弁当の乱再び②
「ご主人……朝からうるさいポン! 平日でも近所迷惑になるポンよ!」
モフモフな手、フニフニの肉球、シワのないエプロン姿、いつの間にか背後に立っていたたぬきちであった。
「たぬきちぃ……やっぱり私にはお前しかいないよぉ〜!」
(一体、何があったポン……)
回覧板を回しに家を出て、戻ってきたら泣き喚いていた。
朝活には成功して「貴族みたい〜♪」などと、調子のいいことを言っていたというのに。
(相変わらず落差が激しいポン……)
しかしながら、それはいつもの仕事いやいや駄々っ子モードとは一線を画す反応であった。
(うーん……なにか理由があるポンね……)
そう推測したたぬきちは、取り敢えず抱き締めて落ち着かせた。
「ポンポン!」
優しくギューっと時折、子供を寝かしつける母親のように背中を擦って、
「ふんふぅ〜! 落ち着く匂いがするぅ〜! ママだ」
首元に顔を埋めては、すぅーはーすぅーはー。
もの凄い勢いで匂いを嗅いでくる沙也加を拒むことなく、受け入れた。
「はいはいポン……」
(ご主人、大きな子供みたいポンね……)
もう完全に母親ポジションである。
「で、どうしたポン。ご主人」
たぬきちは沙也加の背中をぽんぽんしながら、落ち着いた声で尋ねた。
「……課長が……課長がね……」
「課長?」
「お弁当を作ってくれって言ったのぉぉぉ!!」
「……それだけでこうなったポン?」
「それだけじゃないよ! 春より先に弁当が来たの!!」
一切なにも伝わらない伝言ゲームである。
けれど、そこはシゴデキママたぬき。
今まで聞いてきた話をまるでパズルのピースをはめていくように、足りない部分を補足していく。
「課長さんが、お弁当……」
(前に言っていた迷惑をかけた時のお返しに提案して、弁当を作ってほしいと言われたポンね……)
元々の察しの良さに加えて、興奮するとポンコツ度が上昇しまくる沙也加と一緒に生活したことで、身についた読み取る力。もうそれは特殊能力といっても遜色ないであろう。表に出ることがあれば……だが――。
そんな特殊能力をもってしても、たぬきちには腑に落ちないことがあった。
「ポン? ご主人……ちょっと教えてほしいポン」
(この件……話に出てきた課長さんから、想像できないポン……)
気になったのは、誰のお弁当を作るのか? ということ。話を聞く限り、部下の頼みとはいえ、そんなコンプライアンスギリギリのことはしない人間で。
収入も多く、仕事もできる。容姿端麗に番(恋人)の候補にも困らない。
そんな当たり側の人間が、職場の、しかもよりによって沙也加を選ぶことがあるのかと……。
(ボクだったら選ばないポン……)
ご主人である沙也加が知ったら、泣いてしまうほどの評価の低さである。けれど、これも沙也加自身が蒔いた種、知ったところで、たぬきちにはなにも言えない。
そんなことを知る由もない沙也加は、いつにもなく真剣なたぬきちの雰囲気にのまれていた。
「えっ?! なに……?」
「お弁当って一体、誰のお弁当ポン?」
「誰のって……それは当然――」
「当然……ポン……?」
「んー、たぶん、課長のだと思う……」
「はぁ~……」
「なによぉ〜! そんな顔しなくたっていいじゃん! そもそも、お弁当を作ってほしいって言われたのは事実だし! 来週の日曜日に動物園で待ち合わせって言われたんだよ?! どう考えたって、課長のでしょ?!」
「ポン……」
ここまで言い切られると言い返せない。
それに加えて、今は朝。
夜よりも時間が進みやすくすることが多い。
が――。
それにしても、判断が早い。
というか、人の話をちゃんと聞いていない。
(毎回、思うけど、よくこんな感じでお仕事出来ているポンね……)
いつもの如く、どうやって乗り切っているのか、一瞬不安になるたぬきちであったが、
(それよりも今は、この件を明らかにしないとポン!)
なによりも――。
(早く理由を突き止めてお仕事に行ってもらうポン!)
沙也加の務めである働くことを頑張ってもらわないといけないのだ。
内助の功ならぬ、外助の功を沙也加に望むたぬきちは、推理を加速させた。
「……来週の、日曜日に」
たぬきちは復唱して、同時に頭の中を整理する。
(もしデート的なものだったら、最初は平日にディナー的なやつじゃないポンか? それにわざわざ日曜日と指定しているのも気になるところポン……)
【レッサーパンダ将軍、世渡り上手】の派生作品。
【レッサーパンダ将軍、恋を知る】という、恋愛ドラマで得た知識に照らし合わせては首を傾げて、
「……10時に動物園の前で待ち合わせポンよね?」
もう一つ、引っかかっていたことを口にした。
「うん! 10時で間違いないよ! あんまり夜遅くなるといけないとかも言ってたし……」
「クキュ?! い、今なんて言ったポン?」
「いや、だから、夜遅くなるのはいけないって……」
沙也加がそう言った直後。
ゆらゆらと揺れていた尻尾がぴたりと止まって、
「ご主人」
たぬきちは妙に優しい声を響かせた。
対して沙也加は、そのいつもの違う雰囲気にゴクリと息を飲む。
「な、なに……?」
「今から、この件についてボクの見解を述べるポン……」
そう言うとたぬきちは導き出された答えを話し始めた。




