第一章: 宣告の夜(承)
プロフェットの言葉が、冷たい霧のようにリビングに立ち込める。
俺は喉の奥がカラカラに乾くのを感じ、視線を泳がせた。なんとかしてこの場の空気を、ただの悪趣味な演出だと思いたかった。
ふと、リビングの隅にある古いロッキングチェアが目に入った。
部屋の照明が届かない影の中で、そこには「誰か」が座っていた。
黒いパーカーのフードを深く被り、こちらに背を向けるようにして、微動だにせず深く腰掛けている。
「……おい、プロフェット」
俺は震える指でその影を指した。
「演出はいい加減にしろよ。あっちの椅子に座ってるのは誰だ? 予備のサクラか? それとも、お前の仲間か?」
俺の言葉に、全員の動きが止まった。
般若の面をつけたジャッジが、面倒そうに首を振る。
「何を言ってる、カイト。この部屋にいるのは俺たち四人だけだ。プロフェット、ジャッジ、ドール、そしてお前。それ以外に誰がいるってんだ?」
「……え?」
俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。
「いや、見てみろよ。あそこに座ってるじゃないか。さっきからずっと、あそこで俯いて……」
俺は再び、影が落ちる椅子を指差した。
しかし、ピエロの仮面を被ったアリスが、タブレットを操作しながら無機質な声で割って入る。
「カイト、あんまり変な嘘をついて場を乱さないでよ。このコテージのセキュリティログを確認したけど、入室したのは僕ら四人だけ。その椅子……さっきからずっと空席だよ?」
アリスがタブレットのライトを、ロッキングチェアの方へ向けた。
青白い光が影を切り裂く。
そこには――誰もいなかった。
古びた木製の椅子が、誰も座っていないのに、**ギィ……ギィ……**と、ごくわずかに揺れているだけだ。
「……あ」
声が漏れた。
見間違い? いや、そんなはずはない。確かにそこに、泥に濡れたような黒い服の人物が座っていたはずだ。その背中からは、耐え難いほどの拒絶感が漂っていた。
「恐怖で幻覚でも見たんじゃない? 罪の意識があるなら、早めに告白しちゃいなよ」
ドールがクスクスと、鈴を転がすような声で笑う。その笑い声が、今の俺には鋭い針のように刺さった。
「カイト」
プロフェットが、冷え切った声で告げる。
「死の宣告は、もう始まっている。預言からは、誰も逃げられない」
彼はそう言うと、俺たちに背を向け、一階の奥にある「開かずの間」へと向かった。そこはこのコテージで唯一、内側から重厚な閂がかかる密室だ。
「朝まで、僕はあそこで瞑想する。僕の預言が、君たちの誰によって『執行』されるのかを見極めるために。……誰一人、僕の部屋には近づかないように」
パタン、と重いドアが閉まる音がリビングに響いた。
俺は再び、あの椅子を見た。
ライトが消えた後の暗がりに、また「何か」が座っているような気がして、俺は自分のスマホを握りしめた。
画面には、刻一刻と減り続ける数字。
【残り 23:45:12】
そして、気づいてしまった。
自分のスマホの画面に、自分でも、アリスでも、プロフェットでもない、**「見知らぬ誰か」**の指紋が、べったりと、泥の跡のように付着していることに。




