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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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できないことを知ることも成長

 たぬきちと沙也加が卵と格闘すること、おおよそ三十分後。

 とうとうその時は来た。


 ――パカッ。


 殻が飛び散ることなく、綺麗に半分に割れて、するりとまっすぐにボウルへと落ちていった。


「できた……」

 

 ぼそりとそう呟く沙也加。

 たぬきちがこの玉子焼き用に買った十個入りのパックはもう空だ。

 なんとこのOL……十個目にして、卵を割るという簡単な工程に成功したのである。

 不器用もここまでくると、才能かもしれない。


 けれど、その表情はどこか満足気だった。

 まるで、金曜日に退勤したあとのように。

 たぬきちの目には、そう映っていた。


「……ようやくポン」


 ただ、先生として横にいたたぬきちは素直に喜べなかった。

 

(ちょっとマシになったと思っていたけど、全部が全部、成長するわけじゃないポンね……)


 成長――環境に適応する為、変化していく様。

 自ら変化できない場合であっても、衣食住が整い、外部からの刺激があれば成長していく。


 例外があるとしたら、環境が悪い場合。

 生きる基本である衣食住が乱れてしまっては、変化もクソもない。


 家族から離れ一匹で過ごした日々、たぬきちはそれを良く知っている。


 だから、恩のある沙也加の生活改善を試みた。


(大切なことポンからね! レッサー君も言ってたポン!)


『どんなことも規則正しい生活から』

 推しがお弁当を持って優秀な臣下を口説く時に言ったセリフだ。

 それがたぬきちの考えを後押しする。

 

 実際、自堕落系極めたような存在であった沙也加も、ダメダメであった衣食住を整えてやれば、それなりに成長した。

 昼まで寝ていたのが時々ではあるけれど、たぬきちが起こす前に起床し、コンビニ買い食いも減った。

 部屋もたぬきちが目を光らせていれば散らからない。


 ……それなりの成長である。


(でもポン――)


 とはいえ、どんな生物にも得手不得手が存在する。

 例えば羽の生えた鳥は、空を飛び、海を渡れる。

 でも、鳥は海を泳いで渡ることはできない。

 沙也加のそれは、成長うんぬんでは解決できない種族間の壁のようなものではないか?


 たぬきちの、頭の中にはそんな考えが湧き始めていた。


(このまま終わるっていうのも、ありかもポン……) 

 

 横についたとしても、手を添えたとしても、どうやっても上手く割れない。

 割れたとしても、殻が九割混入する。


 しかも、このあと待っているのは、沙也加が過去に何度も失敗してきた火を使う工程だ。


 炭素生成系、OL沙也加……集合住宅でボヤ騒ぎなんて、ありえない。


「ポン……」

 

 たぬきちがため息をつくと、沙也加はなにを思ったのか深呼吸して、

 

「……卵割るだけなのに、こんなにもしんどいんだ……お母さん、ありがとう。たぬきちもいつもありがとう」


 実家にいるであろう、母親に思いを馳せては、隣で見守るたぬきちにも感謝を述べた。


 しんどいのは、沙也加自身のせいなのだが、ここは敢えてなにも言うまい。 


(こ、断りづらいポン……)


 尻尾を下向きにゆらゆら、左右に振っては頭の中でも、このまま玉子焼きを焼くのか、それともやめるのか、矢印が真ん中でゆらゆら、メトロノームのように揺れる。


 そんな中。


 沙也加がたぬきちの顔を覗き込んで、


「……どうしたの? たぬきち……? もしかしてグッと来ちゃった?」


 そう言うと、体をクネクネしてやったりといった顔をしていた。


「んもう! ただ感謝を伝えただけなんだから〜!」


 どう考えてもグッとはこない。

 火に油を注ぐというのは、こういうことだろう。

 けれど、悩みの種だというのに、沙也加は全く気付かない。今なおクネクネクネクネしている。


「ギャ――」


 あまりの鈍感力にたぬきちは一瞬、叫びそうになるが、直前のところで堪えた。


 できないということを知る。それも成長に大切なことの一つ。

 

 それに沙也加には全く悪意がない。


(ここで、怒ってもなにも変わらないポン……)


 そう考えたたぬきちは、エプロンの紐をぎゅっと結び直して、

 

「次は味付けポン。砂糖、小さじ一入れてポン」


 先生に徹した。

 人が変わることより、自分が変わるほうが早い。

 人間より人間力の高いたぬきである。


 それが功を奏したのか、沙也加は目を輝かせながら、その指示に従って、


「了解です! 先生っ!」

 

 気持ちいい返事を返すと、躊躇なくスプーンを突っ込んで、勢いのままボウルに入れた。

 

 ――ザッ。


 だが、その手に持っている容器を見てたぬきちは固まった。

 

「ポン……それ、塩ポン」 

「え?」

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