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9.身にまとう皮


翌朝、街の様子は一変していた。

昨夜の時点で飾り付けは終わっていたが、今日はそこを歩いている街の人々まで煌びやかに飾り付けられているのだ。

ある者は獣、ある者は花、ある者は海を思わせる色彩の顔料。

白色の医療都市が滲色に染められていく。

「紐じゃん!」

レイモンドに渡されたのは武器を固定するためのベルトと、水を吸収しやすい素材を思わせる短いズボン、それから膝までを包むような網目のサンダルだ。

最後に用意されている、赤い装飾が派手な帽子も気になるが、手甲もサンダルも、つける意味があるのかという頼りない装備だった。

「せっかくの若い肉体なんだから、見せつけないと」

「そうそう、ハンターの傷跡は名誉の証」

「見せびらかすのが当然なんだから」

言って、少女たちはレイモンドの狩人の装束を手慣れた手つきで剥ぎ取った。

足に、腕に、装備を付けられながら、昨日の採寸を思い出したレイモンドは、ぎゅっと眉間にしわを寄せて最後にこれだけは、と叫んだ。

「採寸した意味!」

嘆くレイモンドだったが、周囲も珍妙な格好をしているのを見れば、中々に似合って見えてくるのだから不思議だ。

素敵です、と本気か社交辞令か判断に困る賛辞を得て、疲れた顔でレイモンドは武器を背負い、着替えが入った籠と対応した番号の木札を受け取った。

ギルドの待合室の一角をパーテーションで仕切ってできた簡易の更衣室から出ると、同じく派手な衣装を身にまとった同僚らしき青年たちが、力自慢をするように衣装を見せ合っている。

「中々に似合ってるじゃん」

声に振り返れば、フランカがいつもの格好で立っていた。

お前は、と聞けばこれから着替えるのだという。

「よく一晩でこんな…」

「一晩だからじゃない?本来はもっと事前に採寸するんだよ」

「あー…」

レイモンドはようやく、得心がいった。

布を縫い合わせる時間もなかったのかもしれない。

別に我々の裸体が見たいわけでは決してなく。

と、隣の仕切りからのっそりとジョンが現れる。

彼はレイモンドの方を向くと珍しく驚いたように目をむいた。

やっぱり、どこか妙なんじゃなかろうか。

「素敵な赤銅色の御髪から火の鳥をイメージしてみました。もう少し時間があれば尾羽も作れたんですけど」

「そっちもすごいことになってるな」

ジョンを見れば、上半身には鱗を思わせる帷子の装束に、首の周りから肩にかけて水しぶきのように数珠つなぎの網目模様が走っている。

腰には光の加減で虹色にも見える不思議な布を緩くまきつけていて、脚絆には余裕のある布を膝に紐で巻きつけ、レイモンドのものと似たようなサンダルに足首でまとめるというふわふわした造りだ。

「ジョンさんは優勝常連さんでもあるので、毎年モチーフは「海竜王」なんですよ」

説明するスタッフの横で、禍々しい銀面と、鰭を思わせる髪飾りを纏ったジョンが、じっとりとした視線を寄越すのだった。

エントリーは済ませていると言われて、他のハンターと共にぞろぞろと連れ立って入り江に向かう。

ジョンを囲む他のハンターたちは、伝説を囲ってどこか誇らしげな顔だ。

海竜王の衣装を身にまとうジョンを目にした街の人たちは、歓喜の声で一同を送り出してくれた。

砂浜にある受付でエントリーの確認と配置の確認をする列に加わって待っていると、そこへいつもの真っ白な装束を身に着けた一団が現れた。

「相変わらず珍妙だな」

集団の先頭に立つ、白いハンター服の集団で一人だけ権力を示すように色の違う黒を纏った男が、衣装をまとったハンターを前に、揶揄うでもなく嫌悪の表情を見せた男は、まるで醜悪なものを見たとでも言いたげに不機嫌な様子で受付を素通りした。

「なんだよあいつら」

レイモンドの独り言のような言葉に、側に居たハンターの一人が応えてくれる。

「大会に衣装の規定がないからって、毎年ああやって教会の装束で参加してるんだ」

「大会じゃなくて祭事だっての。わかってねぇんだよ」

「衣装を馬鹿にして、豊穣祭を教会の催しにしようとしたってそうはいかねぇ」

彼らの憤りはもっともだ。

そう言えば、大会で優勝した獲物ですら、やつらに持っていかれているという話を思い出す。

「行事をのっとるつもりか」

「だろうな」

け、と吐き捨てるハンターの男は、ねめつけるような視線を大会関係者に向ける。

「祭事を管理するやつらも、年々教会の息がかかってきてる。早いところ手を打たないと、そのうちこっちの衣装が「違反」になっちまう」

教会の信徒たちは、ハンターたちより先に浜へと通された。

門を開いたのも同じ装束の男だったので、もはや不正でもなんでもないのだろう。

先頭を歩く白銀の髪を緩く後ろで結んだ姿に、先日邂逅したテレサという青年を思い出した。

「教区長お気に入りの双子で有名でな。覚えといた方がいいかもな。教区長の命令で実際に信徒を動かしてる筆頭の兄貴テレサと、教会の牙とか名乗ってハンターのまねごとしてやがる連中のリーダーで弟のガラテアだ」

ハンターからの情報を頭に入れながら歩いていたレイモンドに突如、冷たいものが浴びせかけられる。

「わ、つめた…生臭っ」

身にまとわりつく粘度を持ったそれの冷たさに身をすくめたのもつかの間、立ち上る魚のような匂いに思わず叫んだ。

直後、もう一発とばかりに同じものが浴びせられる。

「撥水油代わりさ。露出してるとあぶないからね」

「せっかくの衣装がっ」

「気にしないでください。祭りの衣装は破られるためにあるようなものですから」

見物人用の柵に寄り掛かるように、歓声を上げる客たちの中に、フランカと衣装を作ってくれたあのスタッフが居た。

「たくさん破られた方が、今年一年の災厄の身代わりになってくれたってことで、縁起がいいんですーっ!」

人の流れに押されて遠のくレイモンドに届けるため、声を張り上げる少女に、聞き届けたことを知らせるために手を振り上げ礼を言った。

「なるほどねぇ」

改めて己の衣装を見下ろせば、頼りないと思っていた部分がどれも少女たちの祈りのように思えてきた。

ふと前を見れば、まったく濡れていないジョンの姿。

「アンタってさぁ」

胡乱なレイモンドの呼びかけに、ジョンが飄々とした態度で目線だけ寄越してくる。

「わかってるよ。どうせアンタは「当たらなけりゃ問題ない」もんな」

ジョンにオイルは必要ない。

全てを防ぎ、避ける技術があるのだから。

身代わりにする必要もなく、汚す必要などないのである。



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