判定勝ち⋯⋯?
時間はあっという間に過ぎて、十二時を回った昼下がり。
総調理時間おおよそ五時間。
沙也加たちは、ようやく……ようやく! その全ての調理工程を終えていた。
控えめにいって掛かり過ぎである。
だが、そんなことは沙也加本人たちが一番理解していた。
「玉子焼きに、こんなに時間が掛かるって……」
「ま、まぁ……あれポン! 形になっただけ良かったポン!」
「形になったって、そうだけどさ〜」
沙也加はこれまでの流れを浮かべてため息を吐いた。
まず1ラウンド、卵割り。
殻は入るわ、黄身は落とすわ、割りすぎるわ……いささか、踏んだり蹴ったり状態ではあるが、どうにかできた。
よって判定勝利。
次に2ラウンド、味付け。
砂糖を入れる時に塩を入れるという、一番初めに仕出かしはしたが、たぬきちの機転により、それ以外は問題なくできた。
よって、こちらも僅差で判定勝利。
そして3ラウンド、焼き。
火加減を間違えて、表面を少し焦がしてしまったが、たぬきちにひっくり返してもらったり、火加減を見てもらったりと、助力を得てどうにか駆け抜けられた。
よって、判定勝利。
つまり、全ラウンドフルマークの判定勝利。
果たしてそうなのだろうか?
(たぬきちがいなかったら、なにも成立しなかった……それに――)
「そもそもさ……これ大きくない……?」
(もう、この大きさ私の知ってる玉子焼きじゃないし……)
そんなことを胸の内で呟きながら沙也加は首を傾げた。
その視線の先、大理石調のワークトップには、枕にすれば安眠間違いなし、そう言われてもおかしくない小さな枕ほどの大きさの玉子焼きが、鎮座していた。
「ポン……十個も卵を使っているポンよ? 大きいのは当たり前ポン! そ、そ、そこまで気にすることないポン!」
たぬきちは無理くりでも励まそうとしているようで、言葉はカミカミ、顔も引きつっている。なのに尻尾はフリフリ、手もフリフリ。あべこべでぎこちない。
このたぬき大体のことはこなせるスーパーなたぬきだというのに、嘘をつくのは下手なのである。
しっかりと飼い主に似ている。
「ゔゔぅ……やっぱりダメダメなんだぁ〜! こんなんじゃ、お弁当なんて作れないよぉ〜!」
できないことを認めたくない子供のようにキッチンでジタバタする沙也加。
それは、口に出さないようにしていた本音だった。
本当は卵割りの段階で躓いた時によぎっていた。
いや、話をもらった段階で、自分でも気付かない心の奥底で不安に思っていたのかもしれない。
けれど――。
「少しはね……成長したと思ったんだ。でもね、やっぱり難しかった……グスッ」
ダムが決壊した時のように、次から次へと出てくる涙と本音の数々。
そうなのだ。たぬきちが沙也加に期待していたように、沙也加もまた自分に期待していたのである。
こんなところでも以心伝心してしまう一匹と一人。
もうそれは長年連れ添った夫婦……親子……恋人? 形容しがたい関係ではあるが、ともかく仲がいいことは間違いない。
その証拠にいつものようにグズる沙也加をたぬきちはそっと抱き寄せた。
「クキュ! チャレンジしたことに意味があるポン!」
癒しでしかないモフモフの腕。
料理の匂いが微かに香るエプロン。
それは帰るべき場所――家だった。
感極まった沙也加は、
「たぬきちぃぃぃぃーーーー!!!」
叫ぶとぎゅむっ――力いっぱいに抱きしめ返した。
こうして、ようやく誰しも向き不向きがあることを知った沙也加であった。
——なお、巨大玉子焼きは三日間続いた。




