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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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外に出て行くことの大切さ

 そんなこんなで、スタスタ。

 社畜ならではの癖が抜けないまま、ちょっぴり自己肯定感上昇、気分も上々となったアゲアゲ沙也加は、愛たぬきリメイクの衣服を纏いて、構内を駆け、改札を出て懸命に走って走って、目的地である四天王寺動物園の前まで辿り着いていた。


(動物園だ〜! 久しぶりだな〜! 幼稚園ぶりかも……)


 動物園独特の匂いに、幼き日の思い出に浸りながら、周囲を確認。


 すると、入園ゲートの方からスラッとした容姿、高身長の男性が少女の手を引いて近づいてきて――。


「よう。江ノ上君、ちゃんと待ち合わせ時間に間に合ったな。いいことだ」


 爽やかな挨拶を告げた。

 

「な、なは――っ」


(何この、シゴデキの看板とお面をつけたかのような、イケメンは――?!)


 動物園だというのに、他の家族連れとは一線を画す服装。シワ一つないジャケット&ベストwithネクタイと革靴の組み合わせ、そしてブランド物の時計が左腕で光る。

 でも、不思議と嫌味がない。


「イケメン七難隠すか……」


 プライベートでも完璧超人な高橋恭介課長。


 出会ったことのない人種を目にして、意味不明なことをぼそりと呟いた沙也加であったが、その意識はすぐさま急浮上することになる。


 それは――。


「ねー、ねー、きょうたん、きょうたん! このおねーさんがななとでーとしてくれるひとぉ?」


 会社でも、ただ立っているだけでもシゴデキオーラを漂わせている高橋課長を「きょうたん」という愛称で呼ぶ、女の子に目を奪われたからであった。


 少し近寄りがたい雰囲気をしている課長の手を、遠慮なくグイグイ引いて、ポニーテールを揺らす。


 控えめにいっても――。


(なに、この子めっちゃ可愛い!)

 

 瞬時に思考が切り替わるほどに、沙也加の母性に。

 今まで行き場のなかったというか、生まれる機会すらなかった母性を呼び起こしたのだ。


 その瞬間。

 沙也加の胸の内に変化が見られた。


(なんだろう……この感じ――)


 いつもより、辺りが明るく見えて、体が感じたことのないくらい軽くて、


(たぬきちといる時とも違う……)


 家族といる時、会社の同僚といる時とも違う感覚で。


 沙也加は、自分が人間生活において、忘れかけていたことを取り戻そうとしていた。


 それは会社から家、家から会社。

 積み重なる業務と、慣れない新生活。

 どんどん出不精になり、プライベートにおいてどんどんコミュ障を加速させていった日々で忘れていたこと。


(私……久しぶりに外で職場以外の人と会ったかも……)


 外に出て行くことの大切さであった。


 大人になると、知る機会や触れる機会は増えるのに、関わる世界は狭くなる。

 会社、家、会社、家。気づけばそれだけ。

 でも――よくよく考えるとその世界を狭めるかどうかは、自分次第なのだ。


 たぬきだって、きつねだって、猫だって、犬だってそれぞれの世界――コミュニティがあるように。


 多種多様な繋がりを築いていい。

 それが例え、おおよそ三歳から四歳くらいの子供であっても。


「……」


 一瞬、脳内に「子供ではなくて、大人に行くポン!」呆れたような声色で本音を吐露するママ化した愛たぬきの姿が浮かびかけたが、そっと躱して、


(ね、年齢とか関係ないし……仲良くすることは大切だし!)


 などと、自己肯定した。

 ましてや、小さい子なんて未知の生物。

 たぬきなんかよりも、遠い存在。

 初手からいがみ合うより、フレンドリーな方がいい。


 そもそも、これは過去の自分が起こした事件の償い的なもので、この目の前にいる可愛い存在に尽くすことも役目なのだ。


(そうだよ! その為に来たんだから)


 浮かれていても、ギリギリ役目を忘れないギリギリで生きているOL沙也加である。


 けれど――。


(って、あれ……? 結構、楽しいかも)


 目の前には、楽しそうに会話をするシゴデキ課長に可愛い女の子、そしてどう見えているかはわからないが、そこに自然と馴染めているような自分がいた。


 きっと、この子の子守り要員。

 きっと、お弁当要員。

 きっと、高橋課長とのデートなんかじゃない。


 からの脳内で幾度もツッコんでくるシゴデキたぬき、たぬきち。 


 もうそんなことどうでもいい。

 いや、少し気になるところではあるが――。


 とにかく! 新たな縁にシゴデキ課長との未知なるシチュエーション、そして想い出の動物園。


 その全てが沙也加の脳に刺激を与えて、「休日に外出っていいかも」という、ありえない価値観が生まれようとしていた。


 が、ふと飛び込んできた光景によって、その新感覚は生まれることなく、霧散した。


(あっ、レッサー君のポーチだ〜! この子、たぬきちと一緒でレッサー君が好きなんだ〜♪ 思わぬところで仲間を見つけたよ〜! たぬきちー!!!)


 などと、内心で叫ぶ沙也加。


 まさかの自宅にて武運を祈っているであろう、愛たぬきとななと名乗る少女との思わぬ共通事項を発見したのだ。


 こうなると、小難しいことなど、記憶の彼方におさらば状態である。


「むふふ〜♪ そうだよ〜♪ おねーさんがでーとする相手だよ〜!」


 沙也加はニマニマして、顔を近づける。

 出不精、コミュ障だったことも記憶の彼方に消えた。

 沙也加の記憶の彼方は、近くにあって複数の黒歴史や悪習を飛ばせるのだ。


 実に便利。

 良くないことがあるとすれば、距離が近い分、何かの拍子で飛び出てくることであろう。


 それはそれとして、大好きな存在と好きな物が同じ。

 単純なことではあるけれど、沙也加にとってはとても大きな要因であった。


 この瞬間を楽しむには。


「こらこら、七菜(なな)。まずは挨拶だろう?」

「あ、うん!」


 高橋課長に優しく促された七菜という少女は、頬を染めながら、沙也加の方を真っ直ぐ見つめて、


「はじめまして、おねーさん! やまもとななっていいます。きょうは、よろしくおねがいします」


 ペコリとお辞儀をした。

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