ご褒美時間、チートday
少し時間は進み、午前十一時付近。
買い物を終えて、念願ののり弁をゲットできたたぬきちは、自宅に着いていた。
「ただいまポン〜♪」
まだ誰もいない部屋に向かって、そう口にした。
けれど、その表情はとても晴れやかで満足気だ。
足を拭く用のマットでゴシゴシからの! タンタタン♪ ステップを交えて、
「のり弁食べるポン♪ のり弁~! ポン♪」
ズレたエプロンの紐を結び直したかと思えば、自作の鼻歌なんかも口ずさんだりして。
さらには、華麗なターンを決めてから、スリッパを履いてリビングへと足を運んで、
「あ、その前に買った食材を冷蔵庫に入れるポン!」
ひとりでにそう呟くと背負っていた買い物袋と右手に持っていたのり弁の入った袋をリビングテーブルにそっと下ろした。
そして、冷蔵庫に購入した食材を詰めていく。
たぬきちがここまでご機嫌なのは、マルデ・プラザで起きたことが影響していた。
それは――。
(まさか、普通に待っていておまけされるとは思っていなかったポン!)
そう、なぜか揚げたてのから揚げをおまけしてもらったのである。
ちなみに、なぜかと言われたら、しっかりマスコットの役目を全うしたわけなのだが、当然たぬきちはよくわかっていない。
(それにしても、なんであの倉下って子は申し訳なさそうにしてたポンかね……)
そんなことよりも、いつも無愛想な女性スタッフ倉下が、気まずそうにペコペコ頭を下げてきたことが気になって、
「ポン! きっと職人気質ポンね!」
まさかのそう捉えていた。
なんだったら、その頭の中は、料理をする人間≒全員よき隣人。それを職業にする者に関しては、尊敬でしかない。
こんなシゴデキママたぬきとしては、完璧。
けれど、たぬきとしてはどうなのか? そんなことで溢れかえっていた。
ゆっくりだが、確実に人間社会に染まっているたぬきである。
「それよりもポン!」
冷蔵庫に食材を詰め終えたたぬきちは、その扉を閉めると、尻尾をフリフリ振りながら、リビングテーブルに置かれたのり弁へと手を伸ばした。
「手洗いうがいをする前に、匂いだけ――」
袋を開けて、頭を突っ込んでスンスンと匂いを嗅ぐたぬきち。
「クキュ♪」
さらには店内で嗅いだ時よりも、店頭で渡された時よりも食欲を唆る複雑な匂いに思わず、鳴き声を上げてしまう。
沙也加がいたら絶対にしない、シゴデキママたぬき的には、NGな行為である。
※注)沙也加が外で真似するといけないから。
では、なぜこんなことをしてしまうのかというと――。
「今日はチートdayポン♪」
チートday――のり弁を食べる日は、全てを我慢しなくていい日にしていたのである。
一般的にチートdayというのは、一日の摂取カロリーに上限を設けることなく自由に食事をすることを差す。
だが、このシゴデキママたぬき――たぬきちのチートdayはその先を行っていた。
「なにごともメリハリポン!」
袋を閉じて、リビングテーブルにのり弁を置いて、腰に手を当てて自分を全力肯定。
それは三年間の共同生活で学んだメンタルコントロールであった。
普段は健康重視のローカロリードッグフードに、湯がいたささみ肉や夕飯の端材などを入れたもので済ませる。
主婦顔負けのタイパコスパ重視の食事。
だが、これを繰り返す日々をしていると、ストレスが溜まるのである。
(あの時、めちゃくちゃ……毛が抜けたポンからね)
思い出すは、沙也加と暮らし始めて二年目の春。
ようやく、人間失格そんな象徴かの如く生活をしていた沙也加も、たぬきちの二年間にも及ぶ強力なサポートによって、人間らしい生活が板についてきた日のこと。
『ポ、ポン? これは――』
たぬきちは、いつものように、グズる沙也加を抱き締めて癒してから送り出して、ふと彼女が履いていた室内用スリッパに目を向けた。
『ようやく脱ぎ捨てることもなくなったポンね!』
脱いだスリッパも揃えて、脇に置く。
簡単だが、できなかったことをごくごく自然にできるようになったことが嬉しくて、褒めてあげたくて、美味しいご飯を作ってあげようと、すぐさま買い出しの為に身支度をしようと洗面所に向かった。
けれど、そこでコーム(犬用の櫛)を使った瞬間。
換毛期でもないのに、ごっそりと毛が抜けたのだ。
(あれは本当にびっくりしたポン……)
その時はなにが起きたのかわからなくて、沙也加にプレゼントしてもらったスマホを駆使して、必死に調べた。
初めに目にしたのは、犬の話であったが、現役獣医師が配信している換毛期の乱れについて動画。
そこには、ストレスによって換毛期に乱れが生じるということだった。
これだけであれば、そこまで驚くことはなかった。
子だぬきの時にも食べる物が少なくなると起こっていたから。
だが、たぬきちはできるだけ多種多様な情報を取り入れたいたちなのである。
だから、その知識欲は自然とテレビへと向いて、次に目にしたのは、無意識下のストレスを特集していたテレビ番組だった。
人間向けとはいえ、無意識下のストレスという言葉を知らなかったたぬきちにとって、それは衝撃だった。
(あの医者……ストレスを溜めてしまうと、寿命が縮むとか言ってたポン……)
気付かないストレスほど、体に現れて知らぬ間に蝕む。
いずれ、健康寿命にまで影響を及ぼすとまで口にしたのである。
配信とテレビ、獣医師と人間向けの医者。
どちらからも情報を取り入れた結果。
(たまには自由に過ごすことも大事って気付いたポン!)
たぬきちはそう考えて、チートday≒自由(自分時間)を取り入れたのである。
ただし、むやみやたらにお金を使ったり、わがままを通すようなことはしない。
収支バランス、罪悪感を抱かない程度の自由――ちゃんとルールを設けて、この日常生活に落とし込んだのである。
それがのり弁を食べる日だけという形になった。
「ククッ♪ クキュ!」
(我ながら、いい判断だったポン!)
今までのことを思い出しながら、コクンコクンと頷くたぬきち。
そして、手洗いうがいをしにいった。




