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フレンドシップス・サイエンスガール  作者: 吉野ムラ
第3章 変異の意志
15/32

④クイズマッチ(前編)

 翌朝、傘を置いて昇降口から校舎に入ると、奥に腕を組んで仁王立ちする物化と両手で小さく手を振る御言の姿が見えた。

 物化は昨日の放課後から帰る間もずっとイライラとしていたが、一夜明けた今朝も変わらず不機嫌そうだ。

「やっほー、おはよー」

 御言がそう呼ぶ。僕は靴を履きかえて近くに行き「おはよう」と返した。

「二人ともどうしたんだ?」

「あー、えっと昨日ね、『明日の1~3組の体育は、体育館で自習になる』っていう預言が聞こえたんだけど」

 またピンポイントな預言だな。

「でも、体育が自習? そんなこと聞いていないけどなあ」

「そうなの? ――あ、昨日の預言の明日だから、明日じゃなくて今日のことね」

「ああ、うん」それは言われなくても分かる。

「あれ? でも昨日に明日の預言で明日のことを言ってたってことは……あれ? それだとおかしいのかな? う~ん…………」

 御言が一人で混乱している。預言者も大変だ。

「それで、物化さんはどうして?」

 尋ねると、物化はポケットから一枚の紙を出す。

「1・2・3組の体育の授業は4時限目だ。それまでに、お前はここに書いてあることを書いてある順に覚えろ」

「内容と順番を覚えればいいのか?」僕はそれを受け取った。

 開いてみると、B5サイズのルーズリーフを半分に切った紙に単語が並べられており、上から順に1~30の番号が振られていた。

 なになに――


 1.ボース粒子

 2.プロピレンカーボネート

 3.ゴジラサウルス

 4.インド洋タイポール現象

     ・

     ・

     ・


「……何だこれ?」

 書いてあったのは、見たことも聞いたことも無い単語ばかりだった。

「それはクイズの答えだ」

「クイズ?」聞き返すと、物化は「そうだ」と答える。

「自分を新人類などと言う、あの超々ナルシスト女は『自分は勝負事では絶対に負けない』と言っていたな」

「確かにそう言っていたけど」

「しかし、新人類だろうがミュータントだろうが、知らないことは答えようがない。お前にわざわざ取引を持ちかけたのがその証拠だ。そして、クイズ対決ならば答えを知っている方が勝つ」

 そりゃそうだが、……ということは、

「まさか、井炭寺さんにクイズ対決を申し込むのか?」

「そうだ。そこに書いてあるのは、全て高校の教科書には載っていない。私が昨日調べて、初めて知ったものだ」

「でもそんな勝負、受けてもらえるとはとても思えない。『あらかじめ仕組んであった』って、怪しまれるに決まっているだろう」

「だから今回は、この妄想女の良く当たる妄言をあてにしてやろうと言っている」

 物化は御言の二の腕をつかんだ。御言はびくりと驚く。

「クイズの問題は体育館の倉庫に置いてきた。お前は奴とそこで、偶然・・自習になった体育の時間に、偶然・・見つけたクイズに挑戦すればいい」



 物化はそれから具体的な手順を僕に説明した。

 簡単には、体育倉庫に隠してあるクイズと回答の書かれた紙を、偶然を装って才氣が発見して、僕が勝負を提案する。ということだった。

 希未が勝負に負けたという事実が作られれば後はどうでもいいらしく、勝ってどうしたいかは僕が自由に決めて良いらしい。

 …と言っても、思いっきり不正行為なので気が引けるわけだが……。

 これを才氣に話したところ「よっしゃ! 任せろ!」と快諾してくれた。

 1・2時限後の休み時間では、教室では既に情報の早いクラスメイトが今日の体育が自習になると話していた。どうやら体育教員が二人も病欠しているらしく、既に授業があった三年生のクラスは各教室で自習になったとか。

 その間、僕はとにかく単語を暗記していた。暗記が苦手なわけではないが、初めて見る単語を意味も分からずただ覚えるというのは骨が折れる。

 それでも何とか3時限目の授業中まで使って、やっと1から順に紙を見ずに言えるようになった。

 さあいよいよだ。そう思った矢先――3時限目の終わりの鐘が鳴ったすぐ後に、突然に校内放送を知らせるチャイムが鳴る。


「えー、1年1、2、3組の皆さんにお知らせします。本日4時限目の体育の授業は――、」


 自習を期待していたであろうクラスメイト達が色めきだす。

 しかし――、


「体育館で一斉授業とします。えー繰り返します。今日の4時限目の授業は――……」


 放送が続く中、生徒たちが一斉に落胆するのが見えた。そして覇気無くすごすごと移動を始めていた。

 その中で、僕は一人だけで驚いていた。

 預言が外れた? いや、まだそう決まったわけじゃない。この間のように御言や物化の勘違いである可能性もある。だがそうなると――…「自習」ではなく「次週」? 「体育館」ではなく「タイ行く間」とか? いやいや、どれにしても意味が分からない。

 そういえば、1時間目に体育が自習になっていた三年生は、体育館でなく教室で自習をしているということだった。そこから考えてみれば、自習になるのなら体育館には行かないし、体育館に行くのなら生徒たちだけの自習が行われることは無い。なぜなら授業のときは、体育館の鍵はふつう体育教員が持ってくるからだ。

 となると、これはやはり預言そのもの、もしくはその解釈に何か決定的なミスがあるとみて間違いないだろう。


 結果として、僕の見込みは間違いだった。

 三年生が教室で自習になったのは、受験生なので特別に勉強時間を取らせたということらしい。

 そして体育の授業は、三人の体育教員の中で唯一病欠していない、一番若くて体躯の良い先生が一人で行うことになっていた。

 鐘と共に授業は始まると、先生の指示に従って生徒は男女に分かれて二人組を作り、筋トレや五分間走をローテーションして行うことになっていた。

 しかし、それがちょうど一巡したころで状況は動いた。

「ユーゴ先生! 大変です!」

 飛び込んできた生徒に、館内にいた全員が驚きざわめいた。

 先生は授業を中断し、その生徒の元に駆け寄った。

 そして――、

「みんな! 先生はちょっと離れるので、あとは各自でトレーニングを続けるように!」

 そう言い残して、呼びに来た生徒について体育館を去った。



 自習になった生徒たちが何をするかと言えば、真面目に筋トレを続ける生徒もゼロではないが、多くは立つか座るかして私語を始めていた。何人かの生徒が集まって、どうしようかと真剣そうに話していたが、一つのクラスならともかく、三つものクラスを先生に代わって取り仕切ろうとする者はいなかった。そのうちに誰かが体育倉庫の戸を開いてボール遊びを始めれば、いよいよ事態の収拾はつきそうにもない。

 授業時間は残り半分を切っていたので、皆その場で待つか様子見に行くかして、時間が過ぎるのを待っているようだった。

 ――よし、勝負を持ちかけるなら今だ。

 目配せすると、才氣は小さく頷いた。

 僕は、隅の方で女子数人が群れているところで希未を見つけて歩み寄る。

「井炭寺さん――、」

 声をかけると、希未の周りにいた女子生徒がオバケでも見たかのようにぎょっとする。

 そこまで驚かれると傷つくなあ……。

「な……何でしょうか……?」

 希未が声を震わせながら答える。相変わらず微塵の白々しさも感じさせないような完璧な演技・・で、ついつい申し訳ない気分になってくる。だがもう騙されはしない。

「ちょっと話があるんだけど、今いいかな」

「……はい」

「よし。それじゃあ、人目のつかないところの方が話しやすいだろう」

 僕は希未を視線で誘導し、体育倉庫に向かった。


 体育倉庫は戸を開かれているが中には誰もいなかった。僕が入って行くのが見られているだろうから、これから別の誰かが入ってくるということも無いだろう。

「こんなところへ呼び出して、何のつもりでしょうか?」

 倉庫の奥まで歩いて振り返ると、そこには既に眼鏡を外した希未が屹立きつりつしていた。

「私に何か仕掛けるつもりですか? それとも新たな取引ですか?」

「話だよ。相談だ」

 流石に鋭い。が、狼狽うろたえるな。

「井炭寺さんは、もう例のコンペで勝つつもりはないんだろう? だったら、僕が普通に学校生活を送れるよう、皆の誤解を解く手伝いをしてくれないか?」

「お断りします」希未は即答した。

「どうして?」

「私にはあなたに恩を売る気がありません。質問に答えるとは言いましたが、頼みに応えるとは言っていません」

「恩を売るメリットはあると思うよ。井炭寺さんがコンペを実質辞退していることを、僕がそのチーム新人類にバラさないとも限らないだろう」

「あなたに限っては、チームに簡単には出会えませんよ。昨日申しましたように、このコンペでは、あなたへの接触が許されているのは学院の生徒だけですから」

 ああ、昨日そんなようなことも言っていた気がする。でも「簡単には」ということなら、会う手段が全くないわけではないのか?

 だがここで説得できなくても、今回は、物化にとってはむしろ好都合だ。

「そ…そうだったか。はは……」

 僕は頭を掻く仕草で才氣にサインを送った。


「ヘイヘーイ! 和義ぃ、こーんなとこにいたのかぁ?」

 近くで待機していた才氣が体育倉庫に入ってきた。

 その…なんというか、とびきり不自然な演技をしながら……。

「折角だからさぁ、フットサルでもしようぜ? きっと楽しいぜ? フーッ!」

 異様にテンションが高い。というかウザい! 何がヘイヘイフーだ。与作か。超能力で木を切るのか。

「おーっとボールは、バリボォならちーっとくらい蹴っても怒られないよなぁ?」

 才氣はそう言ってカゴからバレーボールを取り出すと、右手でカモンベイベーしながら左手でボールをバスケットドリブルしていた。

「あ…ああ、多分ね」

「だよなぁー! はっはっはっは!」

 そして映画に出てくる陽気な外国人のように高笑いした。

 駄目だ……とても見ていられない。

 恐る恐る希未の方を見てみると、特に呆れたような様子も無く、冷たく無表情であった。

「ん~? なんだこれはぁ? カゴの中に紙が入っているじゃあねぇか! なになに――『誰かと競いたくなる難問クイズ30』だってぇ?」

 …………。

 ……だがどんなにド下手な演技でも、今回は乗らないわけにはいかない。

「クイズか。そうだ井炭寺さん、ここは一つ、このクイズで勝敗を決めないかい?」

 僕は精一杯に自然を装ってそう提案する。

「それは、私とクイズ対決をしたいということですか?」

「そう。それで僕が勝ったら、井炭寺さんは僕の誤解を解くように協力する。僕が負けたら、その時は井炭寺さんが僕にしてほしいことを言ってくれ。――常識の範囲内でね」

 希未は片手を腰にやり、僕と才氣を交互に見る。

「分かりました。受けましょう。――ただ、」

 受けた! まさかあの才氣の演技で成功するとは。……ただ?

「普通にクイズを解くだけでは面白くありません。今は体育の授業中ですから、軽く運動にもなるようなルールはいかがでしょうか」

「え? ああ、良いけど、」

 何はともあれ、これで物化の目的は果たせたも同然か。

「では私が勝ったら、あなたにもチーム新人類に協力してもらいましょう」

 ――そう、僕は高をくくっていた。



 希未が提示したルールはこうだった。

 才氣が出題者となり、問題を読み上げる。

 そして床にボールを置いて転がらないように支えておく。

 回答者である僕と希未は、15メートルほど離れた地点をスタート位置とする。

 出題者は問題を読み上げたらタイミングを見てボールを手から放す。

 回答者はそれを合図にスタートし、ボールを先に取るか蹴るかした方がクイズの回答権を得る。

 ビーチフラッグスのようなものだろうか。ルールとしては特におかしくないように思えた。


 体育館にはもう誰も残っていなかった。

 先生を呼びにきた生徒は随分と焦っていたようだが、一体何があったのだろう。サイレンの音が鳴っていないから、消防や警察のお世話にはなっていないだろうけど。

「第一問! ……って、なんじゃこりゃ……?」

 才氣は問題の書かれた紙を顔に近づけたり、遠ざけたりしている。

 さっきまでの演技はどこへやら。

「えーっと……、りょ…量子力学における粒子のうち、スピン角運動量の大きさがプ…プランク定数? の、整数倍になっているもの――とは!」

 一問目の答えは「ボース粒子」だ。僕は才氣の手元を注視する。

 才氣はボールを固定したままこちらを見て、


 手を――――放した!


 床を蹴り、一歩二歩と加速する。

 距離は短い。走り出せばすぐだ。

 上体を起こし、今一度ボールを見――

「なっ――!」

 ――ボールが、今、

 希未によって蹴り飛ばされた。


 蹴られたボールは壁に当たり、床をはねて才氣の近くに転がる。

 僕は全速力からよたよたと減速し、立ち止まった。

 自分の立っている地点の、少し後ろがボールの位置だ。

 息も上がっていないのに首筋に汗が流れた。

 走るのは苦手じゃない。周りよりも飛び抜けて速いわけではなかったが、いつだって平均よりは良い記録を残してきた。小学校の頃には運動会での選手リレーに選ばれたこともある。

 だが……、3メートル以上はあっただろうか。このごく短い距離の間に、僕は希未にそれほどの差をつけられた。

「それじゃあ井炭寺さん、回答を!」

 僕ほどの衝撃は受けていないであろう才氣がそのまま進行する。

 希未は涼しげな表情のまま、

「分かりません」

 そう言った。

 まさか――。そうだ。希未は、僕に一度も回答権を与えないつもりだ。


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