開幕
住み慣れた都会から離れ、列車に揺られて数時間。
平良和義は降りた駅のホームから出口へ向かう。
改札の向こうでは従姉の真白澄奈央が大きく手を振っていた。
和義は切符を取り出し、改札を潜って挨拶する。
「お久しぶりです」
「久しぶり。五年ぶりくらい?」
「小五の正月以来だから、四年半近くになりますね」
「そうかぁ。大きくなったね」
澄奈央は和義の肩や腕を触ったり、用意してきた飲み物を勧めたりと世話を焼く。
七歳の差がある澄奈央にとって、和義はまだまだ小さな子供である。とはいえ、中学を卒業した和義には流石に気恥かしさがあったが、お陰で不安がいくらか心の隅に追いやられた。
「このあたりも結構変わったのよ。大きな会館が出来たり、それから牛丼屋が出来たりね。娯楽が少ないのは相変わらずだけど」
「流行の最先端を追う人には少々物足りないのかもしれないけど、僕はこのくらいでも良いと思います」
「あとは、春に新しくマンションが出来たのよ。若い人が増えるのは良いことだけど、お陰で高校なのに編入生が何人もいて色々と大変なのよ」
付近の都市のベッドタウンとして発展したこの街は、人口に対して職場も娯楽も少ない。駅から少し離れると、高い建物といえばマンションの他には何もない。
「車、買ったんですか?」
「うん。可愛いでしょ」
落ち着いた白色のコンパクトカーが、駅のロータリーで輝いている。
和義は澄奈央の車の後部座席に荷物を置いて、助手席に乗り込みベルトを留める。
「それにしても、急な話で大変だったね。叔父さんは何て?」
「友達はよく考えて選びなさい、って…」
「……それだけ?」
「はい――」
和義がそれを知らされたのは、つい昨日の出来事だった。連休の中日に高校から帰った和義は、すぐにその違和感に気付いた。実際、違和感どころではなかった。全ての部屋の家具や家電が消え失せており、家はまったくのもぬけの殻になっていた。
何が何だか分からず、持っていた携帯電話で家族に連絡を試みたが応答は無かった。
代わりに、しばらくして父の秘書が現れ、和義を呼んで車に乗せた。
そして、引っ越しと転校についてそこで初めて知らされた。和義は彼を問いただしたが、秘書は何も聞かされていないの一点張りで、唯一、父から言伝されたことがその「友人を良く考えて選べ」という言葉だった。
結局その日は秘書に連れられるまま駅のホテルで一晩明かし、指示された通りに電車で伯父の家へと向かったのだった。
「……伯父さん達にはご迷惑をおかけします。澄奈央さんにも」
「うちの事はいいのよ。だからそんなにかしこまらないで。呼び方だって昔と同じで良いのに」
「流石にそれはちょっと……。それに、これから人前では『真白先生』って呼ばなきゃいけないでしょう? 今から少しでも敬語に慣れておかないと」
「和くんは相変わらず真面目ね」
澄奈央は週明けから和義が編入をする高校の新任教諭でもある。
「澄奈央さんは、先生の仕事にはもう慣れましたか?」
「ううん、まだ全然ね」
澄奈央は笑って答える。
「何か僕にできることがあれば、遠慮なく頼んでください」
「と、言われてもねぇ――。あ、そうそう、最近仲良くなった女の子がいるんだけどね、良い子なんだけどなかなか友達が出来なくて……。良ければ仲良くしてあげてほしいな」
「はい、それで少しでも澄奈央さんの助けになるなら、」
そうしているうちに到着する。
国道からさほど離れない位置にある門から、右手には体育館、左手にはグラウンドあり、奥には三階建ての白い校舎と、オレンジの三角屋根の時計塔が見えた。
私立『靴間学院』。これから和義が通うことになる学校である。
「学校の下見がしたいなんて、ホント和くんは真面目ね」
「すみません。編入前に一度くらいは見ておきたくて」
グラウンドでは部活動中の生徒がランニングやストレッチをしていた。体育館からは元気そうな掛け声が聞こえ、正面の校舎からは金管の音色が響いていた。
この、ごく普通の私立高校にて、和義を待ち受ける試練は静かに幕を切った。