婚約者と親友のキスを見てしまった。
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
婚約者と親友がキスをしていた。
婚約者と親友の裏切り――記憶結晶は、すべてを暴き出す
泥を塗られた信頼
魔術学園の最高峰「アイゼン学園」。
その北に広がる「嘆きの森」での課外授業は、私、エリス・ヴァレンシュタインにとって、人生の転換点となった。
「エリス、今日は君が全体の指揮を執れ。レオンとセリアは前衛だ。いいな?」
上級生クラウスの指示に、私は頷いた。
婚約者のレオン・アシュフォードは剣術の天才、親友のセリアは治癒魔術の聖女候補。
二人は幼馴染で、私を含めた三人は「学園の黄金トリオ」と呼ばれていた。
私は二人を信じていた。
レオンの背中を守るのが私の誇りであり、セリアの隣で笑うのが私の幸せだった。
だが、その信頼は、森の湿った空気の中で無残に砕け散ることになる。
聖域での密事
戦闘は順調だった。
私は後方で魔力経路を構築し、仲間にバフを付与する。レオンとセリアの連携は相変わらず見事だ。
だが、ふと違和感を覚えた。
前衛の二人が、索敵範囲の死角となる大岩の陰へと誘い合うように移動したのだ。
「……? 討ち漏らしかしら」
私は魔力陣の維持を仲間に任せ、補給用の水を汲む名目で、音を消して二人を追った。
そこで目にしたのは、魔物との戦いよりも熱い、背徳の光景だった。
レオンがセリアの腰を引き寄せ、セリアはその首に腕を回している。
二人は、深く、貪るように唇を重ねていた。
「レオン……エリスにバレたらどうするの?」
「あんな真面目すぎる女、気づきもしないさ。
政略結婚の道具としてキープしているだけだ。
俺が本当に愛しているのは、幼い頃からお前だけだよ、セリア」
心臓が氷に浸されたような感覚。
だが、私は悲鳴を上げなかった。
ヴァレンシュタイン公爵家の令嬢として叩き込まれた「冷静な判断力」が、私の脳を急速に冷やしていく。
(……そう。なら、望み通りにしてあげるわ)
私は静かにその場を離れた。怒りで手が震えていたが、それ以上に「どうやってこの代償を払わせるか」という計算が頭を支配していた。
完璧な「記録」
私は戦場に戻ると、設置された「記憶結晶」の位置をさりげなく微調整した。
この魔道具は戦いの記録用だが、私の特技は「広域魔力探査」。
結晶の記録範囲を、あの大岩の陰まで「偶然」拡大投影させる術式を、誰にも気づかれぬよう組み込んだ。
「エリス、戻ったか。指揮を再開してくれ」
レオンが平然とした顔で戻ってくる。
その唇には、つい数分前まで親友と共有していた熱が残っているというのに。
「ええ、完璧にこなすわ。……レオン、あなたの指輪、少し光が鈍いわね?」
「あ、ああ、戦闘で魔力を消費したからだろう」
嘘つき。
私の婚約指輪から繋がる魔力パスが、彼からセリアの方へ流れ出しているのが視覚化できる。
彼はセリアに自分の魔力を分け与えていたのだ。婚約者の私に隠れて。
公開処刑の幕開け
三日後。大講堂にて、課外授業の「総括評価会」が行われた。
全校生徒と教師陣、さらには視察に来た騎士団幹部までが揃う大舞台だ。
「今回の最優秀グループは、ヴァレンシュタイン嬢が指揮した第七班だ。
記録映像を見ながら、その卓越した連携を確認しよう」
学園長が宣言し、巨大な魔術スクリーンに記憶結晶の内容が投影される。
最初は華々しい戦闘シーンだ。レオンの剣が舞い、セリアがそれを支える。
会場からは感嘆の声が上がる。
そして、運命のシーンがやってきた。
二人が岩の陰に消え、私は「水を汲みに行く」と言ってフレームアウトする。
「おや、ここから先は死角のはずだが……」
教師が呟く。
だが、私の細工により、映像は鮮明に「岩の裏側」を映し出した。
会場が静まり返る。
レオンがセリアの頬を撫で、エリスを「真面目すぎるだけの女」「結婚の道具」と吐き捨てる声が、増幅術式によって講堂の隅々にまで響き渡った。
「っ!? な、なんだこれは! 止めろ! 消せ!」
レオンが叫び、立ち上がる。セリアは顔を真っ白にして震え出した。
だが、私はあらかじめ投影機にロックをかけていた。解除できるのは、私か学園長のみだ。
奈落への突き落とし
「あら、レオン。これはどういうことかしら?」
私は凛とした声で、震える二人を見据えた。
「学園の規律違反。それ以前に、ヴァレンシュタイン公爵家への侮辱……そして、私という婚約者に対する裏切り。
証拠は、今ここにいる数百人の目撃者、そしてこの消せない記録です」
「エリス、違うんだ! これは、魔物の精神攻撃による混乱で……!」
見苦しい言い訳をするレオンに、私は冷笑を浮かべた。
「精神攻撃? 記録を見なさい。
あなた、セリアに魔力を供給しているわね。
婚約指輪の誓いを破り、他者に魔力を横流しするのは『契約魔術の違反』にあたる。……学園長、この不浄な指輪、今すぐ返上させていただきます」
私は左手の指輪を、レオンの足元へ投げ捨てた。
「レオン・アシュフォード。あなたとの婚約を、この場を以て破棄します。
理由は『不貞行為』および『魔術契約の重大な不履行』。当然、我が家からの多額の支援金も本日で停止、過去の投資分については賠償請求をさせていただきますわ」
レオンの顔が土色になる。アシュフォード家は、ヴァレンシュタイン家の支援なしには明日にも破産する没落寸前の貴族だったのだ。
「セリア、あなたも。聖女候補としての推薦、私が父に頼んで取り消しておいたわ。不倫を行う者に、神聖な魔力は相応しくないものね」
「そんな……エリス、嘘でしょ……?」
セリアが泣き崩れる。だが、かつて彼女に向けていた慈しみは、もう一滴も残っていない。
新しい光
騒動の末、レオンとセリアは学園を去ることになった。学園の記録に「不貞による懲戒」が刻まれた彼らに、まともな就職先などないだろう。レオンの家は爵位返上を迫られ、セリアは平民に身を落としてレオンに縋りついているというが、お互いに「人生を壊した相手」として憎み合っているという噂だ。
一方、私は。
「エリス。次回の合同演習、また君に指揮を頼みたい。君のような冷静な判断力を持つ指揮官を、騎士団は求めているんだ」
上級生のクラウスが、晴れやかな笑顔で私に声をかけてくる。
私の左手には今、自分自身の魔力だけで淡く輝く新しい指輪が光っている。
「ええ、喜んで。次はもっと、面白い『記録』が取れるかもしれませんわね」
私は優雅に微笑んだ。
もう、誰かの供給する光に頼る必要はない。
私自身の魔力が、私の未来を一番美しく照らしているのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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