第二章:泥濘の告発
「動くな! 全員、そこから動くな!」
ジャッジの怒号が、死の静寂に包まれた部屋に響き渡った。
彼は般若の仮面を乱暴に剥ぎ取ると、その下に隠されていた、数多の修羅場を潜り抜けてきたであろう鋭い眼光を露わにする。
「……ジャッジ、あんた、その目は……」
「元捜査一課だ。訳あってバッジは置いたがな」
ジャッジはプロフェットの死体には目もくれず、俺たちを壁際に追い詰めた。
「これは殺人だ。密室トリックなんてものは、手品か、さもなきゃ犯人がこの中にいるかのどちらかだ。アリス、ドール、そしてカイト。お前ら全員の荷物をここにぶちまけろ」
「そんな……っ、プライバシーとか……」
ドールが弱々しく抗議するが、ジャッジの威圧感に圧され、床にバッグの中身をぶちまけた。
そこから始まったのは、凄惨な**『素性の暴き合い』**だった。
暴かれる「査証」
ドールの荷物: 少女のような服に似合わず、中から出てきたのは大量の安定剤と、ボロボロに使い込まれた**「数年前の週刊誌」**。その見開きには、カイトが起こした事故の記事が赤ペンで執拗に囲まれていた。
「ドール、お前。被害者の少女が通っていた塾の講師だったな? 黙秘を貫いて証拠不十分にした当事者の一人だ」
アリスの荷物: 精密機器の隙間から見つかったのは、全員の**「本名と住所が記されたリスト」**。
「アリス、お前はハッカーじゃない。ただの興信所の調査員だ。プロフェットに雇われて、俺たちの過去を洗っていたな?」
そして、最後は俺だ。
カイトの絶望
ジャッジは俺のポケットから、一枚の古びたキーホルダーをひったくった。
「……返せ!」
「これは、あの事故現場に落ちていたはずの遺品だな? なぜお前が持っている。……いや、違うな。お前はこれを、**『あの日からずっと持ち歩いてる』**んだ。罪悪感からじゃない。自分が殺したという実感を反芻するためにだ」
「違う! 俺は……俺はただ!」
「黙れ! プロフェットは言った。24時間後にカイトが死ぬと。だが、その預言者が先に死んだ。……カイト、お前が自分の『死の預言』を阻止するために、仕掛けを知っているプロフェットを殺したんじゃないのか?」
ジャッジの指先が、俺の喉元に突きつけられる。
「密室なんて関係ない。お前は『呪い』を隠れ蓑にした殺人鬼だ」
「違う……あいつを殺したのは俺じゃない! さっきから言ってるだろ、あの椅子に座っていた影が……!」
「まだそんな世迷言を!」
ジャッジが俺を殴り飛ばそうとした、その時だった。
ピチャリ。
また、あの音がした。
ジャッジの足元。プロフェットの死体から流れ出した血が、重力に逆らうようにして、床を這い始めたのだ。
「……おい、ジャッジ。足元……」
アリスが悲鳴に近い声を上げる。
血は、ただの液体ではなかった。
それは粘り気のある黒い泥へと変質しながら、ジャッジの靴に、蛇のように絡みついていく。
「な……なんだ、これは! 離せ!」
ジャッジが足を振るうが、泥は離れない。それどころか、泥の中から**「小さな、白い指」**が何本も突き出し、彼の脚を、床下へと引きずり込もうと力を込める。
「助けろ! カイト! アリス!」
元刑事の剛腕が、空を掻く。
しかし、俺たちが目にしたのは、ジャッジの背後にいつの間にか立っている、あの**「5人目の影」**だった。
泥に濡れたフードを被った影が、ジャッジの耳元で、カサカサと枯れ葉が擦れるような音で囁いた。
『……正義の味方ごっこは、もう終わり?』




