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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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第二ラウンドから、最終ラウンドへ

 なんだかんだと言いながらも、たぬきちの完璧なサポートもあって調理は進んでいき、最終工程である焼きの工程に差し掛かろうとしていた。


「空気を含ませるように混ぜるポン。菜箸をこう、シャカシャカ――」


 ボウルを抱えて生徒である沙也加にお手本を見せるたぬきち。踏み台の上、そして小さな体だというのに、バランスを崩す感じが全く見受けられない。


(改めて思うけど、たぬきちって凄いな〜!)

 

「わかった! シャカシャカね!」

 

 先程までの失敗なんてなんのその。

 生徒沙也加は、近くで見るシゴデキママたぬきの器用さに目を輝かせてながら、勢いよく首を縦に振った。


「ポン♪ じゃあ、自分でもやってみるポン!」


 たぬきちはそんな彼女が物珍しいのか、尻尾を上向きにして、持っていたボウルを手渡した。


「ありがと! やってみる♪」


(えーっと、空気を含ませるようにだったよね――)


 沙也加は、たぬきちからボウルを受け取ると、心の中でブツブツ――ひとりごちりながらも、見様見真似で卵を掻き混ぜていく。


 シャカシャカ、タポタポ――。


 黄身と白身を分ける感じではなくて、あくまでも空気を含ませる作業。


 次第に、その様子は変わっていく。

 別々だった卵は混ざり合って、気泡ができ始めた。

 

「おお……これが空気を含ませるって感じかー!」


 一人で挑戦した時との違いに思わず声を上げる沙也加。


(初めてキッチンに立った時は……ここで失敗したんだよね……懐かしいなー)


 それはたぬきちがこの家に来て数週間が経った頃。


 マンションの管理人、田中さんに紹介してもらった動物病院でワクチンや栄養補給の点滴、栄養価の高いドッグフードを与えたことで、ゴワゴワだった毛並みもフワフワになっていた。


 健康そのもの、とはまだ呼べなかったが、徐々に回復していた。


 けれど、その健康状態に相反して、たぬきちは見るからに意気消沈していた。


(今、思うと……あの時から、私のことを見抜いていたのかな……あはは〜とんでもない子だ)


 卵を掻き混ぜながら、踏み台で腕を組むエプロン姿の愛たぬきをチラリと目をやって感心。


「どうかしたポン?」


 その視線に気付いたのか、たぬきちは首を傾げた。


「ううん、なんでもない!」


 沙也加は、大いなる変化に過ごしてきた時の流れに思いを馳せながら、再び思考を巡らす。

 

 どうにか当たり側の人間ということを証明したくて、普段は……というか、全く料理をしないというのに、卵を大量に買って作ろうとした。


(でも、あの時は卵割り成功したんだよね……なんで今回は成功しなかったんだろう……)


 その時は、奇跡的に卵割りを成功させてことにより、消費した卵も二個だった。


 料理では一番起きてはいけない現象。

 ビギナーズラックというやつである。


 不器用だからという理由で、実家暮らしの時はキッチンに入ることすらなかった。

 家庭科の授業でも、苦手だから避けていた。

 そこからの成功体験である。


 脳から分泌されるドーパミンは最高潮に達して、アハ体験となった。


 典型的のダメな一例である。


 そんな豪運アハ体験は、置いておいて、そこからが問題だった。


(我ながら、調子に乗っちゃったとしか思えないよね……)


 なにを思ったのか、その時、ネットで偶然、目にした情報を鵜呑みしてマヨネーズを大量投入。

 

 それに加えてに思い出補正――幼い頃、母親がキッチンに立つ姿を思い起こしながら、エイヤー! もちろん、分量なんて計っていない。


 これが炭素生成系OLの始まりの物語である。


 昔を思い出したことで沙也加は、ふと思った。


(それと比べたら成長してる……かも!)


 たぶん違う。

 過去のアハ体験のせいで、第一ラウンドの大惨事を記憶の彼方に飛ばしてしまったのだ。

 なんとも嘆かわしいことである。


「ふふっ♪」


 テンションアゲアゲとなった沙也加は、ボウルを抱えて勢いよく混ぜていく。


 その速度は、テンションが上がっていくごとに、どんどん増していき――ついに。


 天誅が下った。


「あ――っ」


 と沙也加は声を上げるが、時すでに遅し。


 十個という個数に加えて、掻き混ぜるスピード。

 ボウルの中で見事に泡立った卵は、その容量を突破して、隣でコーチングしていたたぬきちに襲いかかった。 

 

「ギャッギャッ!」


 全身の毛を逆立たせては、地団駄を踏むたぬきち。


 対して、諸悪の根源である沙也加は、ボウルをワークトップに置いて、土下座していた。


「す、すみません! 調子に乗りました!」


 ミスしてしまったことに素直に謝罪する。

 この潔さこそ、沙也加の一番の凄さなのかもしれない。


 さすがのたぬきちも、あまりの素早さに虚を突かれたようで鼻を鳴らすと、ため息を吐きながら、


「料理は、落ち着いてするポンよ……」


 エプロンのポケットから、手ぬぐいを取り出して顔についた卵をを拭った。

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