8.港町の医療都市
疲れ切った様子のアイゼンの肩を叩いて、ジョンは席を立った。
ちょうどよく、ノックの音が響いて秘書のメリダが顔を見せる。
「お連れ様がお待ちです」
おおそうか、と気持ちを落ち着けたアイゼンに見送られて、ジョンは部屋を出た。
去り際に秘書から、
「私も期待しております」
と声をかけられて不思議に思ったが、階段を降りてすぐ、助けを求めるレイモンドの声とその周囲を見て、理解した。
「ジョン、助けて!なんかこの人たちが採寸って、いたたたた」
「はい、背筋伸ばして、動かないで。次は左腕」
「あらまぁ、意外と逞しいのね。着やせするタイプだわ」
「きゃ、当日が楽しみね」
黄色い声を上げる少女たちに羽交い絞めにされて、レイモンドが苦しんでいる。
それを楽し気に眺めていたフランカが、豊穣祭の衣装作りだよ、と説明するのに、ちょうどそんな時期だったか、と一人納得した。
「だから、豊穣祭ってなに?俺は今、何をされてるの?」
「豊穣祭ってのはこの港町に古くから伝わる、豊漁を祝うお祭りだよ。最近は教会の手が入って色々様子が変わってるけど、まぁ、派手な衣装を着て、騒ぎまわる楽しいお祭りってところは変わってないかな」
フランカの言葉に続いて、受付の待機所に居たハンターの一人が説明に加わる。
「メインの催しは狩猟祭だな。この街特有の三日月江っていう広い干潟があるんだが、そこに近海の獲物を追い込んで狩るんだが、一番大きい獲物を仕留めたやつには賞金も出るんだ」
「去年は教会のハンターたちに大量に持って行かれちまったからな。今年こそはギルドのハンター面目躍如させてやるぜ!」
おおお、と雄叫びを上げているハンターたちを前に、レイモンドは、それとこれにどんなつながりが、と首をかしげている。
「今じゃ優勝者が捕えた獲物は教会の奴らが供物として回収しちゃうけど、昔は参加した皆でその日のうちに調理して食べてたんだ。自然からの贈り物だってね。だから、自然からの贈り物を届けるハンターは自然の使者。精霊っぽく飾り付けられた衣装を着て狩猟するのが伝統だよ」
「ああ、それで…」
「今年はジェイもいるからな!優勝は間違いないぜ!」
「ジョンは出た年は必ず優勝してるもんね」
「えっ」
驚愕の顔で振り返るレイモンドに、ジョンはそうだっただろうか、と斜め上を見上げて記憶を探る。
しかしすでにギルドの受付嬢が、去年までの記録です、と資料を広げてレイモンドに見せた。
わ、すげ、ここもだ、ジョンの名前を探して嬉しそうにする横顔を眺めていると、レイモンドの採寸を終えた少女たちが今度はジョンの肩を叩いた。
「去年までの衣装で出ようとか、考えてませんよね」
「祭り衣装は毎年新調するのがお決まりです。さぁ!」
採寸道具を見せつけてくる少女たちを前に、ジョンは大人しく両手を広げて足を肩幅に開く。
抵抗など、無意味であるのをこれまで何度も思い知らせてきたのだから。
「あ、そういえば」
と、少女たちにまとわりつかれて、目を閉じ心を無にするジョンを眺めていたレイモンドに、フランカが声をかける。
「君の部屋、ジョンと同じでいいかな。祭りの時期だから宿は取れないだろうし、ギルド所属のハンター寮はちょうど今、いっぱいらしくてさ。受付嬢の子たちが小まめに掃除してくれてるから、すぐに使えるはずだよ。寝具は森で使ってたのと同じ吊り下げ式のが、こことここの柱につなげられるから」
「これが、部屋…」
部屋と言うべきか、小屋と言うべきか、雑多に物が並ぶそこは、むしろ通路と言っても通じるぐらいの、薄暗い部屋だった。
「こっちがギルド専属の鍛冶屋、こっちが裏に出るドアね」
「ああ、なるほど。便利なのね」
外に出られる方のドアの外には、乗って来た愛獣がすでに繋がれていて、積まれた餌と水とを補給していた。
「そんじゃまぁ、とりあえず食べますか!」
言って、連れ出された街は、文字通り「お祭り騒ぎ」だった。
飾り付けに灯りがともされ、出店から料理の煙が昇るとそれだけで祭りの様相を呈す。
煌びやかな街の様子と、楽し気な人々の声を聞きながら、フランカは街の中央広場へと二人を案内した。
長椅子と机が大量に用意されたそこでは、街の人だけではなく、旅の商人らしき人達も、料理を楽しんでいるのがわかる。
フランカが二人を案内したのは、そんな広場の中央、まさに料理人たちが調理しているのを間近で見られる特等席のカウンターだった。
豪快に両断される肉、立ち上る炎、そして繊細な手つきで盛り付けられた料理が目の前へどっかりと差し出されるのを見て、森では食べられないだろう豪華なそれに、レイモンドは興奮冷めやらぬままかぶりついた。
「だぁ!食いすぎた!」
中央広場だけではない。
その後、フランカに屋台へと連れ出されたレイモンドは、街の端から端まで全て食いつくさんばかりの勢いで料理を押し付けられた。
頭の先からつま先まで、パンパンの胃袋になった気分だ。
「律儀に食べるんだもん。面白くなってつい」
悪びれなく言うフランカの隣で、ジョンも呆れたような目で見てくる。
食事は残すなと教えた張本人のくせに。
祭の喧騒から外れた裏道で、夜風にあたる三人の元へ、鈴を転がすような可愛らしい声が響いた。
「ミレーネ!」
「フランカ!それから、おじさまも」
柔らかい踊り子衣装に身を包んだ少女は駆け寄ってくると、勢いのままフランカへと抱き着く。
「こちらの方は?」
「ジョンの弟子。新しく入ったハンターなんだ」
「レイモンドです」
「ミレーネです。よろしく」
腕を広げられて、思わず答える。
ジョンやフランカよりも頭一つ分背の高いレイモンドと抱擁するには、レイモンドが少しだけ膝を曲げる必要があった。
ベルトや武器を繋ぐための金具が多い狩人の装束に気を遣うレイモンドに対して、ミレーネは恐れるわけでもなく、それでいてきつく抱き寄せるわけでもなく柔らかくレイモンドを抱擁する。
彼女の付けた花の髪飾りから、甘い香りがふわりと立ち込めた。
「もうそろそろ出番?」
フランカの問いに、そうよ、と明るく少女は笑う。
「明日の豊穣祭が上手くいくことを願って、入江で踊るの。是非、見に来てほしいわ」
「もちろん」
「じゃ、待ってるから!」
それだけを言うために少女は舞台の裏へフランカを探しに来たらしい。
いい子だろ、とフランカに言われて、レイモンドは曖昧に笑った。
フランカの案内で、明日の狩猟の舞台となる入江へ向かうと、そこは広大な砂浜に、両端が内側へ向かう、まさに三日月形の入り江だった。
月灯りに照らされて、潮が引いて浮き彫りになった干潟が青白く浮かび上がっている。
その干潟の中央に組まれた簡易の舞台で、少女は美しい歌声と共に舞い踊っていた。
舞台に煌々と照らされた松明の灯りが、レイモンドには彼女を必死に青白い月明かりから守っているように見える。
髪飾りを投げる演出で終えた舞に、見物人たちの歓声が沸き上がる。
そこに混ざるフランカの姿を目の端に捕えながら、レイモンドは傍らに佇むジョンへと、縋るように囁く。
「彼女、薬の匂いがした」
この街に充満する、万能薬の香り。
それを飲んだ者だけが発する独特の香りを、レイモンドの鼻が敏感にかぎ取っていた。
レイモンドを打ちのめしたのは、薬が彼女を蝕んでいるという事実よりも、それを聞いたジョンが、すでにそれを知っていて、どうすることもできないと言うように、目を伏せたことだった。




