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18.夢で逢えたら


躯を啜る獣は、レイモンドの一撃を受けて、びくびくと身体を痙攣させたのち、糸が切れたようにその体を横たえた。

にわかに立ち上る腐敗臭に、レイモンドたちは逃げるようにフランカの元へと向かう。

「あれについてはここから出たらギルドの調査員に頼んで回収してもらおう。欲しい素材があるなら持って行ってもいいけど」

「…どうする?」

レイモンドがジョンに尋ね、三人は揃って獣の遺骸を振り返る。

ジョンに視線を戻せば、少し迷って力なく首を左右に振る。

「ぱっと見、仕えそうな素材が無いから今はいいや。調べてもらってもし防具や武器に有用できそうなものがあれば、その時また買い取るよ」

「オッケー、じゃあそう伝えとく。それで、アンタらはどうする?もういいの?」

「いや、俺たちの用事がある場所は、たぶんあの向こう…」

言ってレイモンドが指したのは、三人が降りてきた道から廃棄所を抜けた先にある、岩に飲み込まれそうになっている、人口の扉だった。

戦闘中も、そして今も、レイモンドは鎌から、正確には鎌の刃に埋め込まれた宝玉から、共鳴する波動を感じ取っていた。

あの向こうに何かある。

フランカにここで待つよう頼んで、ジョンとレイモンドはゆっくりとその扉に近づいた。

「ここって、つまり、アレだよな…」

レイモンドの問いかけに、ジョンは小さく頷く。

父の手記に記されていた、竜の心臓の出処。

地下に広がる遺跡の奥深くに、それは眠っているらしい。

聖杯と崇め、大聖堂街に祭られる神体とは逆に、地下に封じるように埋もれるそれが生み出すものが竜の心臓と呼ばれ、適合者に埋め込めばそれは聖杯となり、竜血を生み出す装置となる。

レイモンドは、岩に飲み込まれて硬くなっている扉を、力任せに押し開けた。

足元を、冷たい何かが吹き抜けていく。

黒い岩に囲まれたその部屋で、黒い壁に飲み込まれるようにそれは居た。

身を丸め、まるで眠るように、いや、きっと眠っているだけのそれは、体表を覆い尽くす黒い岩に埋もれてなお、淡く白く輝く美しい身体で、ただ穏やかに目を閉じていた。

どくん、一際強く脈打った左胸に、ジョンの身体が思わず傾ぐ。

慌てて支えたレイモンドの肩を借りながらも、ジョンはそれに近づいて、手を伸ばす。

脈がどんどん速くなり、息が乱れていく。

震える指先がその体に触れた時、共鳴した意識の中に直接、記憶が流れ込んできた。


何度も身の内から奪われる分身。

それを埋め込まれたものは上層に眠るもう一頭の神体へと結合され、竜血を生み出す装置となる。


だがやがて、その聖杯にも限界が訪れ、絞り出す血の量は徐々に減っていく。


そうするとやつらは神体からその一部を削り出し、再びこの地でここへと埋め込み、新たなる半身が生まれるのを待つのだ。


何度も、何度も繰り返される略奪の円環に、強い悲しみがジョンの脳裏に流れ込んだ。

そうして流した彼女の涙は、美しい宝玉となって転がり、虫が、獣が運んだそれはやがて海へと転がり落ちて、深い海の底からジョンの元へとたどり着いたのだった。

断片的な追憶はジョンを通じてレイモンドにも流れ込む。

教会の非道の中で、レイモンドの父が泣きながら謝罪し、ジョンの身体へその一部を埋め込むところを見せられて、けれどそれは教会への憎しみで塗りつぶされていった。


ごめんなさい、という感情だけが、最後に残る。

ごめんなさい、と眠るその竜は涙を流す。


彼女はその体に子を宿し、生み育てる時にだけ目を覚ます。

それが彼女という存在なのだ。

しかし教会は彼女の半身である子を何度も奪い、人に埋め込み聖杯として利用している。

竜の波動を通じて、苦しむ子供たちの嘆きを感じて、それでも起き上がることができず、この場に横たわり、利用され続けていた。

母の無念が、全身を包む。


「もう、いいよ…」

思わずレイモンドは呟いていた。

何度も、何度も体を引き裂かれ、植え付けられたそれを、慈しみ育てた胎の子を奪われる痛みと苦しみを、ここで断ち切ると決めた。

「俺たちが、全部終わらせるから」

レイモンドが手を伸ばし、岩に飲み込まれた竜の頭の鼻先をそっと撫でる。

「だからもう、頑張らなくてもいいんだよ」

ありがとう。

指先から伝わる波動が、ゆっくりと弱まっていく。

悲しみに掻き立てられていた感情が、憎しみに支えられていた鼓動が、少しずつ穏やかに、優しく、弱まっていく。


あのこも、たすけて。


最後にそう願って、古代から生きる幻想の竜は、深い、深い眠りへとついたのだった。

「…っ、はっ」

ぜぇぜぇと乱れた息を整えながらレイモンドが目を開けると、そこは洞窟の中の眠る竜の前だった。

断片的な追憶の旅から戻って、流れ込んだ記憶の重さに痛む頭を撫でながら隣を見れば、同じ記憶を見たはずのジョンは、先ほどよりもずっと元気そうに自分の足でしっかりと立ち、決意のこもった視線を竜へと向けていた。

「一体どうなってるんだい?ちゃんと話してくれないなら…」

「わかってるってば。ちゃんと話すよ。話すけど…」

竜の躯の前で立ち尽くしていると、しびれを切らしたフランカが飛び込んできて、横たわる青白い竜に腰を抜かす。

すぐにギルドに報告して、隊を組んで討伐を、と逸るフランカを押しとどめて、何から話すべきかと頭をひねった。

助けを求めてジョンを振り返るが、彼は今まさに、その命の灯を終えようとする母に寄り添うように岩壁となった体にもたれかかっている。

「ギルド長にも話さなくちゃいけない、大事なことなんだ。だから、今は、もうちょっとだけ時間が欲しい」

誠実に、まっすぐな視線に、気を逸らせていたフランカが落ち着きを取り戻す。

岩壁に埋まる巨体を前に、竜の因子を持たないフランカは、何を受け取ることもできずただ、寄り添う二人と一頭を眺めるだけだった。



処理場の主の断末魔を見届けた影が、誰に見つかることもなく暗い洞窟を駆け上がる。

数ある入り口、あるいは出口の中から慎重に道を選び、誰に見つかることもなく上層街へとたどり着く。

陰に徹するその男が通る道の途中には、血族のみが立ち入ることを許された「食堂」があった。

狂気の滲む高らかな笑い声を響かせながら、血族たちは食卓に投げ出されるそれを弄ぶようにかじりつき、舐めまわし、貪っている。

竜血を好むその血族は、万能薬を精製するために濾過機となった適合者がため込んだ「毒」こそが御馳走だった。

聖杯から滲み出た高濃度の竜血を注がれ続け、万能薬となる血液を抜かれる濾過機には、徐々に毒が溜まり続け、いよいよ濾過できなくなった者からこうして彼らの食料として食卓に並ぶのだ。

「もう…やめ…」

食卓の上を這いずりながら涙を流すそれにまた一人、噛みついた。

群がる血族たちが食事を終え、食べ滓となったそれはしかし、小刻みに震えながら虚ろな目をして身を投げ出したまま。

感情を無くした使用人が、人形のような仕草で軽くなったそれをワゴンに乗せて片付ける。

毒が抜ければ、再び濾過機としての仕事が待っているのだ。

大聖堂街の地下には、鳴りやまぬ慟哭が響き渡っていた。


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