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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第4章 論理の魔法
19/32

③大学見学にて

 それから物化は走り出すことなく、普段通りに駅まで歩いてバスに乗っていた。歩いている間は僕も物化も一言も発さず、下校する生徒たちの喧騒けんそうの中で終始重い沈黙が続いた。

 帰ってからは伯父さんたちにさとられないよう普段通りに振る舞い、いつもより早めに部屋に戻った。「マグス・マグナ」について気になっていたので調べようとも思ったが、気分が乗らず、この日はそのまま早めに床に就いた。



 翌朝は普段通りに登校して教室で朝会を行った後、一年生は西門付近の駐車場に移動した。

 物化は昨日のまま、殺気立っていながらどこか不満そうで、近くにいる御言がそれを心配がっていた。僕はそれを離れたところから見て、そのまま話しかけることもせずバスに乗り込んだ。

 二年生のバスはこことは反対の東門の職員用駐車場に来ていたため、朝に間島さんを見かけることは無かった。

 生徒が揃ったところで担任教師が点呼を取ってバスが発進した。僕の隣に座った男子生徒は出発してすぐ席を立ち、前の方で補助席を出して座っていた。

 才氣も昨日からあまり元気が無く、見ると窓枠に肘をついて眠っているようだった。

 溜息を吐き、窓の外を見た。

 空が高く、青かった。これほどの晴天なのに、今日は青空を初めて見た気がした。


 大学に到着するとバスから降り、列になって大講義室に移動した。

 時間になると二年生の学年主任の先生がマイクで静粛になるよう言い、高校とこの行事の紹介を短くしてからマイクを横にいた男性に手渡した。

 それから教育学部の学部長、工学部のじゅん教授、理学部数学科の学科長といった肩書の人物たちが壇上に上がり、前列の生徒に質問したりスクリーンに動画を映したり、在学生に手伝わせて骨格丸出しの無骨なロボットに階段を上らせたりしながら飽きさせないよう話を聞かせていた。

 講義が終わってからは、学食が混みだす正午までに昼食を済ませて、再度クラスごとに集合した。そして今度は希望した分野ごとに分かれて、建物や研究室を見学する。

 僕を含めた希望者二十数名を引き連れていってくれたのは聡明そうな若い二人の男女だった。二人は応用化学科の大学院生らしい。

 人数が揃うと歩き出し、雑談を交わしながら理学部、工学部、農学部の施設の一部を紹介してもらった。生徒の質問に答えながら、その学部がどんな研究をしているのか、どのような成果を残しているのかなど、大雑把であるが新鮮で興味深い話だった。

 今頃は物化も好奇心を掻き立てて目を輝かせているのだろうか。それとも朝見たときのまま、眉間にしわを寄せているのだろうか。



 建物の紹介が終わると最後に自分たちの研究室を紹介すると言って、先ほどとは別の工学部棟に移動し、そこの階段で4階まで上がった。研究室は大勢で一気に入る訳にはいかないということなので、生徒は5、6人ずつに分かれて順番に案内するそうだ。

「じゃあまず、そこの子たちから。靴は脱いで、横に置いてあるスリッパに履き替えてね。あと、研究室の中に置いてあるものには不注意に触らないように」

 男子学生がそう全体に呼びかけ、カードを認証装置にかざして扉を開けた。そして女子学生に促され、僕の前までの生徒が靴を脱いで研究室に入って行った。

 待っている間は男子学生が扉を閉まらないよう押さえながら、残った生徒とまた雑談を交わしていたのだが――、

「おいアサノ! ちょっと来い!」

 中から男性の怒ったような声が聞こえ、「なんだろ? ちょっと待っててね」と言って研究室の奥に早足で向かった。

 男子学生はすぐに戻ってきて、

「ごめんごめん。しっかり説明しろー、って先生に怒られちゃったよ」

 そう言って頭を掻いた。そして後ろの方で私語をしていた生徒に向かって「ちょっといいかな」と声をかけ、注目を集めた。

「僕たちが実験で取り扱う薬品の中には、触ると皮膚を溶かしたり、目に入ったら失明したり、指先にかかっただけで骨まで浸蝕して溶かしてしまうようなものまである。もう慣れている僕たちでさえ、薬品の扱いは細心の注意を払って慎重に行わないと、一歩間違えただけで大きな事故につながる可能性があるんだ。だから、――もちろん、別に触ったくらいでいきなり爆発したりはしないけど、研究室内にあるビンとかの容器は絶対に勝手に開けたり、持ち上げたりしないようにしてね」

 少ししてから生徒たちが戻ってきた。そのうち数人の生徒はきまりが悪そうに視線を泳がせていた。恐らく、さっきはこのうちの誰かが薬品か何かを触って注意されたのだろう。

 戻ってきた生徒に、男子学生は片手を口元に添えて小さな声で「大丈夫だった? あの先生ちょっと怖いんだよね」と言ってなぐさめていた。




 個別見学が早いところでは一時間もかからずに終わり、出発までの残り二時間ほどの間が自由見学となる。

 連絡先を交換していなかったので、どう合流したものかと考えていたらすぐに僕の携帯電話がメールを着信した。――間島さんからだ。

 ……あれ? 僕の個人情報、もしかしてどこかで出回っている……?

 メールの内容はシンプルなもので、僕はそれを物化に伝えてから指定された場所へと向かった。

 到着したのは大学の北側の出口のうちの一つ。既にそこには、木の幹を背に立っている間島さんの姿があった。

「来たか……」

 間島さんは携帯電話をポケットに入れた。

「ええ、まあ。ところで僕のアドレスって――」

「組織の情報網を使って調べさせてもらった。悪く思わないでほしい」

「はあ」

 考えてみれば、襲撃事件のことが本当にマグス・マグナの仕業ならば、彼らは悪徳業者の犯罪の証拠を警察よりも先に見つけたということになる。それはつまり、マグス・マグナは警察よりも情報収集に長けているかもしれないということだ。

 この様子だと、本当に僕の身の回りの情報程度はほとんど筒抜けになっていそうだ。

「平良和義、」間島さんが名前を呼んだ。

「君は俺を、マグス・マグナを信用できるか?」

「……失礼かもしれませんが、まだ分かりません」

「いいや、それも当然のことだ。だから今日は君をここに呼び出した」

 間島さんは木から離れ、身体をこちらに向ける。

「この大学の研究者の中には組織の関係者がいる。規定上、関係者を君に接触させることはかなわないが、彼らの研究内容について俺が一人で説明をするのならば何も問題は無いだろう」

「まさか、この大学では魔法の研究が?」

「いいや。皆表向きは各々の専門分野に沿った研究を行っている。それから、我々の行使する力は魔法ではない。『魔術』だ」

「そう、なんですか……」

 どう違うのか僕にはわからないし、何だかまだ腑に落ちないところが多い。小石でフェンスに穴を空け、木を倒したのは確かに見た。しかし例えば爆薬を使ったとか、石は元々木に刺してあったとか――無理があることは分かっているが他に考えようもあるかもしれない。分厚い本を使うでもなく、呪文を唱えることもなく、ただそれが「魔術だ」と言われても全くピンとこない。

「それより、まず質問に答えてください。魔術師とは何ですか? マグス・マグナというのは一体何をしている組織なんですか?」

 加えて、僕はまだこの人を信用できない。マグス・マグナも。

「魔術師は魔術を行使するもの。マグス・マグナは自らの目的、理念に基づき魔術師の保護および管理を行う非営利ひえいり組織だ」

「昨日の襲撃事件は、その理念にのっとって実行されたということですか?」

「そうだ。襲撃を受けた業者は全て悪徳な霊感商法を行っていた。それらは世間のオカルトに対する印象をいちじるしく悪化させる。マグス・マグナはそういった行いを決して許さない」

 襲撃事件を起こしたのは本当らしい。あとはその目的についてだが、しかし「理念に基づいて悪を許さない」ということは、悪い組織ではないのだろうか。

「その、組織の理念というのは『魔術を社会のために正しく使うこと』ですか?」

「違う」間島さんはきっぱりと否定した。

「偽物を許さないのは、組織にとって都合が悪いからだ。襲撃の目的はあくまで『オカルトの社会的地位を守ること』であり――、」

 言葉を溜めて、声を一段低くし、

「その真の目的は『現代科学文明の転覆てんぷく』にある」

 そう言う。

「て…転覆って……、それじゃあ、マグス・マグナはテロリズムかクーデターでもくわだてているんですか?」

「完全に否定することはできない。それが有効な手段であると判断されれば……だが、」

「そんな……」

 信用できる、できないの話じゃない。

 関わり合いを持つべきでないのだと、そう感じた。

 ――『裏の組織』。

 その怪しく異常な響きに思わず足がすくむ。

 父さんや母さんは本当に無事でいるのだろうか。

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