愛妻ならぬ、愛たぬ弁当
時間は進み、昼休憩真っ只中。
可愛い後輩からの質問責めという、ピンチを乗り切ったややお疲れOLである沙也加は、デスクで昼食を取ろうと準備をしていた。
(職場ではたぬきちのことは、調べないようにしよう……)
自らの不用意な行動に反省しながらも、
(さーて、今日はどんなおかずが入っているのかなー!)
その興味はシゴデキママたぬき――たぬきちが作った栄養バランス完璧の弁当に向いていた。
このOL、私生活のほぼ全てをたぬきちにサポートしてもらっている困った人間なのだが、物事の切り替えだけは物凄く早い。
とはいえ、それはさまざまな条件が整ってこそだ。
まずは、午後に会議が入っていないこと。
次に、シゴデキ課長がオフィス内にいないこと。
そして、たぬきちお手製弁当を前にした時である。
さらに、そこに他者の目が光る【職場】であることが加わる。
この条件下以外に関しては、それはもうとんでもないくらいにだらしないお疲れOLなのである。
「お弁当♪ お弁当〜♪」
鼻歌を口ずさみながら、デスクの引き出し、その一番下から保冷剤の入ったランチバッグを取り出して、たぬき柄ナフキンに包まれた弁当をデスクの上に置く。
(おお、いつもよりちょっとずっしりしてる! 今日はご飯多めなのかなー?)
三年間、お手製弁当を食べ続けた結果。
手に伝わる重さだけで、ご飯の量を把握できるようになっていた。
なんとも無駄な能力である。
そんなことを全く気にしない沙也加は、口元を緩ませてじゅるり――はやる気持ちを抑えながら、ナフキンを広げて、弁当箱を開けた。
「おお……今日も完璧だ……」
弁当の上段には、綺麗な層になった玉子焼きに、赤色のタコさんウィンナー、副菜にはブロッコリーのおかか和えに、ほうれん草のお浸し。下段には、食べやすいように小さめに握られたおにぎりが二つ入っている。
どれもこれも気遣いの感じられる一品だ。
(今日も朝早くから作ってくれたんだよね〜! たぬきち〜! 早く会いたいよ〜!)
まだ食べてもいないのに、言ったそばから、たぬきちのことが恋しくなる沙也加。
親離れならぬ、たぬき離れできないなんとも困ったOLである。
「って、早く食べないと!」
ふと、オフィス内の壁掛け時計が目に入った沙也加は、ようやく我に返って、愛妻ならぬ、愛たぬ弁当に手をつけたのだった。
「っんん~! やっぱり美味しい〜!」
愛たぬ弁当をパクパクと食べ進める沙也加。
おかずを口に運ぶたび、おにぎりを頬張るたびに反応を見せていた。
それは当然であった。
朝の味付けとは違う、冷めても美味しいように少し塩味を効かせる。
一方でおにぎりは昆布の旨味を感じるくらいの薄味。
そして、冷えた時に固まらないように油は控えめ。
美味しさと健康面に気を配った完璧な布陣なのだ。
というか、ただ単に沙也加がたぬきちに胃袋掴まれているということかもしれない。
離れていても、たぬきち! 状態になっていると、
昼食を買いに外へ出ていた由紀が、コンビニの袋を片手に近づいてきた。
「あ、先輩! また手作り弁当持ってきてたんですね!」
(ま、まずい……)
まずい……沙也加がそう思うのには、理由があった。
それは、手作り弁当を誰が作っているのか問題である。
毎回、それとなーく誤魔化してきたのだが、やはり嘘はつきたくないのだ。
けれど――。
(たぬきが作ってます。なんて誰が信じるよ……)
そうなのだ。
これがもし、飲みの席であったなら、まだ冗談ということで聞き流してくれるだろう。
だが、残念なことに飲みの席でもないし、不特定多数の人間がいるのだ。
仲間内に、話したとしても、どんな伝言ゲームとなるのか想像もつかない。
そもそも、ちゃんと話せたとして、一体、誰が拾ったたぬきが作りましたなんてことを、信じるというのだろうか。
(ダメだ……良くて変人扱いだ)
悪いと健康管理室に連れて行かれる。
三年間、幾度も繰り返された脳内シミュレーションに沙也加は箸を止めて、完全停止状態となった。
そんなシャットダウン沙也加に対して、由紀は顔を近づけて呼びかけた。
「おーい! 江ノ上先輩〜!」
「あへっ?!」
「「あへっ」じゃないですよー! 話しかけていたのに〜!」
「ごめん、ごめん! ちょっと考えごとしてて――」
「また考えごとですか? お昼くらいはお仕事の話忘れましょうよ!」
「うん! そ、そうだね!」
考えているのは、二足歩行で家事全般をこなすたぬきことですよ〜! それに悩むきっかけになっているのは、あなたのせいですよ〜! なんてことを口から出そうになるが、声に出せない沙也加である。
「そ・れ・よりもですよ! そのお弁当、毎朝作っているんですか?!」
躱したと思えたのに、自身の可愛がっている後輩、由紀の核心をつく一言が沙也加を襲った。
(こ、こんなにストレートにくるなんて……もう、誤魔化せないよ〜!)
覚悟を決めた沙也加は、箸をナフキンの上に置いて、体をゆっくりと由紀の方へと向けた。
そして……。
「私が作りました……」
聞こえるか聞こえないかのボリュームで小さく呟いた。
「えっ?」
「あれです……毎朝、私が作っています……」
二度目の呟き、明らかな嘘ではあるが、ここで本当のことを言ってしまえば、健康管理室行きな上、もしかしたら、休職の話まで出てくるかもしれないのだ。
あくまでも、自分の役目は労働。
役割を理解しつつも、なんだか情けなくなる沙也加。
(たぬきち、ごめんね……不甲斐ない飼い主を許して……)
心の内で謝罪し、断腸の思いで、嘘を突き通したのだった。




