできる人間かどうか、その魔術とやらはどんな原理で起こるのか。それを説明するのが先だ」

「……そうか」

 間島さんが顎に手をやり、考える仕草をする。

「そうだな。口で説明するくらいのことならば問題は無いか」

 そして、そう言って間島さんは回れ右をして二、三歩歩き、木蔭こかげに入るか入らないかのところで振り返る。



「まず、世界におけるあらゆる事象について、それぞれの属する世界は大きく二つに――『有念うねんの世界』と『無念むねんの世界』に類別できる」

 今回はいきなり世界と来たか。「有念うねん」「無念むねん」というのは仏教用語だろうか? 残念無念また明日、というのとはあまり関係が無さそうだ。

「『有念の世界』に属するものは、この宇宙における観測可能な全ての事象だ。具体的には『物理現象』や『人間の意識』といったものがこの世界に属する。対して『無念の世界』にはその逆の観測不可能な事象――すなわち『この宇宙の外側の事象』や『真の意味での無意識』といったものがこれに属する」

「人間の意識? それなら人間以外の動物の意識はどうなるんですか?」

「人間以外の生物に人間のような意識は無い。そもそも現在、我々が意識や無意識、精神などと呼んでいるものは物理現象に依らない、元来がんらいは全て『無念の世界』に属する事象であった。しかし人間は、人間のみが文化や社会を発達させ、それを『意識』として法則を作り上げ『有念の世界』に確かに存在させることに成功した」

 人間だけが――か。虫には意識が無いという話は以前にどこかで聞いたことがあるが、しかし例えば犬には「意識がある」と当然のように考えてしまう。

 それでも「人間のような」と言われると、……どうなのだろう。確かに、全く同じように意識を持っているとは考えにくいかもしれないけど。

「それで?」

 物化が急かすように言う。

「貴様のその世界設定で、どこから魔法や魔力が出てくるんだ? 魔術でもなんでも構わないが、それがこの世界で何らかの現象を起こすのならば、それには物質やエネルギーが必要となるはずだ。だがエネルギーというものは保存されている。つまり何も無いところからポッと現れることができない。

 またエネルギー源が存在していたとしても、そのエネルギーを取り出すためには何らかの作用を起こすためのエネルギーが必要となる。意識が何だのと語るのは勝手だが、問題は『どこからそのエネルギーを供給できるのか』だ」

「我々の扱う『魔術』には、魔力などというものは必要としない。必要なのは無意識を制御する素質と、それを発覚させる『きっかけ』だけだ」

「ふん。無意識の制御? 馬鹿馬鹿しい。気合と根性でエネルギーが好きに生み出せるのなら、どこの世界にもエネルギー問題など発生しない。それとも魔力ではなく、悟りを開いて法力ほうりき神通力じんつうりきでも身に着けるのか」

「繰り返すが、お前がそう思うのならば俺は否定しない」

 挑発に対しても間島さんはそう返し、物化は悔しそうに口を閉じた。

「お前が言うように、この世界ではエネルギーには様々な制約が存在する。だがそれは、この世界に物理法則というものあるからだ。『無念の世界』ならばその例に従わない。どんな法則にも従わないがゆえに、無限に自由なエネルギーの供給源があると考えても良い。そして――、」

 間島さんは言葉を溜め、

「魔術とは意識により無意識を制御することで――すなわち『有念の世界』と『無念の世界』とを作為さくい的に干渉させることで、宇宙の外側からこの世界にエネルギーを召喚しょうかんするというもの。その現象であり、手段である」

 そう言い放った。

 いやはや。もう、とうとう宇宙の外まできたか。



「……ば……馬鹿げたことを……」

 物化も流石さすがに理解が追いついていない様子だ。

「う……宇宙の外側から地球まで、一体どれだけの距離があると思っている! 仮に光の速さでエネルギーを伝達できたとして、それを受け取るまでにどれだけの時間がかかるか分かったものではない! 地球にたどり着くまでに人類なんてとっくに滅んでいる!」

「『無念の世界』に物理法則は存在しない。したがって、物理的な時間や距離の概念など意味を持たない。宇宙の外側は、何時いつでも何処どこでも無数に存在する」

「はあぁ?」

 頓狂とんきょうな声を上げて物化はますます困惑するが、僕はまだそれすらできていない。

 宇宙の外側が出てきて、それでどうやって小石が飛ぶんだ?

「それじゃあ、『石に運動エネルギー与えた』っていうのは、一体どういう意味なんですか?」

「『無念の世界』のエネルギーはこの世界には存在しないものだ。したがって術者じゅつしゃの無意識は、『無念の世界』のエネルギーを召喚するとき、それをこの世界に存在するエネルギーへと変換させている。もっとも、この世に存在しないエネルギーを召喚することなど出来るはずはなく、ゆえにこの『変換』と『召喚』はほとんど同義であると考えて良い」

「……それで、それは一体どうやって?」

「エネルギーの種類、量、放出領域と放出時間は無意識によって決められる」

「無意識が?」

 聞き返すと、間島さんは「そうだ」と頷く。

「意識と無意識の本質は全く同じものだ。したがって意識は常に無意識に影響を及ぼし、その逆のことも起こっている。しかし無意識にこの世界の法則は通用しない。無意識が『有念の世界』に影響を及ぼすとき、その影響が『人間の意識』だけに限定されるとは限らない。無意識の影響は様々な形でこの世界に現れている。その中で最も一般的なものが『エネルギー』だ。

 世の中で起こる科学だけでは説明のつかない現象というものは、おおよそ全てこの無意識が行っている――、というのが我々マグス・マグナの見解だが、多くの人間にとって、その影響は制御どころか認識することすら出来ない。認識したところで自分の意識が影響して引き起こされたなどとは考えもしない。

 よって魔術師とは、何かのきっかけでその影響を認識することができ、それを――初めは偶然かもしれないが、経験的に制御するすべを身に着けた者のことを言うのだ」




 経験とは偉大なものだ。

 別に能動的に学習などしなくても、経験は人間を大きく変えてしまう。それが好ましい変化であるかどうかはさておいて。なんといっても、経験さえ積めば人間は魔術師にも超能力者にもなれるというのだから驚きだ。

 それは冗談として、僕はこの手の話について随分と耐性が出来てきたのだと思う。少し前までの自分なら、こんな話をされた時点で怖くなって逃げ出すか、精神的な方の病院への入院を勧めるかしていたかもしれない。それが今は奇妙なほどに冷静で、情報を整理する余裕すらある。


 世界には観測ができる『有念の世界』と、観測できない『無念の世界』がある。

 人間の意識は『有念の世界』にありながらも『無念の世界』にある無意識と繋がっていて、

 そのため『無念の世界』に影響を及ぼす。

 その時、逆に『有念の世界』も『無念の世界』からの影響を受ける。

 しかし『無念の世界』にはこの世界の法則は通用せず、

 『無念の世界』からの影響は意識だけでなく様々な形で現れる。

 魔術とは、その影響をコントロールして引き起こすというもの。



 まとめてみればこんなところだろうか。

「魔術については以上だ」

 間島さんはそう言い終えた。

 僕は物化の方を見た。キレるだろうか。しかしキレたところで、また「お前がそう思うのなら否定はしない」と言われてはお仕舞だ。意識や無意識の存在を証明することは簡単ではないし、世界が違うと言われては仕方がない。それが分からない物化ではないだろう。

 案の定、物化はうつむいて黙っていた。

「これ以上質問が無いのなら――、」

 言って、間島さんは歩き出した。

「既に言ったように、これから君には案内したいところがある」

「え? ああ、はい……」

 生返事をして僕は歩き出そうとして――

「待て」

 その声に立ち止まる。

「――平良和義、時間は限られている」

 間島さんがそう言い終わる前に、


「待てと言っている!」


 渾身の叫びが脳を揺らした。すぐ横で、物化が憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで僕を見る。

「どうし――」

「どうしたもこうしたもあるか! なぜそうも簡単について行こうとする! 一体お前は今の話の何を信じて、何に納得したというんだ! 言ってみろ!」

「それは……、完全に信じたわけじゃないけど……」

「けど、なんだ? 否定ができなければ肯定か? 反論できなければ服従か? だったら私がお前を今すぐ論破してやる!」

 物化はわめく。僕だって言われるままじゃない。

「どうしてそうなるんだ! 僕はただ話を聞こうとしているだけだ。そもそも、物化さんは僕のことなんてどうでもいいんじゃなかったのか?」

「そうだ! お前のことなんかどうだっていい!」

「ならどうして?」

「私が気に入らないからだ! お前がそうやって丸腰でハイハイ聞き入れることで、オカルト詐欺師が気分良くしているのに腹が立つからだ!」

 なんて理不尽な。それじゃあ僕はとばっちりじゃないか。

「納得できないのなら、選べないのなら私が選ぶ! 私が判断する!」

 大きな瞳がまっすぐ僕の方を向く。

 物化は真剣そのものだ。これまでもそうだった。なぜだ?

「なんで……どうしてそんな――」


 ピリリリ…ピリリリ……


 突然鳴った電子音が質問を遮った。

 音に反応して間島さんが、ポケットから携帯電話を素早く取り出した。

「……俺だ」

 そう着信に応じ、向こうを向いて電話の相手と話し始めた。初めのうちは「ああ」「分かった」と返事をしているだけのように見えたが、途中に一度こちらを見てからは電話の相手に何かを話し、それから、手を下ろして通話を終了させた。

「平良和義。君は、マグス・マグナの具体的な仕事内容が知りたいと言っていたな」

「えっ?」

 唐突な問いに驚きながら「ええ、まあ」と曖昧あいまいに肯定する。

「たった今、俺はマグナから任務を与えられた。ちょうど良い機会だ。これから行くところに、君も一緒に来てほしい」

「……それは、僕にも何かさせるつもりなんですか?」

「任務の内容はちょっとした現地調査だ。君の手をわずらわせるようなことは無い。また、君の身の安全は俺が責任を持って守ろう」

「それは良いですけど、一体何の調査ですか?」

「……霊感商法を行っていた事業所のうちの一つに、襲撃したときには既にもぬけのからとなっていたところがあった。偶然かどうかは不明だが、襲撃の直前にどこか別の場所に事業所ごと移転させたのだと考えられる。そしてその移転先が、この周辺にあると判明したそうだ」

 つまり、襲撃を逃れた事業所をまた追っているのだろうか。

「……ということは、調査が済んだらまた襲撃するつもりですか?」

「それは俺には分からないが、恐らく簡単ではないだろう。一昨日の作戦は綿密な計画と根回しがあって初めて実行に移せたものだ。連中を一網打尽にするには大きなアクションが必要だが、それには十分な準備期間が必要不可欠だ。組織内でそのような動きは、少なくとも俺の知る限りでは確認できない」

 ……確かに考えてみればあれほどの事件で警察がこんなにも呑気にしているのはおかしい。厳戒態勢げんかいたいせいかれて、市民に外出禁止令が出されていても不自然ではないだろう。報道だって、もっと大々的に行われていていいはずだ。

 何者かが情報操作を行っていることは間違いない。そして、今回の件でそれは明確だ。

 マグス・マグナ――いや、参加している他の組織だって何をしているのか分かったものではないだろう―――それらに、僕はどう関わっていけば良いのか。

 そう考えると、立っているだけで汗ばむ陽気の中で、首に冷たい汗をかいた。



 ピリリリ……

 電子音が再び鳴り、間島さんは携帯電話を見た。今度はメールのようだ。

「……詳細な指示が届いた。平良和義、早急さっきゅうに行くかどうか決めてほしい」

 そう言うが、正直僕には何をどうすべきなのか全く分からない。

 好奇心は無いことも無いし、向こうはこちらの理解を求めているように見えるから、それをないがしろにするのは気が引ける。……が、しかしあまり関わりたくないというのも本心だ。

「ま…待ってください。その移転した事業所はどんなところだったんですか? そもそも何が原因で――」

「霊感商法を行っていた『幸福プライム』という小規模の事業所だ。移転前は学院からそう遠くない場所にあった。俺からこれ以上は話せないが、不十分だろうか」

 間島さんはやや残念そうに言う。

「――いえ、」

 僕はそれに同情したわけでは決してない。

 想定外だが、十分だ。

「さあ、どうする?」

「行きます」間髪を入れず答える。

「ただし、物化さんも同行できるように組織に連絡してください」

 聞いて、間島さんは一瞬驚くが、すぐに「わかった」返した。

「物化さん――」

 振り返ると、物化は目を丸くしてこちらを見上げていた。

「協力はするよ。だからくれぐれも無茶はしないでほしい」

「お前は……お前こそどうして――」

「澄奈央さんに頼まれているから。だから、一人で危ない目に遭うことは許さない」

 物化は僕のために動いていたわけじゃない。

 だから僕だって、物化のために行動していたわけじゃないんだと、

 なんとなく、そう、今は自分に言い訳がしたかったのかもしれない。

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