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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第4章 論理の魔法
17/32

①ニュース

 我々が観測する宇宙では、光の速度に上限があり、

 あらゆる質量を持つものは周囲を引き付けるとされる。

 それは宇宙のいかなる地点においても通用するはずの理である。

 また、それらが通用する領域というものが宇宙である。

 宇宙とは、我々の知り得る領域の極限である。

 したがって宇宙の外側とは、

 それは我々の決して知り得ないとされる領域を示す。

 さて、しかし我々の身の回りの事象は、

 真に、究極に、我々の知り得るものだろうか。

 この先どれだけ科学が進んだとして、

 事象の全てが我々の納得のいく形で示されるものだろうか。

 ここで仮に、そうでないとするならば、

 宇宙の外側は、今、我々のすぐ傍にもあると言える。





 家から自転車で最寄りの駅に行き、そこから二駅分、15分ほど電車に乗って、到着駅から更に15分ほど歩く。

 伯父さんと澄奈央すなおさんは家から別々に車で通っていて、二人とも出発するのは僕より早い。頼めば車で送ってもらえはするだろうけど、迷惑はかけたくないし、朝の時間は少しでもゆっくりしていたいというのも本音である。

 乗る電車はいつも決めていて、通学時間はおおよそ4、50分ほどになる。

 電車に乗っている間はたいてい本を読んでいるが、今日はたまたま読みたい本が見つからず、携帯電話でニュースサイトを観ていた。

「おはようございます、和義かずよしさん」

 駅舎から出てすぐ、跨線橋こせんきょうの階段を下りてきたのは井炭寺いたんじ希未のぞみだ。僕は「おはよう」と返す。

 相変わらず普段は色気も何もないメガネをかけているが、初めに会った時よりも前髪は少し短くなっている。

才氣さいきはまだ来ていないのか?」

「今朝は見ていませんね。いつもの登校時刻からすると、ようやくさっき起きたくらいではないでしょうか?」

「そうか。まあ、待つつもりは無いけどさ」

 言って僕は歩きだし、希未がその隣についた。体育館での一件以来、僕は希未に気に入られてしまったのか、休み時間や登下校時には頻繁に顔を合わせるようになっていた。

 希未が住んでいるのは才氣と同じく駅裏の新築マンション「アミティエ」である。

 ただの偶然でないことは夏の日差しよりも明らかだが、未だその真相は暗闇だ。父さん達にも連絡はつかないまま、既に6月が終わろうとしていた。


「そういえば聞きましたか? 社会科の太田おおた先生のことを、」

 隣を歩く希未が言う。

「なんでも、昨日の朝くらいに救急車で病院に運ばれたらしいですよ」

「救急車で? 腰を痛めただけじゃなかったのか?」

 学年主任の太田先生は、この間の体育が自習になった日の以降、学校を休んでいる。

 あの日、太田先生は階段の踊り場で倒れているところを、授業中にトイレに行っていた生徒に偶然見つけられたそうだ。どうやら階段で転んでしこたま腰を打ちつけ、そのまま動けなくなってしまったらしい。若い体育の先生が呼ばれたのは、ゆうに100キロはありそうな大柄な太田先生を保健室まで連れて行くためということだった。

「まだ詳しくは知りませんが、容体が悪化したのかもしれませんね。ただ転んだだけといっても打ちどころによっては油断できません」

「心配だな。早く戻って来られると良いけど」

 もし入院やリハビリが必要になったら授業はどうするのだろう。今までは太田先生の分を他の先生が余計に受け持っていたようだが、このまま学期末までそれを続けるのだろうか。あるいは代わりの先生が呼ばれるのか。

「ん?」

 ふと、後ろから迫る、通学する生徒が皆同じようなペースで歩いていく中で、目立って聞こえる足音がある。

 首だけで振り返ると、そこに物化ものかがいた。

「やあ、おはよう物化さん――」

 そして目も合わせずに通り過ぎて行った。

「おいおい、待ってよ!」

 そう呼び止めたところでやっと物化は歩を遅めて、僕と希未はすぐに追いついた。


挨拶あいさつくらいしてくれても良いんじゃないか」

 斜め前を大股で歩く物化にそう言うと、物化は前を向いたまま「ふん」と鼻で笑う。

「良い朝だな。お日柄なんてものは知らないが、気温と湿度は悪くない数字だろう」

「物化さんはその気持ちの良い朝に、何がそんなに不愉快なんだ?」

「お前は天気が良いだけで愉快な気持ちになれるのか。頭の方も夏に向けていっそう陽気なようだな。細胞内に葉緑体でも飼っているのか、それとも頭にソーラーシステムでも搭載しているのか?」

 随分なご挨拶だ。

「大丈夫ですよ」横から希未が言う。「陽気なのは良いことです。心も体も、ポジティブな時の方が健康的ですから」

 その発言に、物化はむっとして希未を見る。

「コイツはただ頭が花畑なだけだろう。生産性に乏しくて何がしたいのか分からないからな」

「それなら、物化さんの脳味噌は化学工場か何かなのか?」

「脳味噌はタンパク質と脂質の塊だ。下らないことを言うな」

 コイツは本当に……。

「良いじゃないですか。素敵ですよ。花は人の心を豊かにする大切な農産物ですから」

 再び希未が言い返した。物化は鼻を鳴らしてぷいと前を向く。

 不機嫌の原因はやはり希未のことだろう。どうにもこの二人は馬が合わないのか。ただし特別いがみ合っている様子ではなく、希未が物化をからかっているだけにも見える。

 実際、からかっているのだろう。僕の噂の件もそうだが、何もかも完璧以上の新人類しんじんるいは、性格だけはやや難ありのようだ。




 学校に到着し、北校舎の昇降口から入り三階に上がる。三人ともクラスが別なのでここで一旦お別れとなる。

「そうでした、」

 希未が思い出したように声を上げた。僕と物化が立ち止まる。

「今朝の『事業所同時襲撃事件』のニュースをご覧になりましたか?」

「見ていない」物化は愛想なく答える。

「ああ、それならさっき少しだけ見たよ」

 報じられていた内容こうだった。

 昨晩遅く、都市部を中心にほぼ全国で、サービス業を営む店舗十数カ所が襲撃に遭い、器物の破損や不審火などの被害に遭ったという。

 犯人は不明だが、犯行時刻がほぼ同時刻という点や、手口や被害が似通っていることから、何らかの団体による組織的な犯行とみて間違いないとされている。

「随分と物騒な話だよね。不思議と死傷者は出ていないらしいけど、一体誰が何のためにそんなことをしたんだろう」

「そのことなのですが、――これはまだ新聞には載っていなかったはずですけど、襲撃された事業所の責任者のうちの何人かが、今日未明に各地の警察署に出頭していたそうなんです」

「襲撃された方が?」僕は驚いて訊き返す。

「はい。それも、その事業所が行っていた違法な取引の証拠を持って――だそうです」

 事業所が襲撃された翌日にその責任者が自首。これはとても無関係であるとは考えられないだろう。

「つまり、襲撃は悪徳業者を潰すために行われたものだということか」

「その可能性が高いでしょう。今朝に責任者が自首したものを含め、襲撃された事業所は全て、霊感商法まがいの取引を行っていた疑いがかけられていたそうです。ただし、その襲撃が正義のつもりであるのか、ただの同業潰しであるのかはまだ判断できません」

 義賊ぎぞくでなく同業者か。確かにその可能性は否定できない。

「そしてもう一つ、」

「まだあるのか?」

「はい。と言っても、これはまだ噂程度なのですが」

 そう前置きして希未は続ける。

「襲撃を行ったと疑われている組織――『マグス・マグナ』と呼ばれているそうですが、噂ではその組織は、大規模なオカルト的組織ではないかと言われています」

「オカルト……。それはつまり――」

「はい。もしかすると、その組織もこのコンペに参加しているかもしれません」

「襲撃した連中の――……仲間が?」

 希未が人差し指を口元にやって、僕は声のボリュームを落とした。

「仲間…そうですね、ひょっとすれば襲撃した張本人であるかもしれません。実はこの付近でも襲撃された事業所があったそうです。名前は確か、『幸福プライム』という――」


「それは本当か!」


 突然に物化が大声を出した。

 廊下にいた生徒の何人かが驚いてこちらを見る。

「ちょっと……急にどうしたんですか?」

「それは本当かと聞いているんだ!」

 物化が希未の服の腰のあたりを両手で掴む。

「あくまで噂ですから、確認ならご自分でなさった方が良いでしょう。恐らく、既に情報は出回っていると思いますよ」

 そう言って希未は物化の手を剥がした。

「……物化さん?」

「分かった」

 僕が表情をうかがう前に、物化は脱力したように俯き、踵を返して4組の教室に歩き去った。

「どうしたのでしょうか、物化さん」

 希未が制服を直しながら尋ねる。

「さあ。でも、僕の初対面の時はあんな感じだったけど」

「初対面でそんなことをされたんですか? いやはや、真白ましろ先生のためとはいえ、よく仲良くする気になりましたね」

「…………。まあ、……そうだね」

 僕は言い返せず、その場は苦笑いをして誤魔化した。

 しかしどうだろう。あれから僕は物化と、どれほど仲良くなれているのだろうか。


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