⑤球技大会にて
その日はそれから、部屋着に着替えて戻ってきた御言に送られて神代ふとんを後にした。
物化妹からは結局6時になっても着信が無く、物化は駅前で一人で悪態をついていた。
それを見て、僕はシードとCFの件で父さんに電話をかけてみた。しかし普段から仕事で忙しい父さんは案の定出なかった。
翌日の水曜日と翌々日の木曜日は、学校では物化が御言を徹底的に監視していたようだが、
御言は英語の授業で物化が当てられるのを預言し、
数学の抜き打ちテストを預言し、
また授業中にガス警報器の点検員が来るのを預言したり、
預言で澄奈央さんが転びそうになるのを助けたりしていたらしい。
「ふーん、預言者ねぇ」
木曜日の授業が終わり、僕は才氣と駅まで一緒に歩いていた。
「でもそれって、ただ単にスゲー運が良いってだけなんじゃないのか?」
才氣は御言の話を聞いてもあまり驚くことなくそう言った。
「言われてみればそうかもしれないけど、それにしたって異常だろう」
才氣は「そうかぁ?」と言って不思議そうにした。超能力者の考えることは分からない。
「俺からしてみりゃアイツの方が異常だって」
「物化さんは確かに変わっているけど――って、あれは……――」
前方バスステーションとロータリーの向こう側にある駅前に交番から、物化と御言の二人らしき人物が出てくるのが見えた。
しかし才氣はそれに気づかなかったようで、「じゃーなー」と言って跨線橋の方面に向かって行ってしまった。
僕は、何か警察のお世話になることでもしたのだろうかと不安に思いながら二人の元に走ったが、特に問題になるようなことは無かった。
「コイツが財布を拾ったんだ。私は今それを届けてきたところだ」
「持ち主は?」
「もう帰った。急いでいたらしいから随分と感謝された」
その割に物化は機嫌が悪そうだった。
「それも預言?」と尋ねると物化は「偶然だ」と言った。あくまで認める気は無いらしい。
「日ごろから馬鹿な妄言を発しているから、偶然当たるとまるで預言のように聞こえるんだ。財布を拾ったら『神を授かる』だの、また意味の分からないことまで言い出したからな。どうせ分裂症か何かだ」
「そういうことを本人の前で言うなよ」
「ねー物化ちゃん、」
御言は手に一万円札をもっていた。
「二人で貰ったんだから半分にしようよー」
どうやら財布の持ち主からお礼に一万円貰ったらしい。だが物化は、
「拾ったのは貴様だろう。私は貴様が頼むから交番に入るのに付き添っただけだ」
そう言って配当を拒否していた。
こうして見ると、御言は本当にただ運が良いだけで、やはり変わっているのは物化の方かもしれないとも思えた。
そんなことがあって、金曜日となった今日は春季球技大会の日である。
今は開会式にて、国歌斉唱と共に国旗と校旗がポールに揚げられたところだ。
しかし改めて見ると、この学校のポールは随分と位置が高い。
グラウンドは校舎一階よりも低い位置にあるのだが、ポールはグラウンドではなく校舎一階の位置から、さらに掲揚台を設けた上に立っている。そもそもポール自体も前の学校にあったものと比べると長いものが使われているように見える。
グラウンドは全校舎の南側に位置し、グラウンドから見るとポールの奥には南校舎が見えるわけだが、ここからだと三階建ての南校舎よりもポールの方が高く見えるくらいだ。いや、実際南校舎より少し高いくらいだろうか。
何を考えてあんな無駄に高くしてしまったのだろうか。と、思ったが、ひょっとしたら伯父さんの意思かもしれないので悪く言うのはやめよう。
ちょうどこれから伯父さんが開会の挨拶を始めるところだった。
「え~本日は、とても天候に恵まれているとは言えませんが、――――」
そうなのだ。先週まではあれほど晴天続きだったのだが、今週の火曜日からはとても不安定な日が続いている。今日も午後からは雨が降るという予報で、生徒たちの間では延期にするべきだという声もあったが、予定をずらしたくない教員側はその主張を黙殺した。
開会式が終わると、僕はとりあえず才氣の元に向かった。
才氣は初めバレーボールを選ぶつもりだったそうだが、僕がソフトボールを選んでから、他のクラスメイトに説得されてソフトボールの方に移った。「平良和義に普通に接することができるのはお前しかいない」ということらしい。
「僕のせいで種目が変わって済まなかったな」
「別にー。そんなにバレーがしたかったわけでもないしな」
才氣はサッカーが好きらしいが、残念ながらこの大会ではサッカーもフットサルも種目に選ばれていなかった。
事前に配布された対戦表を見ると、一試合目はなんと理系の三年生である。
理系クラスは男子が多いため、男女混合で行われるこの球技大会では文系クラスよりも圧倒的に優位に立てる。我が1年3組チームにはジャンケンに負けた女子が3人だけ入っているが、女子に人気の種目はバレーボールや卓球、ソフトテニスであるため、9人中3人でも相対的に見れば多い方である。
試合はトーナメント形式で行われるため、負ければそこでおしまいだ。
これはどうやら、早々に観戦側に回りそうな予感である。
「只今より、バックネット前にてソフトボール第二試合、3年6組対1年3組の試合を開始いたします。選手および審判となっている生徒は、――――」
第一試合では早速、文系三年が理系二年に4回で10点差をつけられコールド負けしていた。試合は7回制で30分の時間制限があるのだが、才氣によると序盤はあまり接戦にならずコールドゲームになることが多いらしい。
バックネット前に集まるとすぐに各チーム一列に整列し、主審の合図でお互いに礼をする。この時点で既にチームの体格差は歴然である。
一回表。まずはこちらの攻撃だ。一番バッターはクラスでも運動のできる比較的長身の好青年。相手ピッチャーの球は鋭いが、これを見事に打ち返し一塁に出塁する。
二番バッターは才氣である。小柄で非力そうではあるが、本人いわく運動神経は良いらしい。が、相手ピッチャーの速球に、バットに触れることもできずストライクを二つ取られてしまう。
次の投球。これで三振か、と思われたところで、金属バットの音がコンッと小さく鳴る。音だけ聞いていれば、どうせバットにかすった程度だ、と誰もが思っただろう。
が、しかし、
「え?」
才氣の打ったボールは外野の頭上を抜け、ホームランに入る直前でバウンドした。才氣は二塁まで走って一番バッターがホームインし、チームに最初の点が入った。
唖然とする相手ピッチャーの後ろで、才氣が「イエーイ!」などと言って拳を上げて喜んでいる。
……なんて超能力者だ。
しかし好調な走り出しに見えたが、次の3、4、5番バッターはあえなく三振、または打ち取られ、この回の得点は初めの一点だけとなった。
攻守交代し、僕はグラブをもってライトの位置に着く。ピッチャーは一番バッターを務めた彼である。きれいなフォームからなかなかの速球を投げるが、相手の打線は強烈であり、1三振を取りながらも4ヒットと1ホームランをとられ、あっという間に4点取られてしまう。そこから動揺してか彼は四球を二回も出し、さらに追加でヒットを打たれて結局合計では7失点。点差は6点。1イニング終了時点において既に形勢は絶望的と言えるほどに傾いていた。
再び攻守が交代しこちらの攻撃となるが、6番7番の女子バッターでは三年ピッチャーの投げる球に触れることもできず、二人そろって三振を取られる。
そして8番、いよいよ僕の打順が回ってきたわけだが――、
「フォアボール!」
思いっきり敬遠された。
どうやら三年生にも悪い噂は伝わっているらしい。まあ、知っていたけど。
続く9番バッターはなんとかバットに当ててみせたが、内野フライに終わった。
そうして2回表は0点で終わり相手の攻撃が始まる。既にかなり寒い試合なのだが、少なくともあと4点取られるまでは続けなければいけない。
僕はさっさと自分の守備位置に着いたのだが、内野を見るとマウンドで一年生数人が話し合っていた。
少しして話がついたのか、それぞれ持ち場に散らばる。
そしてマウンドに残ったのは、才氣である。僕は嫌な予感しかしなかった。
「喰らえ! 俺の超魔球!」
やっぱりか!
掛け声とともに威勢よく投げられた自称超魔球だが、もちろんそんなものを野球部でもないキャッチャーが捕れるはずもなく、結局は四球とワイルドピッチであっという間に満塁になる。
――というか、多分空中で急加速するようなボールは野球部でも捕れない!
そうしてノーアウト満塁で既に3ボール。押し出しを目前に才氣はやむを得ず普通のボールを投げ、そして打たれる。
グラウンドに快音が響き、ボールは放物線を描いた。
こうして1年3組ソフトボールチームは、2回コールド負けという結果に終わった。
試合を終え、一息ついたところで時刻はまだ午前十時前だった。
僕はテニスコートへ、物化が参加するというソフトテニスの試合を見に行った。
到着すると、ちょうど物化のクラスの対戦が始まったところであった。
対戦表を見ると、一試合目の相手は二年生だ。
あれ? まだ一試合目なのか。
ソフトテニスはダブルス5組の団体戦で、進行を早めるために試合はそれぞれ11点先取。デュースはありだがコートチェンジは試合ごとに行われ、試合中には入れ替わらない。これもまたトーナメント制である。
一組目の試合が一年チームの勝利に終わり、次に物化と御言が現れる。
まさか、ここでも監視してやろうということなのだろうか。
折角だから近くで見てやろうと思い、僕は囲いネットのすぐ外側に立つ。
相手チームのサーブから始まり、後衛にいた御言が打ち返す。
そして前衛の物化に対して「次は右!」と言う。
しかし物化はその場で大きく空振りし、バランスを崩して転ぶ。ボールは僕の足元付近に転がっていた。
……思った以上に運動神経が悪そうだ。
その後も度々御言が指示のようなものを口に出し、それは必ず的中するのだが、前衛の物化はまるで役に立っていなかった。
フォアに来れば空振り、バックに来たら体ごとボールにぶつかっていた。体当たり戦法というやつだろうか。全くもって駄目駄目である。
試合は11‐2で終わり、1年4組のチームが勝ち進むこともなかった。




