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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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ピンチに駆けつけた騎士

 たぬきちがレジ横で葛藤していた最中。

 そのすぐ近く――アルジン弁当の厨房にて。

 そこにたぬきちをチラチラと見つめる女性がいた。


(また来た……あのたぬきだ)


 女性の名前は、倉下真由美。

 大学四年の二十二歳だ。


 実はこの真由美という女性、沙也加が可愛がっている後輩、倉下由紀の妹である。


 けれど真由美は、あの“かっこいい女の人”が、姉の職場の先輩だとはまだ知らない。もちろん由紀も、ここで妹が働いているとは知らなかった。


(みんなあのたぬきのどこがいいんだろ……確かに可愛いけど……色々と怪しいよね?)


 真由美は自身が働くアルジン弁当も含めて、このマルデ・プラザ全体が、マスコットとして捉え始めている変なたぬきらしき存在が気になって仕方なかったのだ。


 もしかしたら、彼女が誰よりもちゃんと物事を見れているのかもしれない。


 だが、その理由はなんとも言えないものだった。


(あのたぬきが来るようになってから、あのかっこいい女の人が来なくなったし……)


 唐揚げを揚げながら、少し前のことを思い浮かべる真由美。


 それは三年前、真由美がバイトを始めて一年経った日のこと。

 

 今日と同じように桜が舞っていた日の午後十時頃。

 シフトを終えた真由美は、従業員専用の出入り口から帰ろうとしていた。


『今日も、サラリーマン多かったな……って、全然買わないんだけどさ……』


 タイムカードを切って、トラックが入ってくる搬入経路を横目にボソリと呟く。


 真由美は、店頭に来ては半額シールの貼られた弁当を見るだけで帰っていくサラリーマンたちに対して、一見、気の入っていない接客を行なっていた。


 けれど、そこには悪意はなかった。

 

 自分の姉も徹夜をしたり、ボロボロになっていることもあったからである。それに買ってくれる人もいた。

 そのこともあって不快には思わず、それだけ疲れているんだろうと考えていた。

 

 だが、それが思わぬことを招いたのだ。


『ヒッ……ク――おい。お前、オレのこと笑ってただろぉ! 優しくしていたら、調子に乗りやがってぇ!』


 街灯も少ない出入り口を抜けた脇道。


 『……な、なに?』

 

 そこで突然響き渡った怒号に固まる真由美。

 とはいえ、どこか聞いたことのある声色だった。

 だから、足を止めて恐る恐る、その声のした方に視線を向けた。

 

 すると、そこには、いつも顔は真っ赤、よれたスーツに酒の匂いを漂わせながら、半額シールの付いたのり弁を買っていた人物――常連のサラリーマンがいた。


 この日も閉店ギリギリに訪れてきたのだが、いつもに増して酔いが酷かったので、お断りしたのだ。


『ヒック……バカにしてんだろぉ! 俺はぁ、客なんだぞぉ!』 

『いや、そうつもりは……』

『うるせぇ!』


 酔っ払いは、そういうと距離を詰めて真由美に追いかぶさった。


 甘くは見ていなかった。

 でも、酔った男の力に、命の危機すら感じて、


『や……めて……』


 出た声は、とても小さかった。

 スマホに付けていた、防犯用のベルを鳴らす気力すらない。


『……ああ?! なんて言っているのかわかんねぇなっ!』


 頭に響くような大きな声、吐きそうになる臭い。

 恐怖のあまり、抵抗する気も起きなくなってきて、膝から崩れ落ちた。


 絶対絶命のピンチである。


 ――が、そんな中。


 空気を切り裂くような凛々しい声が聞こえた。


『事情は知りませんが、彼女、怯えているじゃないですか。離れて下さい』 


(あれが、あの人との出逢いだったんだよね……えへへ)


 あの人――ここでお気づきの方もいるだろうが、お疲れOL代表、江ノ上沙也加であった。


(カツカツってヒールを鳴らして近づいてきたんだよね……本当にドラマみたいで――)

 

 沙也加は、黒のスーツにブラウス、ヒールを鳴らしながら、うざ絡みするサラリーマンと困り顔を浮かべる真由美の間に割って入ったのだ。


(今思い出しても、かっこいい……)

 

『ああん? 誰だお前! オレはぁな、今コイツと話してんだ! 邪魔だっ!』

『フ――ッ!』


 小さく息を吐くと、相手の振り上げた腕を掴み、ぐるんと捻って足払いして、腕を固定したまま地面に押し付けてからのスマホで撮影。


『イッ――イデデデッ! は、離せって!』

『離しません』

『こんのぉっ!』

『あ、私、これでも合気道段持ちなので、あなたみたいな素人には振り解けませんよ』

『う、るせぇっ! このクソ野郎が!』

『野郎ではありません。女です』


 そう言って、まだ懲りていない男の腕を締め上げた。


『も、も、もうわかったっ! ちょっと酔ってしまっただけだっての――』

『酔っていた、で済ます訳にはいきません。今、警察も呼びましたから、ちゃんと償って下さい。証拠もしっかりありますよ?』

『な――っ』


 そしてスマホ画面を見せつけ、心までしっかり折り、腰を抜かしていた真由美に優しく声を掛けた。


『大丈夫? えーっと……』

『真由美です!』

『そかそか、真由美ちゃんかー! 帰れる? 怖くない? なんだったら、近くまで一緒に行くよ?』

『いやいや、そんな申し訳ないです! 近くに住んでいる姉に連絡したので大丈夫です!』

『そっか! なら、大丈夫だね』


 それはピンチに駆けつけた騎士かの如く振る舞いであった。少なくとも、真由美にはそう見えていた。


(……ふふっ、またあの人に会えないかなー!)


 先程までたぬきちを目で追っていたというのに、夜風に長い髪を揺らす沙也加の姿にときめいてしまって、


「倉下さん、あのたぬきさんが来ているよ。接客お願いしてもいいかな?」


 レジに来たたぬきちに気付かず、後ろの調理場で作業している店長に促されて、


「……え、たぬき……さん?」


 心の声を漏らしてしまうのであった。

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