弁当の乱再び①
沙也加が色々なことを記憶の彼方に放り投げた、翌朝。
カーテンの隙間から朝日が差し込み、焼き立てのパンとコーヒーの匂いが香る――江ノ上家のリビングにて。
飲酒後の愛たぬきによる水責め(※二日酔い回避)と、耳元モーニングコールのおかげで、沙也加はいつもより早く起床できていた。
挽きたてコーヒーを飲みながら、こんがり焼けたパンにバターを塗ってサクッとひと噛じり、とても優雅な朝である。
(はぁ~……理想の朝だぁ〜)
「んん〜っ!」
椅子にもたれて体を伸ばして、またコーヒーを嗜んで、ふと沙也加は玄関の方を見た。
「ん?」
(あそこに置いているってことは、朝出る時に捨ててほしいってことかな?)
きっちり縛られたゴミ袋。
沙也加に時間のある時、たぬきちがお願いしてくるのだ。
(たまにあるんだよね〜! あれかな? もしかして、私を頼っているとか、そういう意味だったりして……菜の花の伏線かな……うふふ♪ たぬきちったら、ロマンチストなんだから〜!)
寝る前、たぬきちにバレないように菜の花の花言葉(小さな幸せ)をこっそり調べてすっかりご機嫌であった。
それはそれとして、ゴミ捨てに関して。
少しでも人間らしくというたぬきちの気遣いだったりするのだが、当然その考えを沙也加は知らない。
つまりこれは、シナリオライター(たぬき)も予想だにしない、読み手(沙也加)側のミスリードである。
そんなシゴデキママたぬき思いやりはともかく、ミスリード沙也加には気になることがあった。
「あれ……?」
しっかりと縛られたゴミ袋の縛り口からどこか見覚えのある紙袋が顔を出していたのだ。
それを目にしたことで、なにか思い出しそうな気がして、玄関まで駆け寄って覗き込む。
そこにあったのは――。
「……アリジン弁当の袋?」
ピンク色の背景に何度も見た紺色の太字。
たぬきちが来るまで、何度も通ったマルデ・プラザにあるアリジン弁当の袋であった。
「うん、間違いない。アリジン弁当だ!」
(ってことは、たぬきち昨日のり弁の日だったんだ〜♪ なんだか嬉しいな♪)
社会人になってからの唯一無二の存在、もうそれはソウルフードといっても過言ではない……のり弁。
それなりにエピソードだってある。
小中高……そして大学。
護身術の為にと、両親に言われて習い身に着けた合気道。それを使って、まだたぬきちと出逢う前、スーパーの前で助けた女の子を助けた。
(そういえば、あの子は元気かな〜? まだ働いてたりして――)
ショートカットが似合うボーイッシュな女の子。
どことなく、可愛がっている後輩、倉下由紀に似ている気もして、
「って、他人の空似だよね……にしても、もう三年も経ったんだ〜」
持ち前の天然が爆発して、真実(由紀と真由美は姉妹)へ辿り着きそうになったが、やはり沙也加。
直前で煙のようにその頭から消えた。
とはいえ、なんにしても彼女にとってのり弁は特別な食べ物であることは変わりない。
それに今となっては、自分とたぬきちをつなぐ想い出の品でもある。
沙也加は、それを何も言わず食べているたぬきちのことが愛らしくなって――脳内に、ピン、と音が鳴った。
「のり弁……のり弁?」
言葉を反芻した瞬間。
記憶の彼方飛んでいった衝撃の事実が。
――高橋課長の声と、その姿が脳内にリプレイされた。
『弁当を作ってくれ』
次の瞬間。
「たぬきちぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
沙也加は、朝の優雅な時間をバリッバリに割く叫び声を上げては、室内のどこかにいるたぬきちを探して、ドタバタジタバタ。
ベランダに行ったかと思えば、リビングを走り回り、お風呂を覗いては、トイレの前で膝をついて――。
「だぬきぢぃぃぃぃ……助けてぇぇ……」
泣き叫んでいた。
当然であろう。
今日は平日、それも課内共有のスケジュールを見る限り、外出予定など入ってなかった。
つまりどうやっても顔を合わせる≒返事を今日しなければならないということが成り立ってしまうのだから。
「どうしよう……」
だが、そのどうしようもない状況に手を差し伸べる存在がいた。




