表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/20

12.滲みだす毒


「倒れたって聞いてすっ飛んできたんだけど、なんでそんな元気そうなの」

呆れとも怒りともとれる声で言うレイモンドに、ジョンは一瞥だけを返した。

その身はすでにいつもの狩り装束へと着替えていて、まっさらなままの祭り衣装は無造作に床に投げ捨てられている。

手甲を締め直し、いつもの大楯を背負ったジョンは、咎める視線を投げてくるレイモンドの手に握られたままの、乳白色の宝玉を指した。

「ああ、これ?なんか、そこの鍛冶屋の爺さんが、俺に預けてくれれば最高の武器に仕上げてやる、って豪語してたけど、一応あんたにも確認してからにしようと思って」

そこの、と言えばギルド直属の鍛冶屋だ。

医療教会の息がかかった街の鍛冶屋よりは信用できるが、如何せん少しばかり危険な代物でもある。

ジョンは自分の思い描いている人物と、彼の言う人物が同一の者か確かめるためにも、レイモンドが寄り掛かる入り口を抜けて隣の鍛冶屋を訪ねた。

「やっときたか。相変わらずマイペースな男だな」

老齢な職人然とした小柄な鍛冶屋は、ジョンを見るなり悪態をついて、その後ろをついてきたレイモンドの手にある宝玉をちらりと見る。

「お前が卸したありゃあ、本来なら深い海の底でしか生きとらんような珍魚だ。それがどうして、それを偶然拾っちまったばっかりにおかしくなって飛び出してきたらしい。海の塵食ってるような奴が巨大魚の腹を食い破るなんて聞いたこともねぇよ」

「……」

「やつらが躍起になって掘り返してる地下にいるアイツの落とし物なのは明白だわな。それは似たようなもんくっつけられたお前さんが一番よぉく、わかっとるじゃろ」

鍛冶屋の老獪は改めて宝玉をじっと見つめた。

そこには、確かな憐憫がある。

「悲しい色をしとる。それはアイツの涙じゃろうて」

「あいつ、って…」

話についていけないレイモンドが尋ねるが、丸っきり無視して二人は二人だけの言葉と目線で通じ合った。

「任せてくれりゃあええ」

その言葉を聞いて、考えるようにジョンはしばし俯いた。

今も宝玉から感じる、悲しみの波動に共鳴するように疼く胸をひと撫でして、決心したようにレイモンドを振り向き、渡せと言うように顎で指した。

「…はいはい」

全く納得いかないという態度でしかし、レイモンドは大人しく宝玉を鍛冶屋に渡す。

お願いします、と一言添えたレイモンドに、鍛冶屋は満足そうにうん、と頷いた。

「お前さんの狩りはみたよ。鋭くて柔らかい、いい狩りだ」

「はぁ…」

「二日たったら取りにおいで」

言って鍛冶屋はさっさと工場の方へと引っ込んでいく。

何だったんだとジョンを見たが、予想通り、答える気はないようだ。

体調について尋ねたところで答えは同じだろう。

何もかも納得いかないことに不満げに手を頭の後ろで組んでいたレイモンドだが、ジョンの視線が自分の身体に注がれていることに気づいて、己の格好を思い出す。

「あ、そうだ。俺も着替えてくる」

慌ただしく部屋へ飛び込み、いつもの装束に着替えると、自分とジョンの衣装を抱えて戻って来た。

大人しく待っていたジョンと共に、中央公園へと向かえば中央には巨大な篝火がたかれていて、次々と衣装が放り込まれている。

「潮鳴りの儀つって、海の神様に自分の衣装を身代わりの供物として捧げるんだって。俺も入れてくる。受付の近くでフランカが待ってるから先に行ってて」

指示通りジョンが受付に向かったのを肩越しに確認しながら、レイモンドは篝火に近寄り、巨大な盆に大量の薪と燃焼材を注ぎこんで燃え上がる炎の中に、自分のものとジョンのものをまとめて放り込んだ。

他の人の燃え滓の上に折り重なったそれは、もとより燃えやすい素材だったのか、あっという間に炎に溶けて黒い灰となり、羽飾りは炎を纏って空へと舞った。

喧騒の中を歩くジョンは無意識に首元を撫でる。

いつもの装束は口元を覆う布が肩まで伸びているので、すでにそこは布に隠されているが、着替える直前、剥ぎ取り用の短刀の反射で確認した首元にはもう、教区長の痕跡は残っていなかった。

一方、衣装を着ける際には隠されていた包帯の下には、先日レイモンドに差し出した時の噛み痕がまだくっきりと残っている。

この差を、教区長の技量とするべきか、ジョンの回復力を上回るレイモンドの牙と取るべきか、ジョンにはまだわからない。

一際騒がしい声に顔を上げれば、酒屋のステージでミレーネが躍っていた。

ふわふわと揺れるスカートに、遠い記憶が呼び覚まされる。

ジョンの母は旅の踊り子だった。

旅の途中で立ち寄った街で、一夜だけの関係を持った男との間にジョンを身籠り、男から金でも気持ちでもなく、たった一つの小さな鳥のエンブレムだけを盗んで去った。

「あなたの父は鳥になったの」

繰り返しそうジョンに伝えた母の真意を知る前に、母は病気でこの世を去った。

一座はジョンに母と同じ仕事を求め、けれどジョンがそれを拒否すると、あっけなく一座から追い出した。

あれを家族と呼ぶべきか、ジョンにはわからない。

受付が近くなると、フランカの珍しく苛ついた声が聞こえて、思考が霧散する。

「そんなバカなことってないでしょ。あ、ジョン、聞いてよ。アンタの獲物、計測不能で失格だって!優勝はあの教会の牙だって!信じらんない!」

「ご、ごめんなさいぃ」

受付で泣きべそをかいている青年に見覚えを感じて、片目を閉じて記憶を探る。

ああそうだ、先ほどの狩りで崩れると慌てていた計測係だ。

「そりゃ質量はアイツの方がでかかったかもしれないけどさ、長さはアンタのだって負けてなかったし!」

そうだったかともう一度記憶を探る。

確かに長大ではあったが、腹の中に潜んでいたのだから主より大きいという道理はない。

元よりジョンは、腹の中にあった宝玉の気配に狙いを定めていたので、獲物の大きさというのはあまり気にしていなかった。

「まぁまぁ、あの場であの技を見てた人達なら、どっちが優勝かは一目瞭然なんじゃない?」

そこへ追い付いてきたレイモンドが声をかける。

「神様への奉納なんだから、人の物差しで測ったってしょうがないでしょ」

なおも「でもぉ」と納得いかない声を出すフランカだったが、改めて何の感情もないジョンの様子を見て毒気を抜かれたのか、肩を落として、わかったよ、と同意した。

なんどもありがとうと頭を下げる計測係の青年に軽く手を振って離れようとした一同を、受付係が止める。

「待ってください!レイモンドさんには賞品出てます!」

「俺?」

「はい。二位の報酬、お食事券!」

「おお、やったぁ」

紙の束を渡され、素直に喜ぶレイモンドの横顔を見て、なるほど、二位でこれほど喜ぶのなら、一位の報酬を狙ってやればよかったという気持ちが一瞬湧く。

「じゃあ今回は俺の勝ちね」

ふふん、と勝ち誇ったような小憎たらしい笑顔に、先ほど一瞬だけ湧いた温かい感情は広い海原へと流れていった。

数日間の猶予がある食事券をしかしレイモンドは気前よくその場に居たギルド職員や街の人たちと分け合ってその日のうちに使い切ることを選んだ。

祭が終わればまた森に帰るつもりでいるレイモンドにとって、街でしか使えない期限付きの通貨は、やがて崩れる金貨と同じなのだ。

日暮れと共に篝火の灯りが増して、酒の入った海の男たちの大合唱が広場を包む。

誰からともなく踊り始める陽気な姿を、レイモンドはジョンと共に隅の方で眺めていた。

「元気な街だな」

返事が返らないと知っていながらも、語り掛けることをレイモンドはやめない。

ジョンが、聞いてくれていると、知っているから。

「医療都市なんて嘘みたいだ」

祭りの喧騒は港町特有の活気を孕んで、そこに営む人々の熱量を確かに伝えてくれる。

けれどレイモンドは、街の中に幾度も医療教会の影を見ていた。

治療に使われる万能薬の小瓶。

街のいたるところに警備として佇む教会の狩り装束を纏った男達。

運営のテントに記された教会のシンボル。

医療教会は、すでにこの街にしっかりと根付いている。

レイモンドを絶望させたのは、豊穣祭の主催としてあいさつした教区長の姿でもなく、横柄な態度でギルドを威圧してくる教会の牙達でもなく、咳込む老婆に教会の装束を着た者が当然のように万能薬を渡し、施しを受けた老婆が心の底から礼を言っていたのを見た時だった。

潮風に乗って、街を満たす万能薬の匂いが街を覆い尽くしているのを、レイモンドは否が応でも確信してしまう。

もう、個人の力ではどうすることもできないところまで来てしまっているという事実に打ちのめされて、篝火に揺れる憂いを湛えた横顔を見て、ジョンもまた、一つの決断を下した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ