犬らしきシルエット
勝手に追い詰められた沙也加であったが、思わぬ助け船を出してくれる存在がいた。
「七菜、沙也加お姉さんは、犬が好きなんだ。お家でお世話しているし、凄く賢い子みたいだぞ?」
小さき人の馬と化している、シゴデキ課長こと高橋課長であった。
「えー! いいなー! どんなこ、どんなこ!」
「犬」に反応して、七菜は身を乗り出した。
(あはは〜、一択になった……)
心の内で呟いて苦笑いする沙也加。
身から出た錆、もう錆が多過ぎて、その身が錆そのものになっているほどだ。
酸化した沙也加爆誕である。
まぁ、生きているだけで、酸化しているのだけれど……。
「こらこら、危ないから暴れない! 今降ろすから」
「わかった! きょーたん、ありがと!」
高橋課長は、駄々を捏ねる七菜にため息を吐きながらも、ゆっくりと降ろした。
(あの課長が振り回されてる! 本当に苦手なんだ。ふふっ)
またもや、目にした意外な一面に思わず、沙也加は顔を綻ばせた。
けれど、その振り回されていた高橋課長が発した次の言葉が、沙也加を震え上がらせることになってしまう。
「す、すまん。江ノ上君……写真があるなら見せてくれないか?」
「しゃ、写真?!」
錆びていたというのに、とんでもない火力を当てられて、刀のように背筋がピンと伸びる沙也加。
……いや、風化なんてさせてもらえないのが、この社会の現実である。
「ん? 写真はマズかったか?」
「いや、まずいっていうかその――」
(写っているのは、犬じゃなくて……たぬきなんですよ〜!)
そんな事実を口にしたいができない状態で、唸り続けていると、またもや高橋課長が鶴の一声をあげた。
「なるほど……家の中が写っているとか、そういうやつだな。俺はあくまでも上司……それもコンプラ違反にはなるか……」
「えっ?!」
「違うのか? 俺はてっきりそうだと思ったんだが――」
違います! それは課長の勘違いですよ〜! なんて言えることもなくて、
「さ、さ、さすがです! 課長! 私の考えを汲み取ってくれるなんて」
沙也加は、この大いなる流れに身を任せることにした。
どんなことにも流れがある。
社会の荒波を不格好ながらにも、乗り越えてきた沙也加には、その潮目を読むことができるのだ。
(助けて……たぬきち……)
こんな風に、自宅にいる愛たぬきに救難信号を送ることがあっても。
「なんだ、その取ってつけたような反応は……? 君は、犬の話になると途端に歯切れが悪くなるな……」
「いや〜、あはは〜!」
(さすが高橋課長……鋭い)
きっと鋭いのではなくて、今までの応対が怪しすぎただけな気もするが、それはそれとして。
話を聞いていた七菜が残念そうに口を開いた。
「そっかぁ、よくわかんないけど、おしゃしんはだめなんだね……じゃあ、どんなこなのかおえてほしい!」
「どんな子か……」
(これなら、大丈夫だよね……だって特徴だけ言ったら、たぬきちって、犬だし……いや、犬でもないか)
もっともな脳内セルフツッコミをした沙也加であったが、目の前では、自分の返事を心待ちにしているでーと相手の七菜がいて、
(し、仕方ないよね……今日は犬で行くことにしよう! ごめんね。たぬきち)
たぬきちに謝罪して、犬(仮)ということにした。
「えーっと、大きさはね。七菜ちゃんより、少し大きくてフワフワで、尻尾がとっても器用なんだよ♪ それに二足歩行もできちゃうんだよ〜!」
「ええ! すごーい! あるけちゃうし、しっぽもつかえるんだ! なんかおさるさんみたいだね! でも、フワフワなのか〜……あっ、もしかしてあんなこ?」
(あんな子? って、どういう――)
「え――っ?」
七菜の指差した方向を見て、絶句する沙也加。
そこにいたのは――。
エリアの出入り口付近で、特徴のある三角の耳立てて、フサフサの尻尾をユラユラ揺らしながら様子を伺う、二足歩行をした犬らしきシルエットの何かが、そこに立っていた。




