こだわりの炊き方
場面は変わって、窓から優しい日差しが入り込む江ノ上家のキッチンにて。
ご主人の職場で自分のことが話題になっていることなど知らないたぬきちは、少し早いかなと思いながらも、晩御飯に着手し始めていた。
「今日、使うものはこんなところポンね!」
ワークトップにずらりと並んだ食材たちを前に、たぬきちは小さな腕を組んで小さく「クキュ」と鳴いた。
今日の献立は、新じゃがのそぼろ煮と春のちらし寿司、そして、菜の花の辛子和えだ。
「手袋……手袋ポン!」
そう口にすると、子供用の踏み台でジャンプ。
そこから手をめいっぱい伸ばして、まずシンクの上に張り付けた吸盤型キッチンツールフックから、ゴム製の手袋を取ってはめる。
「んっしょっと……」
(毛が入っちゃったら、せっかく作った料理も台無しポンからね!)
毎朝、ブラッシングしているが、自分はたぬき。
いくら気をつけていても、直接手が触れると、毛が入ってしまうことはあり得る。
しかし、それもこうした少しの気遣いで防ぐことができるのだ。
まさにシゴデキママたぬきらしい、気遣いとリスク管理である。
そんなたぬきちが、次に掴んだのは食材ではなく、食器棚に置かれた炊飯器の内釜であった。
とはいえ、まだ朝炊いたものが内釜の中に一合ほど残っている。
では、なぜ、手に取ったのかだが――。
「クキュ!」
(炊きたてと時間を置いたお米では水分量が違うポン!)
これがまだ普通の献立であれば、炊飯器の保温機能で問題はなかった。
けれど、今回はお米が主役のちらし寿司なのだ。
(……まぁ、お米に加えるお酢の量を変えたら、炊き立てじゃなくてもできるポン)
お酢といっても水分。
多少、お酢の風味が強くなるけれど、お米は酢を加えた分だけ柔らかくなる。
正直、自分だけならそうする。
――だが。
「ここで妥協してしまっては、たぬきが廃るポン!」
シゴデキママたぬきの矜持というやつである。
だから、たぬきちはわざわざ炊いたお米を取り出して、新たに炊こうとしていたのだ。
「ポン!」
たぬきちは内釜を抱えたまま、子供用の踏み台に乗り、内釜を置いて、くるりと方向を変えた。
そして踏み台から降りると、炊飯器の横に置いていたしゃもじを掴んで、再び踏み台に乗って、
「押しつけないように優しく入れないとポン♪」
時折【レッサーパンダ将軍、世渡り上手】のテーマソングを口ずさみながら、あらかじめ用意していた冷凍可能な保存容器(DOCロック)へと内釜にあるお米を入れていく。
もちろん、しっかりとお茶碗一膳分の分量に調節しながらである。
(冷凍しちゃうと味が落ちちゃうから、お茶漬け用にするポン)
ここでも気遣いと、作り手として食材を無駄にしない心を忘れないたぬきち。
正直なところ、面倒くさくないと言えば嘘になる。
けれど、三年間も繰り返していると、たぬきちにとってもうそれは生活の一部みたいになっていた。
要は、やらないとなんだか気持ち悪い習慣のようなものである。
「完璧ポン♪」
均等に分け終えたご飯を前に、たぬきちは尻尾をブンと勢いよく振ると、流れるようにお米を炊いていく。
踏み台を移動させながら、手際よく内蓋・内釜と洗い水切り台に置いて、冷蔵庫横の米びつから、今日使う分だけお米を取り、洗った内釜に入れる。
また、そこから踏み台を降りてシンクの近くに移動させて、シャカシャカシャカと軽快なリズムを響かせながら、研いでは捨て研いでは捨てを三回ほど繰り返して、
(酢飯にするから、水は少なめがいいポンね)
そんなことを考えながら、規定の水よりちょっぴり少なめで炊飯器に内釜を内蓋もセット。
炊飯のモードを変えられるスイッチを押して選んで、
「えーっと、吸水モードにしてから予約ポンと!」
炊き上がる時間を、沙也加の帰ってくるおおよその時間にして、炊飯のスイッチを押すといったように。
主婦顔負け、まさに全てが無駄ではない繋がった一連の動きだ。
その主婦顔負けたぬき――たぬきちは、間髪入れず、他の料理へと取り掛かっていく。
「次はポン――」
手に取るは新じゃが。
普通のじゃがいもよりも、ビタミンCが豊富でストレスを抱えがちの沙也加のお肌トラブルの強い味方で。
芽の部分さえ取り除けば、皮ごと使えるほど柔らかく、ひき肉を炒めた甘辛餡にとても合う野菜だ。
(季節ものを食べるっていう、人間の考えは理に適っているかもポン♪)
テレビやYouTubeで見聞きした情報や人間の生活に根付いた根拠のないように思えた伝統に少し感心するたぬきち。
(とはいっても、ボク達たぬきを妖怪扱いするのはどうかと思うポン!)
それはたまたま出てきたショート動画で目にした内容。
狐やたぬきは、人を化かしたり騙したりするといったものであった。
(でも、不思議ポンよね……それなのに人によってはボクたちを神様の遣いとか言ったりするポン)
たぬきちの頭に浮かぶは人間の持つ大いなる矛盾。
価値観が種族間として、違うなら理解できる。
例えば、狐とたぬき、犬と猫といったように。
けれど、人間は人が変われば、その価値観は180°変わる。自然界では目にしない不思議な性質があるのだ。
「クキュ!?」
(もしかして、これが人間の増えた真理ポ……ン?)
じゃがいも片手に固まって、思考は加速して――なんだか凄い哲学的なことを考え始めそうになったたぬきちであったが。
「だから、ご主人と出逢えたポンね!」
そう呟いて、新じゃがを洗い始めた。
結局は、沙也加の元に戻ってくるたぬきちであった。




