6.役目
森の隠れ家に帰り着くと、荷物を預けたテントの前でフランカが肉を焼いていた。
「おまえ…っ」
掴みかからん勢いで駆けだそうとしたレイモンドだったが、襟首をジョンに掴まれて踏みとどまる。
「知ってたな?!」
レイモンドの言葉に、事の顛末を予想したフランカが、あちゃー、とばかりに肩をすくめる。
「あいつら、来てたんだ?綺麗好きの医療教会があんな泥臭いところに出向くとはねぇ」
とぼけるような口調で続けるフランカに、今にも飛び掛かりそうなレイモンド。
いい加減にしろ、とばかりにレイモンドの肩を強く圧したジョンが、代わりにづかづかとフランカに歩み寄り、ずいと手を突き出す。
「はいはい、今日の報酬ね」
手に乗せられた、通貨の入った麻袋を懐に仕舞って、もう一度手を差し出す。
「こっちはレイモンド君の」
渡された麻袋を、振り返ることもなくレイモンドの方へ放り投げて、もう一度。
「……ギルドの所長から、あっ、ちょっと」
渋々と言った様子でフランカが懐から取り出そうとしたものを、ジョンはひったくるようにして奪った。
丁寧にリボンで閉じられた書状を開いて、素早く中身に目を通す。
ジョンの肩越しにのぞき込んでいたレイモンドも、ジョンの文字を追う目が止まったのを確認すると、かして、と書状を奪いとる。
「…この事案に関し状況報告のため、ジョン・ジャック・ジェイムソン及びレイモンド・エルドラの両名はすぐさまギルドへ帰還し所長に謁見すること。なんだよこれ。えらそうに」
「ギルドの所長なんだからえらいんだよ」
呆れたようにフランカが言って、今にも手紙を投げ出しそうなレイモンドの手から書状を回収して綺麗にたたみなおす。
「まぁまぁ、その話はほら、ご飯でも食べながら、さ」
言って、フランカは焚火の方へと二人を促した。
装備をいつもの狩人の装束に着替えて、三人は焚火を囲んで食事を始める。
「本来はギルドで依頼を受けてからじゃないと狩りはできないんだからね。獲物を狩ったあとで依頼書と見比べて該当のモンスターを探すなんてのは、ジョンだから許されてる裏技なんだよ。君も講習で習っただろ」
「習っ…たような」
「アタシみたいな専属連絡員つけて、依頼を代行してもらうなんて超特別待遇なんだから!」
フランカの、愚痴に近い説教を懇々と食らうレイモンドの隣で、ジョンは何かを考えるように一点を見つめながらスープを啜った。
焚火の灯りに照らされたその横顔からは、彼の思考までは読めない。
考え込む様子のジョンに、フランカは真剣な様子で念を押す。
「教会が動いてる。今回ばかりは、逃げられないよ」
逃げる、と聞いてレイモンドも不安げにジョンを振り返った。
ジョンの実力があれば、どんなモンスターが跋扈する危険な地域でも、こうして一人で生きて行けるだろう。
彼を街に繋ぎ留めているものが何なのか、レイモンドは知らない。
「明日、街に戻るの?」
ジョンを探せというギルドからの依頼を受けてから、彼は一度も街へ戻っていない。
レイモンド自身、ジョンを見つけたという、依頼達成報告をするために、一度街へ戻らなければならないことは明白だった。
明日でいいのか、もっと日付を開けて、そう、例えばあの夫婦竜の卵が無事孵るまで見守ってからでもいいのではないかという気持ちで尋ねたレイモンドだったが、どこか一点を見ていたジョンが、しっかりとこちらを振り返って力強く頷くのを見て、大人しく分かった、と返す。
「荷物まとめるの手伝うよ。素材とか売って、直す道具も持って行かないとね」
そうと決まれば、覚悟を決めて気持ちを切り替える。
食べ終わった串と皿代わりの葉を焚火に放り投げて、レイモンドは愛獣の鞍に取り付けられるかばんの口を広げた。
医療都市。誰がそう呼び始めたのかわからないが、そこは神秘の残る、古代遺跡の上に建てられた隔絶された街だった。
火山活動の残る山脈によって内陸と隔てられ、海からしか接続できない交通と、その唯一の連絡手段である近海にすら危険なモンスターが蔓延るこの街へ、けれど人は安らぎを求めて押し寄せる。
どんな病でも直せる万能薬。
決して街の外へは持ち出せない、神の御業を謳うその薬を求めて、人々は荒波へと身を投げ出すのだ。
「ただいまー!」
フランカの元気な声に、受付から歓声が上がった。
直後、後ろに続いたジョンとレイモンドを見て、ギルド受付の掲示板を見たり、依頼を共同でこなす仲間を集めるために待機していたハンターたちにどよめきが広がる。
おいあれ。まさか嘘だろ。ジェイじゃないか?
囁くような声が届いているのかわからないほど迷いない足取りで真っ直ぐと受付へ向かうジョンの後ろを、レイモンドは居心地悪く周囲に視線を走らせながら続く。
森から戻ってからの道中、街の入り口から道具屋に修理の依頼、ギルドに併設された武器屋に武器の研ぎを依頼するときですら、まるで死人でも見たような顔で歓迎された。
敵意や悪意ではないのがまだ救いだが、どこへ行ってもこれほどまでに噂の的になっているというのは、これまで隠れるように生きてきたレイモンドにとっても酷く落ち着かない。
「えっと、これは…」
ジョンから無言で書状を差し出された受付の少女が困惑する。
困惑する少女を前にしても、ジョンはただ無言で立ち尽くすのみ。
沈黙の威圧感に目が潤みだすのを見て、レイモンドが身を乗り出した。
「なんか、それに所長に会えって書いてあって…」
「伺っております。お二人ともこちらへ」
凛とした声を響かせたのは、階段から降りてきた真面目そうな女だった。
手には書類を持っており、凛とした佇まいは荒くれ者を扱うギルドに珍しくどこか品を備えている。
「私、秘書のメリダです。所長がお待ちです。こちらへ」
言って、受付の脇から中へと案内された。
すれ違ったフランカが、頑張ってね、と小声でささやき手を振る。
二階の一番部屋の奥に案内されると、そこには顔に時を刻んだ威圧感のある男が、窓辺に佇み外を眺めて待っていた。
「アイゼンハルト所長、お二人がお見えになりました」
「ご苦労、下がってくれ」
メリダがぴしりと頭を下げて部屋を出ていくのに合わせて、アイゼンはゆっくりと振り返り
「かけたまえ」
と二人を応接用のソファへと促す。
「ご苦労だったね、レイモンド君。初任務達成、まずはおめでとう」
「ありがとう、ございます」
「君にこの任務を与えた理由は、理解したかい」
「え…っと」
レイモンドはちらりと伺うようにジョンを見る。
ジョンもまた、探るような目でアイゼンを見ていた。
「おや、想像以上に仲良くなったようだから、どこかで察したのかと思ったが。彼は君の悲願、医療教会の秘密を暴くのに、とても重要な立場にあるんだ」
「えっ…」
「ジョンもまた、教会の被害者だ。彼は教会に竜の心臓を移植されている」
「……」
「聞いていたようだね。なるほど、ずいぶん気に入ったようだ」
アイゼンがどこか嬉しそうに笑うのを、レイモンドは背中に冷たい汗を滲ませながら、沈黙で答えた。
レイモンドが教会を憎み、悪事を暴こうとこのギルドへと登録したことは知られている。
だが、レイモンドの秘密がどこまで知られているかわからない。
それに、彼がジョンの秘密をどこまで知っているかも、レイモンドにはわからない。
迂闊なことを言えない状況に、レイモンドは必死にあの夜のことを思い出していた。
ジョンが唯一、己の言葉で、声で、語ってくれたあの夜のことを。




