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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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縁なのかも?

「“デート相手”ではなく、“便利なお弁当係”ポン」

「うわああああああああああああああああああ!!」

 

 たぬきちの見事な推理に沙也加は床に崩れ落ちた。


 もう朝の優雅な時間――もはやご近所さんへの配慮すら、これっぽちもない。

 そこにあるのは、トイレの前で項垂れるOLと肩に手を置くたぬきの姿であった。

 

(やだよ〜! 勘違い女ムーブしてた自分が恥ずかしすぎる!! いや、でも! 迷惑を掛けたことへのお返しだし!)


 そうなのだ。

 そもそもこれは沙也加が三年前に仕出かしたことの贖罪なのである。


 とはいえ、デートの可能性がゼロではないのかもしれないという自分がいて、


(なんだろう。この振られた感じ……というか、恥ずかしい……)


 沙也加はしっかりとダメージを受けていた。

 実にややこしい乙女心である。


「クキュ……落ち着くポン。色んなことは置いておいて一緒に動物園に行くのは、事実ポンよ。ご主人が休日に出て行くなんていつぶりポンか? 三年前と比べたら大きな進歩ポン」


 背中をポンポン――優しく励ますように叩いて、起きた事実をこれまた優しい声色で伝えるたぬきち。


 たぬきちの言う通り、三年前。

 それ以前の沙也加は仕事から帰ってきたら出歩くことなんてしなかった。


(あの頃の私って余裕なかったもんな……)


 沙也加は廊下に座り込んだまま、鼻をすすった。


 それはたぬきちも知らない彼女の過去。


 年齢は二十二歳。

 短大に在学中、周囲の人間が親元を離れ、社会に出る選択をしていることに刺激を受けて、沙也加も実家から離れた場所の会社を選んだ。


 そしてそんなよくわからない理由で、心配する両親の反対を押し切って実家を出て一人暮らしをした。


(バイトと同じだと思ってたんだけどな……そんなわけないよね……)


 一応、求人は選んだつもりであった。

 駅近くで、土日休み。

 手取りも短大卒の平均以上、業種だって興味のある製造系の仕事だった。

 

 けれど、現実はそんなに上手くいかなかった。


(いっぱい怒られたもんな……あはは〜)


 オフィスと現場の差。

 悪気はなかったのだろうが、オフィスと現場の間で、よく板挟みにされた。


 新入社員ということもあってか、現場へお願いごとを持っていっても軽くあしらわれ、オフィスではひと不足ということで教えてもらえる体制ではなかった。


 でも、辞められない。

 実家を出てきたから、家賃を払わないといけないから。

 生きていく為に、踏ん張るしかないと思っていた。

 

(って、辞めちゃったんだけどさ)


 そんな時、電車の中吊り広告で「事務・急募」の文字が目に刺さって――藁にも縋る思いで応募した。 


(今思うと、縁だったのかもね……)


 なんで採用されたのかはわからない。

 採用されても、前の職場で怒られたことが尾を引いて、ビクビク人の目を気にしていた。

 途中入社だったから、役に立てるようにそれだけを追求していった。


(あはは……それで気がついたら足の踏み場もなかったんだよね……)


 汚部屋となった家から会社。

 会社から汚部屋となった家。

 それの往復――ただそれだけ。

 朝食はゼリー系、昼食は栄養食品。

 夕食は、早く帰ることができたら、アリジン弁当の半額シールの貼られたのり弁をかきこむ。

 

 仕事が立て込んだら、コンビニでホットスナックや温めたパスタをその店の前で食べて帰る。

 日がまわるようなら、なにも食べず、家に帰る。

 そしてリビングで寝て朝起きてからシャワー。

 また会社に向かう。


 土曜日と日曜日は、動く気すら起きなくて、泥のようにリビングで溶けていた。


 動物のショート動画を見ては寝てを繰り返して。

 

 誰かと交流するなんて、あり得なかった。

 だというのに。


 今では苦手意識しかなかった同期、藤咲彩音と一緒に昼食を取るようになり、自分を慕ってくれる可愛い後輩倉下由紀もできた。 


 今だって仕事は大変、行かずに済むならそれでいい。


 でも……。


(嫌いじゃないんだ……今の自分が)


 こうやってドジなところがあっても、全部を嫌になることはない。

 何気なく吸う空気も美味しくて、どんな出来事も色づいている。

 春夏秋冬、季節が回り、自然が移り変わるように。


 沙也加は、顔を上げて、

 

「本当だね……うん。お弁当要員でも凄い一歩かも♪」


 たぬきちのつぶらな瞳を見つめて言った。


「クキュ♪ 急に黙ったかと思ったらどうしたポン? そんなことを言ってもお仕事には行ってもらうポンよ!」


 嬉しそうな鳴き声を上げたかと思えば、しっかりと釘を差すいつも通りのシゴデキママたぬき。


(きっと、たぬきちに出逢えたおかげだね……)


「ありがとたぬきち♪」


 珍しく駄々っ子モードにならず、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じる沙也加であった。

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