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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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たぬきちの日常

 桜の花びらが舞い、暑くも寒くもない過ごしやすい陽気。

 江ノ上家のシゴデキママたぬき――たぬきちは買い物袋を背負って、今日も買い出しに出ていた。


「いい天気ポンね〜!」


 鼻をヒクヒク――落ち着くお日様の匂い、香ばしいアスファルトの不思議な匂い、心躍る桜の匂いを嗅ぎながら、住宅街を歩いていく。


 なにを隠そうたぬきちは、この春という季節が一番好きなのだ。


(思い出すポン♪ ちょうどこのくらい時期にカラスが食べ残した干し柿が落ちていたポンね)


 まだ小さくて、木すら登れなかった日々の思い出。

 時期外れではあるが、親とはぐれたたぬきちにとって、それが唯一のご馳走だった。


 たぬきちは思い出に浸りながらも、後ろを振り返って、


「今は、どの季節も楽しいポン♪」


 山でもない、雑木林でもない――帰る場所(沙也加のいる家)を見つめて、「クキュッ」と鳴く。


 ダメダメであっても、いつも自分が作るご飯を楽しみにして、よく笑うし、よく泣く。三年一緒に過ごしていても色んな表情を見せてくれる。


 それこそ、流れていく季節のように。


「今日は、なに作るポンかね♪」


 尻尾を上向きブンブンと振って、歩みを進める。

 自分の主戦場であるスーパーへと。


 すると、やけに楽しそうな声を響かせる集団がたぬきちの目に入った。

 

「あれ、たぬきかしら……?」

「いやいや、たぬきが二足歩行で歩くわけないでしょ!」


(今日もやっているポンね……)


 もう何度も目にした光景に、たぬきちは鼻息を漏らす。


(ご主人がいうには、マダムだったポンか?)

 

 そう。毎日、同じ時間、同じ場所で、だいたい同じ話をまるで初めて聞いたかのようなテンションで話すご近所のマダムたちであった。


(なんというか……色んな意味で凄いポン)


 思い起こすのは、酔っ払った時の沙也加の姿。

 同じことを何度も何度も繰り返し、一体、なにが面白いのか、笑い転げたり、急に泣いたりする。


(初めはちゃんと返してたポン、けど今はもう聞いてられないポン……)


 三年間でも困ってしまうのに、マダムたちは、たぶんそれ以上の月日繰り返している。


 しかも、お互いにそこまで聞いていない。


(あれで会話が成り立つとか、わけがわからないポン)


 そんな異質な存在に感心しながらも、そこはシゴデキママたぬき。


(とにかく、早く通り抜けるポン!)


 マダムたちのもう一つの生態である噂好きということを頭に入れて、

 

「ですよね〜! 私ったら勘違いして――あ、いないわ」

「あら、本当!」

 

 未だにこちらを見て話をする彼女たちの間を、持ち前のスピードで、するりとその輪を通り抜けていった。 

  


 ☆☆☆



 江ノ上家から、閑静な住宅街を抜けて、おおよそ二十分。

 たぬきちは、行きつけの地元商業施設マルデ・プラザに辿り着いていた。


(相変わらず、いい匂いがするポン!)


 鼻をクンクンと動かして、店内に香る匂いを嗅ぎながら、左側にファーストフード店、右側に花屋を横目に、テクテクと足を進めていく。


(この時間は空いているから、ゆっくり見て回れるポンね!)


 朝十時、開店してからすぐ行くことで、人混みを回避していた。

 さすがはシゴデキママたぬきといったところであろう。


 そしてカートに買い物カゴ、そこに買い物袋をセットして、スマホでお買い得品を確認しつつ、まずは野菜コーナーを見て回る。

 

 もう慣れたものである。


 けれど、


(……それにしても、なんでここにいる人間はボクのことを見て見ぬふりするポン?)


 そうなのだ。

 たぬきちがスーパーで普通に買い物をしても、特に騒がれることもないのである。


 一年半前、完全に二足歩行をマスターしたたぬきちは、自分が生きる為、そして飼い主沙也加を生かす為に、勇気を振り絞って、このマルデ・プラザに来た。


 その時は、生きる為、飼い主である沙也加を生かす為に必死だった。

 今でこそ、食べたいものがあって、たぬきちにリクエストをすることもあるが、その頃の沙也加は、仕事が忙しく、まだまだ食に欲がなかったのだ。


 買ってくるものは、半額シールの貼られたのり弁や、売れ残った惣菜、賞味期限の切れかかったパン。


 たまに、食材を買ってきても、冷蔵庫に眠ったままになり、ダークマターと化していたのである。


(冷蔵庫に死んだ野菜と、もうなにかわからなくなった物体が入っているとか、ありえないポン!)


 その上、そこから何かを作り出そうと、目を背けたくなるほどの汚れたキッチンで、作業を始めるのだ。


 料理など、全くできないというのに。


(ポン! まぁ、そのおかげで歩けるようになったし、買い物も余裕になったポン)


 たぬきちはたぬき。

 本来であれば、人間を恐れて自分から近づくことはない。だから、公園でも一匹で過ごしていた。


 だが、冷蔵庫の番人と沙也加の食生活改善、それを何度か繰り返している内に、このマルデ・プラザにいたっては、不思議と消えていたのである――人間への恐怖心が。


(とはいえポン……)

 

 自分が変わったことは、まだわかる。

 だらしのない飼い主を前にして、命の危機を感じ、それがきっとなにか大きな変化をもたらしたのであろう。


 動物だって、人間だって生命の危機が進化を促して今がある。


(ドゥエンス(環境生態系YouTuber)も言ってたポン……)


 最近、贔屓にしている動画を思い出すたぬきち。


 しかしながら、だからこそ、どうしても気になっていた。

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