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10.欲に群がる獣

教会側の行き過ぎた配慮で、順番に砂浜へと降りた教会とギルド、両者のハンターだったが、結局のところ、広い砂浜で場所の取り合いが発生するようなこともなく、中央からまばらに広がって、祭りの始まりを待つ形となった。

中央に陣取ったのは、先ほど凍てつくような目でギルドのハンターを見下ろした、ガラテアだ。

その少し離れた隣にはジョンが静かにたたずみ、レイモンドはそこからさらに後方へ下がった場所に陣取った。

教会のハンターとギルドのハンターは互いに睨み合うようにして入り乱れている。

離れた場所から様子を見ていたが、ジョンは特にガラテアを機に欠ける様子もなく、ガラテアの方もジョンや周囲に特に興味がある様子は見えない。

双子と聞かされてみればなるほど、凛とした佇まいと他者を寄せ付けないゾッとするような美貌が見て取れる。

白銀の髪を後ろで緩くまとめているのも、同じ。

真っ白な装束は、教会を思わせる装束だが、テレサが来ていたものとは少し違った。

どうやら教会には、狩りをするためだけの牙という部隊が居て、ガラテアはそのリーダーとして黒い装束に身を包んでいるらしい。

機能美を追求した結果、どこかギルドの狩り装束と似通った造りをした教会の狩り装束は、テレサたちが来ていた肩を覆うようなケープの外套ではなく、返り血を防ぐ厚手のコートと、狩り道具を繋げられるベルトを要した機能的な服だった。

教会を大聖堂街にある大鐘楼が大きな鐘の音をとどろかせる・

波と風と、鐘の音と観客たちの囁きとが入り混じって聞こえる灰色の干潟に、静かな祈りが響き始める。

教会の狩人達が唱える、地を這うような重たい祈りの声は、重なるようにして広がった。

遠くで金の音が聞こえる。

ボォォオオオオオオっー

遠洋から、空気を震わせる騒音と呼べるほどの音量で汽笛が轟いた。

水柱がいくつも上がり、穏やかだった海が白く泡立ち始める。

来るぞ、だとか、来た来た、という興奮する声は誰のものか。

やがて地が揺れ、飛沫を散らしながら、海からそれはやって来た。

「あれ、全部かよ…」

海面を埋め尽くす小さな魚が、それを追うようにして大型が、大型すら逃げ惑うような獣と呼べるほどの巨大魚が、三日月江に押し寄せてくる。

「小型は無視しな」

「ほっといても死ぬからな」

「でっけぇ奴だけ、仕留めりゃあいい」

周囲に居たハンターたちからの助言を聞いているうちに、最初の一派が押し寄せ、小型の魚が足の間をすり抜けるようにして砂浜を駆け上がった。

波が引くのに合わせて、小魚の群れが引き戻され、それを乗り越えるように少し大きな魚が乗り上げてくる。

続く大型はしかし、もはや群れとは言い難く、小型、中型の魚をかき散らすように暴れまわっていた。

昨夜少女が華麗な舞を見せた舞台が叩き壊されるのを、ハンターたちは冷静に見守っている。

やがて、獲物と呼べるような大きさの魚群が浜に押し寄せてきた。

「俺の獲物だっ」

「どけぇ!」

怒号が響き、それぞれが思いのままに魚たちへ殴り掛かる。

波と魚群に足元を取られながらも、レイモンドは武器を構えて勤めて冷静に辺りの様子を伺った。

ジョンも、ガラテアもまだ動く様子はない。

レイモンドは飛び掛かってくる小型の、といっても人の背丈はありそうなほどの魚を、わずかな身のこなしで避ける。

不思議なことに、ジョンやガラテアには中型の魚獣ですら襲い掛かろうとしない。

むしろ彼らから逃げ回るように、周囲のハンターたちに飛び掛かっていた。

いよいよ、ハンターの獲物になりそうな、大型の巨大魚たちが浜へと押し寄せてくる。

教会とギルドのハンターたちが競うようにして飛び掛かるのに、レイモンドはどうしたものかと視線を走らせる。

いつもはジョンや、あるいはフランカが持ってきた依頼にある獣を狩るばかりだった。

自分で狩るべき獲物を見定めるというのは、初めての経験だ。

できるだけ大きな獲物を狙うのなら、もう少し待ってもよさそうだが、周囲に居たはずのハンターたちは、思い思いに駆けだしていて、すでにレイモンドの近くにはジョンとガラテアしか残っていなかった。

近くを飛び跳ねた小型の魚が跳ね上げた泥を、ガラテアは小さく身を揺らして避ける。

忌々し気な視線だけで小魚を追い払い、同じ視線をジョンへと向けた。

竜人を模した銀の面をつけたジョンは、見向きもせずに水平を眺めている。

と、遠くで一際大きな水柱が立った。

追い込みのための爆発によるものではない。

干潟へ乗り上げるように大きな波しぶきを上げたのは、でっぷりと太った大型の魚獣が、平たい顔に丸々とした魚眼をぎょろつかせて、肉厚な胴をのたうち回らせながら、小魚の群れをかき分けて突っ込んできた。

それはちょうどジョンとガラテアの間を割って進み、辺りに生臭い塩水をまき散らして通り過ぎる。

「ぶぇ…」

頭からもろにかぶったレイモンドが顔を上げると、ジョンもガラテアも涼しい顔で魚獣の行く末を見ている。

ジョンは解体用の小刀で、ガラテアは抜いた大剣で波を割ったのだと、水をかぶる直前の所作から理解した。

「なぁ、今の…」

追いかけないのか、と言いかけたレイモンドに、ジョンは手信号だけで行けと示す。

「俺だけ?」

不満げに問いかけても、頷きが返るだけ。

ジョンの視線はずっと水平の向こうを睨みつけていた。

「わかったよ。あとでな」

言って、振り返って先ほどの魚獣を追うレイモンドを見送ることもせず、ただじっと海を睨みつけるジョンを、ガラテアは睨みつけている。

何を考えているかわからない男なのはよく知っていた。

何よりも敬愛する兄のテレサが、常に動向を把握したがる異質の男だ。

丁重に扱い、傷つけずに教会へ連れ帰れ、と教会のハンターたちに密命が下っているほどだった。

元は教会による血の施し、一般的にいる治療を受けた身でありながら、教会から逃げて森で過ごしているらしい。

恩をあだで返すような真似をしているのだから、捕まえて手足をもいで引きずり戻せばいいものを、兄は、兄に命じている教区長はそれを許さない。

せめて森ではなく街のギルドに身を寄せているのであれば、脅しをかけて、あるいは医療の対価として、ギルドの職員たちにも協力させて連れ戻すこともできるだろうに。

ギルドや街の人々から尊敬を集める彼を、むやみに傷つけるのはよくないと兄が言うので、無防備に隣に立つ今でも、斬りかかるのを我慢していた。

ガラテアは、ジョンが見るのと同じ水平を睨みつける。

小型の魚が埋め尽くし、水面と魚の腹とでぎらぎらとうるさい干潟の奥、水しぶきにかき消されながらも、干潟が途切れ海洋が広がるだろうその位置の水中に、先ほどからチラチラと大きな腹をひらめかせる巨大な獲物が見えていた。

ジョンも、そしてガラテアも、それが飛び出してくるのを待っている。

そしてその時は来た。

「でけぇっ」

「やばーい、すごーい!」

歓声を聞いて、双刃の機構で中を舞ったレイモンドは視線だけでそれを捕えた。

海を切り裂くように飛びあがった白刃のような銀の腹をたなびかせた巨獣が、干潟の魚や泥をかき分けて、のたうつようにしてジョンとガラテアの方に向かっている。

しかしレイモンドは、視線を自分の獲物の方へと向け直し、身を捩って回転を利用して、鈍重な魚獣の頭へ双刃の連撃を加えた。

断末魔を上げて倒れる魚獣を見届けるのもそこそこに、海を振り返る。

ずっと気にはなっていた。

いつもと違う武器を背負ったジョン。

盾ではなく、刀身の長い、大剣とも違う細身の獲物は、いつも大斧を振り回すジョンには珍しく、けれど同じように洗練された技が必要な武器だった。


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