運動不足が一番の敵
時刻は、八時過ぎ。
爽やかな風が流れ込んでくるリビングで、職場でシゴデキと評価されている沙也加は、キャミソール姿で頭を抱え込んでいた。
「どうしよぉぉぉーーー! たぬきちぃぃぃぃーー! 着ていく服がないよぉぉぉーーー!」
一難去ってまた一難。
たぬきちの予想通り、着ていく衣服がなかなか決まらなかったのだ。
けれど、理由はその予想を上回っていた。
「完全に食べ過ぎポンね……」
どうにかして過去の栄光を着ようと足掻く沙也加を前にため息を吐くたぬきち。
そう、それは鮮やか過ぎる伏線回収。
隠れて食べていたお菓子の積立貯金が見事、プラスに転じた瞬間であった。
「……食べ過ぎって……だって、だってさ! たぬきちのご飯が美味しいんだもん! 仕方ないじゃん!」
けれど、その本人は今にも泣きそうな顔でプクッと頬を膨らませて異を唱えた。
仕事では他責にしない沙也加ではあるが、衣食住に関してはしっかり他責にするのだ。
要するに、ただの開き直ったポンコツである。
「違うポン! お菓子のことを言っているポンよ!」
つかさず間違いを指摘するたぬきち。
年一回受ける健康診断を把握した上で、献立を組んでいる。大体の摂取カロリー、消費カロリーその足し引き、そして、栄養バランスについても考えた上でだ。
このたぬき、下手な人間より、栄養学に詳しい。
まさに良たぬ賢たぬである。
そんな創意工夫もあり、昨年度まで体重は微増。
とはいえ、それも標準の範囲であったはずで。
(ポン……前回の結果も問題なかったポンよね)
たぬきちがパントリーにしまった昨年度の診断結果を思い出して、引き合いに出そうとしたその時。
「でもさ……三年前より、お菓子の量は減ったよ?」
沙也加は口を尖らせながらそう口にした。
直後。
たぬきちの脳内に疑問が浮かんだ。
それは当たり前の疑問。
(どういうことポン……お菓子の量が減ったはずなのに贅肉が増えるなんてポン……)
食べている量が減っているなら、当然、贅肉も増えるわけがない。
シゴデキたぬきでなくても、わかる単純な足し算と引き算。
(理由はわからないポン……でも、こうなってくると単純な摂取カロリー計算では求めることはできないポンね)
そう、他になにか原因があるはず。
たぬきちは、うーん、うーんと頭を捻りながらも、聞き返す。
「本当に減ったポン……?」
まず、疑うべきは間食大好き、ポテチ大好きなご主人である。
だが、それでも沙也加は満面の笑みで応じた。
「うん! 間違いなく減ったよ!」
そんな彼女にたぬきちは、またもや名探偵モードとなり、腕を組んで瞼を閉じ頭を働かせて……数秒後。
「クキュッ!」
瞼を開けると同時に鳴き声を上げた。
(こ、これって……もしかして、ボクにも責任があるポン……?)
たぬきちの脳内メモリーから取り出されたのは、推しであるレッサー君から学んだ考え。
食を制する者は全てを制する――ただ食べるだけじゃない。仕入れ、調理、届けることまで含めて“食”なのだ。
そして、更に城主となった際のワンシーンで、レッサー君は口にした。
「食事のおいて、いや、人生の一番の敵は運動不足」ということを。
(思い当たる節しかないポン……)
拾ってもらった恩を感じて、尽くしてきた。
が、よくよく思い返してみると、元々出来ていたことすら、奪ってしまったのではないか?
掃除洗濯炊事、生きていくのに必要なこと。
それらは元々出来なかった。
だから、問題はない。
だが、ちょっとした買い物。
例えば、トイレットペーパーなどの日用品が切れた時、それくらいは沙也加でも、出来るはずなのだ。
(お使いくらいお願いするべきだったポンね……)
出来ないことを知ることは、大切。
でも、出来ていたことを維持することも大切なのである。
「それにしてもポン⋯⋯」
その視線の先では、ブレイクダンスでもしているかのように、フローリングでジタバタ。
お菓子の量が減ったことを満足そうに語っていたというのに、沙也加はどうにかして過去の栄光を身に纏おうと必死になっていた。
「やっぱり無理だぁぁーーー! パッツンパッツンで入らないよぉぉぉぉーーー!!! なんでこんなことにぃぃぃーーー!」
そんなご主人を前に小さくため息を吐いたが、
「クキュ! ボクに任せるポン!」
そこは自他ともに認めるシゴデキたぬきこと、たぬきち! すぐさま切り替えて、この状況を打開する行動に出た。




