名探偵たぬきちの推理
「今から、この件についてボクの見解を述べるポン……」
たぬきちはそう前置きし、エプロンの前で小さく手を組んだ。
その姿はどう見ても小動物なのに、なぜか弁護士か何かの最終弁論のような雰囲気をまとっている。
(なにその名探偵モード……怖いんだけど……)
沙也加はごくりと喉を鳴らした。
「まず前提条件を整理するポン」
「前提条件……?」
「課長さんは仕事ができるポン。収入もあるポン。容姿も整っているポン。恋人候補にも困らないポン」
「うん、そうだけど……」
(なんでそんなに課長を持ち上げるの? はっ!? もしかしてたぬきち……課長ファンなの……?)
いつぞやの大人女子トークの副産物、妄想シチュエーションから引っ張り出して、
(シゴデキ同士だし、惹かれ合うのかな……)
なんともズレた推理を展開した。
沙也加の自宅デバフもここまで来ると才能かもしれない。
なんとも的外れな迷推理はともかく、シゴデキたぬきのたぬきちは一瞬、沙也加を疑うような、見透かすようななんとも言えない視線を向けた。
「ポン……今、なんか変なこと考えなかったポンか?」
それは狩人が野生動物を仕留める如く弓矢のように鋭い言葉。
そんなものを浴びてしまっては、自宅という名の安全地帯で、野を駆けるうさぎと化した沙也加では太刀打ちできない。
もうどっちが動物だったのかわからない逆転現象である。まぁ、大きく括れば人間も動物なのだが――。
今はそんな哲学的なことはどうでもいい。
「なにも考えてないよ!」
しどろもどろ、自らの脳内で繰り広げられる迷推理をまさか指摘されると思っていなかったうさぎ沙也加は、声が上ずってしまう。
けれど、狩人たぬきちは小さく咳払いをすると、話を続けた。
もう慣れたものである。
「まぁ、いいポン……とにかくそんな課長さんが、部下の女性に弁当を作らせるポン?」
「……うん」
「しかも、最初の誘いが平日ディナーでもなく、休日の夜デートでもなく――」
たぬきちはピンと一本指を立てた。
「日曜日の朝、10時、動物園ポン」
「……うん」
沙也加は頷いて、
(やっぱり、どう考えてもデートだよね……え、違うの?)
そうポツリと胸の内でひとりごちる。
だが、たぬきちは距離を詰めて沙也加の瞳を覗き込んでは立ち上がり、テクテク、テクテクと――考え事をするときの癖みたいに――トイレから玄関まで往復しながら、自らの考えを口にする。
「さらに『夜遅くなるといけない』と言ったポン」
「うん、言ってた……」
(なんでそこをそんなに強調するの……? 紳士的でいい人ってことじゃないの?)
反対されると、盲目になり相手の評価を上げたくなる子供の心境である。
まぁ、沙也加は二十八歳児なのでそろそろしっかりしてほしいお年頃なのだが……とはいえ相手はシゴデキママたぬきこと、たぬきちなのでどうしようもないのである。
対してたぬきちは、ふぅっと一息吐いてから、沙也加をじっと見上げた。
「ご主人」
「な、なに……?」
「課長さんは、ご主人とデートする気はないポン」
「えっ?」
その言葉は、あまりにもあっさりと、しかし残酷に告げられた。
「えっ? えっ? えっ? ど、どういうこと?」
(え、え、え? じゃあ動物園ってなに? 弁当ってなに? 私の勘違い? 勘違い女?)
しっかり聞いたはずの弁当のことですら、疑い始めて、沙也加の脳内で「勘違い女」という文字が、明朝体で巨大に表示された。
しかも、赤字・二重下線・右上に「至急」つきで。
「結論から言うポン」
だが、たぬきちは、なぜか探偵ドラマの最終回のような間を取って、話を続けた。
「課長さんは――親戚の子供のために弁当を作ってほしいポン」
「…………は?」
間抜けな声が沙也加の口からこぼれた。
「え? ええええええええええええええええええええええええ!?」
叫んでは両手で頭を抱えて、
(え、え、え、え、え? 私、なにを期待してたの? 動物園デート? 弁当デート? 恋のフラグ? 完全に勘違い女じゃん!!)
脳内で明朝体・赤字・二重下線・右上に「至急」と表示されていた「勘違い女」という文字が光り輝いた。
しかも、点滅まで始めて、
(って、なんで光るのよぉぉぉ!)
その上、自分でツッコむ始末である。
なんだかとても賑やかな状態だ。
「理由は簡単ポン」
けれど、たぬきちはその全てをスルーして淡々と続けた。
「日曜日の昼間、動物園、夜遅くならない、弁当持参。これは典型的な“子供向けイベント同行”の条件ポン。そして、課長さんは独身で時間も作りやすいポン……」
「……」
(確かに……そう言われると完全に親戚サービス案件だ……)
「それに、ボクの推理では課長さんはきっと料理ができないポン。でも子供にコンビニ弁当は出したくないポン。そこで、ご主人の“弁当がうまい”という情報を思い出したポンね」
「うっ……」
(どうしよう思い当たる節しかない……)
オフィスで食べても、大絶賛。
外で食べても、大絶賛。
昔を知っている同期や職場の仲間からは、もっと大絶賛である。
(私の評価ってお弁当ありきなの?!)
いや、仕事は頑張っていることは間違いではない。けれど、お弁当ありきなのも間違いではない。
それは表裏一体なのである。
沙也加が困惑する中。
「つまり、ご主人は――」
たぬきちは、ぴしっと指を突きつけた。
さながら、名探偵の如く。




