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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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もう一人のシゴデキ

 定時後の午後六時。


 普段であれば、まだまだ仕事の終わりが見えない会議だらけの時間。


 だが、今日は違った。


 オフィス内にいる従業員たちは、なにかを示し合わせたかのように、帰り支度をしていた。


 その理由は――。


「今日は早く帰るぞ〜!」


 男性社員の一人が高らかに声をあげる。


「そうね! 今日はお偉いさん方もいないし! 私も早く帰って映画でも観てこよー!」


 それに続く女性社員。


 そう、部長や課長といった管理職が出張からの直帰。

 一兵卒の社員たちからすると、とてもありがたい状況になっていたのである。


 他の社員たちも、まるで首輪を外された犬のように、どんどんオフィスをあとにしていく。


 それはお疲れOLからややお疲れOLとなった沙也加も例外ではなくて、


(皆、浮かれてるな〜! でも、そうだよね! こんな時くらいしか早く帰れないんだもん!)


 周囲の様子を目の当たりにしながら、そう考えていた。


「よーし、私もこれ終わったら帰ろう〜!」


 鼻息をフン! と鳴らしては腕を捲って、愛たぬの待つ家を想像して、朝の会議にお願いされた資料を仕上げていく。


 すると、後ろから声が聞こえた。

 

「江ノ上君、ちょっといいか?」


(ははーん、さては由紀ちゃんだな〜!)


 さすがに二度目は騙されない。


 そう思って沙也加は、勢いよく振り返って、


「由紀ちゃん! もうその手には乗らないよ!」


 見栄を切るかのように、ハキハキとした口調で告げた。


 けれど……。


「あ、あれ……? か、課長?」


 そこに居たのは、容姿端麗で着こなすスーツはいつもパリっとしている。

 丁寧な暮らしの象徴みたいな存在――シゴデキ課長こと、高橋恭助、三十五歳であった。


「ああ、先程、先方と別れてだな――」

「い、いや、そういうことを言いたいわけではなくてですね……」

「ん? ああ――そういうことか……まだ直帰するには、早かったので、会社に寄ったんだ。朝にC社とD社の比較を頼んでいただろう? それもどこまで終えたか聞きたかったからな」


 この課長、シゴデキではあるのだが、頭の中のほとんどが仕事のことでいっぱいなのである。


 言うまでもなく、頭の中、たぬきのことでいっぱいの沙也加とは、実に相性が悪い。


「へぇ、そういうことですか〜! お疲れ様でした!」


 動揺を気付かせないように、口角を無理くり上げて微笑む。けれど、内心では完全敗北、十二ラウンド戦い抜いたボクサーの如く――いや、猟師に追い詰められたたぬきのように肩を落としていた。


(えーん、帰りそびれたよ〜! いつの間にか皆居ないし……)


 だが、それでも猟師(課長)の追撃は、止まらない。

 革靴を鳴らしながら近づいて、

 

「で、どんな感じだ?」


 沙也加が、今、最も欲しくない言葉を発した。 


(お、終わった)


 狩猟完了の瞬間である。


 とはいえ、ここは職場、シゴデキママたぬきのいる家のように泣き言を叫ぶ訳にもいかない。


 沙也加は、グッと口を噤んで、シゴデキ課長に事実を伝えた。

 

「……今、終わったところです……」 

「おお、そうか! 最近の君は、期待を超えてくるな」

「えっ、期待ですか?」

「ああ」

「私が課長の期待を?!」

「そうだ。俺だけではないぞ? 部長も、先方も褒めていた。資料も見やすく受け手のことを考えているとな」


(えーっ! なになに?! もしかして私、成長してるの?! やばくなーい? もう出世街道真っしぐらだよ〜!)


 とんでもなく、チョロいOLである。


 お疲れOL→ややお疲れOL→チョロOLという退化なのか進化なのか、よくわからない変化を見せた沙也加であったが、ふと思った。


(いや、そうじゃなくて! 早く帰らないと! でも――)

 

 このまま話を切って帰るのは、さすがに申し訳ない。

 とはいえ、そもそも直帰予定だったわけで――。


(よし! 帰ろう!)


 コンマ数秒、思考したのちに、バッと勢いよく席を立って、課長の方へと体を向けた。


 そして、息を飲み込むと、


「課長! 私、帰ります!」


 そう、しっかりとした意思表示を見せた。


「あ、ああ……わかった。気をつけてな。そういえば、あの犬にも宜しくな」

「はい! お先に失礼致しました!」


 メリハリのあるキビキビした動作で課長に応じると、逃げるようにオフィスをあとにした。

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